ムーア北方最大の軍事都市ゼネン<監禁室群> 黒光りする鋼の城塞ゼネン。その城塞は、人間徴発を計画し、深淵魔界に向かう三つ目の魔物が領主となる都市である。その領主と攻防を繰り広げた異世界人たち。結果、額にある金の瞳を完全に潰されたゼネン領主。しかしその戦いの最中、ゼネン領主は戦いの場から走り去ってしまう。そして、ゼネン城塞最下層にある監禁室群に残されたのは、数名のムーア兵と、先まで領主との死闘を行っていた異世界人たちであった。 「……一体、これはどういうことでしょう〜?」 不信な顔をしたのは、豊かな金の髪を五つに束ねた乙女アクア・マナであった。アクアは、ゼネン領主に深手を負わせたことで、領主は深淵魔界行きを早めると身構えていたのだ。だが実際には、突然その領主自身が血相を変えて逃走したのだ。 「タイミング的には“決着は深き魔界で”と言っておくきながら“侵入者”などと申しておりましたから、深淵魔界に向かうのに不都合な場所に侵入者でもあったのでございますわね」 「おそらくゼネン領主の向かった先は、あの悲しい魂が渦巻く部屋だと思いますわ。あの部屋が深淵魔界へ向かう扉なのかもしれませんわ」 まだ幼さの残る風貌ながら、豊かな胸を持つ双子の姉妹ミズキ・シャモンとクレハ・シャモンは言う。その二人の言葉に、すらりとした姿勢のよい青年、鷲塚拓哉(わしづか たくや)が頷く。 「ならば、侵入者というのは、あの二人かもしれないな! このままにはしておけない! 領主を追う奴は一緒に来い。途中は、侵入者強制排除の罠がたくさんあるからな!」 拓哉の言を受けてどよめいたのはムーア兵であった。 「そうはいかないぞ!」 と銃口を異世界人に向けて、監禁室へ戻そうとする。そんなムーア兵に、トライデントを持つ乙女が立ちふさがる。 「どのように、そうはいかないのか教えていただけます?」 トライデントを持つ乙女は、異世界の姫君マニフィカ・ストラサローネ。このマニフィカこそ領主の魔眼の一つを潰した者であったのだ。領主でさえ勝てなかった乙女の言葉に、兵たちは数歩下がる。その兵たちにマニフィカは言った。 「わたくしは領主よりも、怪我している少女をお助けしたいのです。邪魔はしないでいただけます?」 兵たちが大人しくなるのを見届けて、マニフィカは言う。 「拓哉様とご一緒に領主を滅される方は共にどうぞ。それとすみませんが、わたくしは治癒の力を持ちません。この少女の怪我を治せる方がおいででしたら、残っていただけませんか?」 「それではわたしが残りましょう〜。拓哉さんたちは領主をお願いします〜」 マニフィカが要請を快諾したアクアに礼を言う中、安心した拓哉とシャモン家双子姉妹とは領主追撃に走り出していた。 「……私は一体?」 失血の多さに未だ朦朧としている少女に、マニフィカは言った。 「ここにおられるアクア様が水の精霊“ウンディーネ”を召喚して、あなたに治療を施したのです。応急ではございましたが、それは美しい情景でしたわ……」 アクアの呼び出した精霊の姿に驚きを隠せないマニフィカがうっとりと言いながら、ふと己の過去を顧みる。 『よくよく思い出してみれば、このアクア様こそ異世界でわたくしに水氷魔法を教授してくれた『師匠』でしたわ。暫くはアクア様に頭が上がりそうも無いですわね』 そんなマニフィカは自然にアクアへの協力者としての立場を取ることをきめていた。そんなマニフィカに、治療を受けることができた少女は言う。 「ありがとうございます。私をお助けくださったのですね……アクア様と……あの、そちら様のお名前をうかがってもよろしいでしょう……か?」 控えめな少女の言葉に、自分と同じ育ちの良さを感じたマニフィカ。マニフィカは、自分の出自を紹介しつつ、これまで経緯を説明していた。 「そうだったのですか……大変なところをハクラの民ともども助けていただいたようで感謝いたします……私は、このムーア世界にてハクラの地を任されております綾小路沙夜子(あやのこうじ さやこ)と申します」 領主となる前は、現代日本出身の窒元の娘であったという沙夜子。そんな沙夜子にアクアは言った。 「助かった、というのはまだ早いです〜。領主がゼネンの深淵魔界行きを強行したとしても、今ゼネンに捕らわれている人達が一人でも多く深淵魔界に堕ちない様にしなくては成りません〜」 「た、確かにおっしゃる通りでございますね。私もいつまでも治療いただくわけには参りません」 こうして完治していない体で立ち上がる沙夜子をマニフィカが支え、現在ゼネンに捕らえられている“若く美しい者”たちの脱出が始まろうとしていた。 「監禁室群の兵の皆さんは、もちろん協力してくださいますわね?」 トライデントを持つマニフィカの微笑みに、兵たちは無言で頷いた。 「……ということは、無用な殺傷はできるだけ避けられるようですねー。この監禁室群に水素材は極めて少なかったことですし助かりました〜」 本来水と氷との魔術を得意とするアクア。監禁室群での生活で水素材の少なさをアクアは嫌というほど実感していた。人の放つ水分はもとより大気すら、この城塞内で循環されていたのだ。まさに無駄一つない城塞。もし、この循環機能について拓哉が知ったとしたら、彼はゼネン城塞自体が宇宙航行用の製造物である可能性を示唆したかもしれない。 城塞内部を大勢の若者たちが移動する。 兵と共に移動となれば、兵近くにいる若者は侵入者強制排除対象から自動的に外れることができる。しかし、数百人の移動ともなれば、罠の稼動は免れない。そこでアクアは、できるだけ安全な経路を兵に選ばせ、かつ罠の位置に氷水魔術を使うことで索敵機能を凍結させていた。 やがて、外へ城塞の扉が見えて来る。と当時に、強烈な熱気が辺りに満ちてくる。 「どういうことでしょう〜?」 困惑するアクアの視界に、火炎を放つ鳥が城塞上空を先回する姿が映る。 「……あれは、火炎鳥とかいう魔物でしょうか〜? それと乗っているのは……リュリュミア?」 かつて敵対したリュリュミアとは、神官に変装することで信用させた過去を持つアクアであった。 「この際、この熱気は追撃を振り切るのに好都合です〜。マニフィカさん、お手伝いよろしくお願いします〜」 同じ頃、リュリュミアは《亜由香》にもらった火炎鳥の輿の上で、これからのことを様々に考えていた。 「城塞で迷子になっちゃった神官さんを渡して欲しくて戻ってきただけなのに、問答無用で撃ってくるなんて酷いですぅ」 《亜由香》からの手紙まで携えてきたのに、何の確認もされないままリュリュミアは警備兵に狙撃されてしまっていたのだ。 「ちゃんと話を聞いてくれる人はいないですかねぇ」 火炎鳥に乗ったまま話の通じそうな人を捜すリュリュミアは、ゼネン城塞上空をずっと先回することとなっていたのだ。そんなリュリュミアは、突然ゼネン城塞入り口に霧が現れ、そこに水が放出され、さらにそれが凍って道が造られる様子を目撃する。 「?? 一体、何がおこったんですかぁ??」 リュリュミアが驚いている間に、若く美しい者たちが入り口から大量に飛び出し、氷の道を走る。その中に、自分が迎えに来た女神官もいた。 「あ、神官さん、迎えにきましたよぉ! んー、でもここからじゃ聞こえないみたいですよねぇ。……んと、よくわからないですけどぉ、他の人たちも危ない城塞から逃げ出そうとしてるんですねぇ」 思案するリュリュミアは、その若者たちを追撃しようとする兵たちの姿に気づく。 「えーっと。逃げ出す人を連れ戻そうっていうんですかぁ? しかも追いかけるのは死体兵みたいですよねぇ。この城塞はやっぱり危険ですからぁ、逃げる人は助けてあげた方がいいですよねぇ」 上空を先回していたリュリュミアが火炎鳥に乗ったまま死体兵に近づく。すると、死体兵は鼻を突く腐臭を放って倒れ込む。 「あれぇ? 火炎鳥さんの炎で焼けちゃったみたいですよねぇ……」 死体兵は葬ったものの、本来迎えに来たはずのアクアには逃げられてしまったリュリュミア。この後リュリュミアは、ムーア宮殿に報告に戻ったという。 |
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