ムーア宮殿 トリスティアと形は違えども、独自に解放を進める異世界の乙女がいた。腰まで届く金髪をポニーテイルにまとめた乙女フレア・マナである。私費を投じてでもムーア側の討伐部隊をまとめあげるフレアは、率いるムーア兵士に慕われる司令官の地位にいた。そのフレアは、敗軍の将としてムーア宮殿への道を進んでいた。 彼らの部隊がムーア宮殿の城下町に入った直後、突然軍内部より気勢があがる。 「ムーアに平和を! ムーアを人の手に!」 口々に言うのは、フレアがこれまで地道に進めてきた“影”の存在であった。この“影”の叫びを皮切りに、集団心理もあり同調する者も現れてくる。「ムーアに平和を! ムーアを人の手に!」を合い言葉にして街を行進することで、フレアの軍隊の規模は格段に増えてゆく。軍属ではない市民たちまでも、魔族の暴挙に憤っていた者たちも含めると、その規模はほぼ街人口の90%に届くほどとなる。 それを可能なさしめたフレアは、行進しつつ城内、及び城下の要衝を制圧していく。こうして、フレアがムーア宮殿に到着するまでに、「軍事クーデター」は成されたのである。 もはや敗軍の将ではなく、対等の地位を持つ者として、フレアが正面から宮殿内部へと乗り込んでゆく。そのフレアがかつて上級魔族と対峙した広間に立ち入ると、その異様な光景に目を見張った。 広間に広がる血だまり。さらにすでに食い散らかされた人の体と思われる破片が散らばる。その破片のいくつかには服の切れ端がべっとりとはりついていた。その中に、フレアが見慣れていた神官装束もあったのだった。 「これは……ルニエというムーア神官長となった者の……!?」 そんなフレアの視界の奥に、今も新たな人肉を食む者の姿が映る。 「あれは!! ギムル!? ……よくも!!!」 ギムルとは、宮殿の守りを固めるために上級魔族の呼び出した魔物である。その上級魔族本人もここにいない今、フレアは本能的に自分の剣を引き抜いた。 ギムルよりは小回りが効くフレアは、引き抜いた「炎帝剣・改」に「炎熱魔剣術」を発動させる。瞬間、辺りの空間を薙ぎ払い炎の壁が形成される。フレアは、そこにギムルの巨体を追い込んだのだ。上級魔族がいなければ頭の足りない魔物でしかないギムル。素早く動くフレアによって、ギムルはたやすく炎の壁に追い詰められた。そして、 「このムーア世界に魔物は必要ないよ! 成敗!!」 剣の火力を最大にして突撃するフレア。体格的に劣るフレアは、その勢いを利用してギムルを炎の壁に縫いつけ、焼き尽くしたのであった。 宮殿に一度は戻ったという《亜由香》。そしてその《亜由香》が恐れていたという上級魔族。彼らの姿は、ムーア宮殿には存在しなかった。代わりに、食い散らかされた破片の中に、彼らが身に付けていた衣類があると宮殿の衛兵は証言したという。ただ一つ、凄惨なこの広間でフレアが疑問に思ったことといえば、黒髪のくせっ毛であった《亜由香》の髪はなく、代わりに長い銀の髪が残されていたことであった。 『何があったかわからないけど……ムーア世界の大きな脅威は……これでなくなったってことだよね』 かつてムーア宮殿にて参謀の地位にいたこともあるフレア。この惨状を悲しむ者のために、心を痛めていた。 やがて気を取り直したフレアは、新たな秩序を築くべく、ロスティにいるトリスティアへ向けて和平の使者を送る。フレアは、誰かがこの戦乱に対する責任を取らねば収まりがつかないことを知っていたのだ。《亜由香》も上級魔族も居ない今、実際にムーア軍を指揮して解放軍と戦ったフレア自身が適任と考えたのだ。よって、和平の使者と同時にフレアも敗軍の将として解放軍に投降し、使者への回答とフレアの処遇をトリスティアに一任したという。 一方、フレアからの使者を受け入れたトリスティアは、使者に対しては、快く申し出を承諾する。そして投降してきたフレア自身の処遇は、平和への助力を約束してもらうことで解決としていた。 ムーア宮殿及び城下町を含めたムーア世界中心地の制圧。人間挑発を行っていた城塞都市ゼネンの魔物領主の封印と都市自体の機能停止。ハクラ、キソロ領地の解放軍側への参画表明。ムーア世界神官主の地位を固めつつあるラハによる見えざる支え。これらの流れにより、ムーア世界に一気に平和への機運が盛り上がっていた。 この機運を、さらに確実なものとするべく動く異世界の少女がいた。左右のもみ上げの先をゴムで結んだ青い髪の少女、リクナビの創始者、リク・ディフィンジャーであった。 リクナビを利用しつつ世界を回るリクは情報整理を進めていた。まず、リクナビを使い街や村落等の詳細を調べ上げたのだ。街を支配しているのは魔族か兵士か、住人は解放を望んでいるか、神官はいるのか、リクナビがどのように浸透しているのかなどである。ついでに、町にはどんな名品や物品があるかまでちゃっかり調べ上げる。 そしてリクは、その内容から街の解放難易度を5段階に分けたのだ。すなわち、 1→リクナビ隊員だけで解放出来る、2→大勢のリクナビ隊員で解放出来る、3→力を持った異世界人だけで解放出来る、4→異世界人とリクナビ隊員の協力の元解放出来る、5→解放が極めて困難…といった具合である。リクの調べよよると“5”にあたる街は皆無であった。 このリクの製作した資料は、解放軍側に配布されることとなる。この資料は、その後のムーア世界変革に大きな影響を与えたという。 |
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