ムーア北方最大の軍事都市ゼネン<死体部屋> 城塞に広がりつつある検索不能部分。その中心にあるのは、多くの死体が塗りこめられた部屋であった。先の監禁室群での戦いの最中、ゼネン領主は戦いの場から走り去ってしまう。ゼネン領主の向かった先は、死体によって幾重にも塗り固められた部屋。その部屋には、火器を取り付けて爆破させようと動く二人の異世界人たちがいた。一人は、薄い小麦色の肌をした異世界の青年ディック・プラトック。もう一人は、長めの赤い髪を束ねた異世界青年ジニアス・ギルツ。彼らは、ディックが呼び寄せたリクナビ隊員と共に、この場所にゼネン城塞内部で手に入れた火器をセットしていたのだ。その中、鼻をつまんで作業していたディックが言う。 「あのさ、どうせなら火気は中央に集中させないか? この腐肉の多さでは、火気をばらばらに爆発させても簡単に周囲から兵たちに鎮火や補修される恐れがあるしな」 中央の火気を多くしておけば、例え端の方から船の自動修復機能のようなものがが働いたとしても、完全に鎮火するには時間がかかるだろう、とディックは言った。 「俺は火器についてはよくわからないが、その方が時間かせぎにもなりそうだ。そうしよう」 ジニアスは、部屋の入り口近くに設置予定の火器を中央に集める手伝いを始める。そんな中、彼らに協力していたリクナビ隊員がディックにささやく。 「もう間もなくこちらに領主が来るとの連絡が……」 ディックにささやいた隊員は、後背を確認して動かなくなってしまう。 「!? どうした!?」 驚いたディックが隊員の手を取ると、その手はもはや生きた者の手ではなかった。そして死体となった兵が自分の銃を握り、いきなりディックに向けて発砲する。 「が、はっ!?」 仲間だったはずのリクナビ隊員。その隊員からの弾丸は、ディックの足のふくらはぎを貫通する。隊員からの予測不能の行動に、ディックがうめき声を上げる中、その魔物は現れていた。 「ずいぶんと、こざかしい真似をしてくれますね。確か、ディック、といいましたか?」 倒れたディックを見下ろすのは、ディックがその顔を見飽ききるほど見てきた三つ目の魔物ゼネン領主であった。ただディックが見てきたこれまでと違うのは、額にあった金の瞳が潰され、そこから紫の血をしたたらせていることであった。 「俺を覚えていてくれるとは……光栄だね。でも、領主こそ、怪我してるじゃないか。怪我をおってまでここまでやってくるなんて相当の理由があるって事か……」 怪我したデックから憶測を突き付けられ、領主は一瞬言葉につまるものの、すぐに高慢な声を響かせる。 「そんな悠長なことを言ってられるのも今のうちだけだと、言ってあげましょうか」 そして領主の意思によって死体兵となったリクナビ隊員がディックに向けて、数発の銃弾を発射していた。だが次の瞬間、何故か突然領主が鋭い悲鳴を上げたのだ。 「ディック、すまない! 援護が遅れた!」 リクナビ隊員が死体兵となっていたとは思わなかったジニアスは、状況を把握するまでしばしの時間を要してしまったのだ。。 『領主の力は予測不能だってわかってはいたんだけどな』 自戒するジニアスは、あらためて領主に対峙する。 「ゼネン領主だっけ。あんた、俺がこの部屋に前に入った時もすぐに気づいたよな。あんたとこの部屋、やっぱり何か関係があるみたいだな」 それを確かめるために、ジニアスはとっさに部屋の壁に向けてサンダーソードを押し付けたのだ。押し付けた部分から放たれた微弱な電撃は、腐敗した死体を通して部屋全体に広がり、同時に領主が悲鳴を上げる原因となったのだ。 「で、そうとわかったからには、この部屋の火器を爆発させてもらおうかな」 そうは言っても、爆発は最後の手段とジニアスは決めていた。領主と部屋とが何らかの理由でリンクしている場合、部屋を爆発させても領主が生きていれば、どんな危険が起こるかわからないのだ。ジニアスは、領主がここにいることで仲間たちが脱出することを信じ、まずは領主と剣術での勝負を決めた。 「まずは、その赤い目をいただく!」 術を吸い取る金眼が潰されている事実は知らないジニアスが、サンダーソードの刀身に雷の力をこめる。 「はあっ!!」 気合とともに刀身から放たれる雷光。しかし、その雷光は、領主の黒い瞳に吸い取られてしまう。次の瞬間、前方にいたはずの領主がジニアスの後背に浮かび上がる。 「何!?」 「この部屋を戦いの場としたことを悔やむのですね……あなたもこの部屋の養分となりなさい」 領主の左眼である赤の瞳が、ジニアスの紫の瞳を映そうとする。その時、突然銃声とともに上がる火勢に、領主から苦痛の声があがる。 「……もう、いいだろ……終わりにしようぜ」 死体にぬめる部屋をはいずって、火器一つを銃で起爆させたのはディックだった。 「……仲間たちならなんとか逃げ出してくれるだろ……」 セットの途中であったため、火器の起爆装置までは用意できなかったディック。ディックのいる中央の火器が爆発するのまで時間は、ない。 「最後に……リクに、会いたかった……かな?」 もはや『精神防御壁』を自分で展開する力もないディック。らしくもない弱音をディックがはいた時、そのディックの体がふわりと浮く。浮いた体は、そのまま部屋の出口へと流れるように移動を始める。そのディックの背後で、中央の火器が炎を上げた。 「おまえが……そんなこと言うなんて珍しいな」 浮いたディックが行き着いた先には、懐かしい拓哉の顔がある。しかしこの時、暗黒の気に触れた拓哉は顔色が悪くなっていた。その拓哉は、ディックに俺はまだやることがあるからとジニアスにディックを任せて領主挑発に向かう。一方、領主の方はのた打ち回り、断末魔の悲鳴を上げながらも、まだ死には至っていなかった。その姿を眺めながら、拓哉は言う。 「そんなん……じゃ、俺が手を下すまでもなさそうだな」 「……おのれ……我の最後のチカ……ラ……思い知らせてく……れる……」 拓哉を中心に、部屋の暗黒が広がってゆく。拓哉もまた、術を使う領主に向けて最後の力を使う。 「これ……が俺の『サイ・フォース』の力の一つだ……あとは……」 拓哉の力によって、領主の体はシャモン姉妹のもとに流されてゆく。 「任されたのでございます!」 陰陽道の熟練者であるミズキの前に五芒星の光が立ち上がる。 「未来永劫、この者は光を見ることはありませんわ」 続けて退魔術の達人であるクレハが身構える。 「領主と一緒に、この深淵魔界へ向かうという部屋を結界を張って封印しますわ! 皆さん、部屋から離れてください!!」 気合の入るクレハの声に、ジニアスは自分より体の大きなディックを抱えて走り出す。拓哉もどうにか自分の体を部屋から離れさせる。 「封印!!!!」 霊力を高めた二人の声が唱和する時、領主を含めた死臭漂う部屋は、塗り固められた死体ごと五芒星の中に取り込まれる。そして、ミズキと協力するクレハは、二人分の霊力でもって封印をより強固なものにしたのであった。 脱出に成功した者たちと、領主を含めた深淵魔界への部屋封印に成功した者たち。彼らは時をおかず合流する。そして傷を負った者はハクラにてその傷を癒すこととなる。そんな彼らを招待したハクラ領主沙夜子もまた負った傷を癒す中で、明確に解放軍側に味方する意思を示したという。 |
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