最北端の商業街キソロ
キャンプでの会合よりも早く、石と氷に埋もれた街キソロでは、領主ルテリと難民代表者による徴発対象者の若者交換交渉が行われていた。交渉場所は、表向き雑貨卸商店のルテリの隠れ家。その場所で“リクナビ”の情報を得た交渉団。その内容とは、“ 『ムーアの砦』のトリスティアが、東トーバに引き続き、ロスティまで開放した”“東トーバとロスティの間を『共同開発する農業地帯』として開墾予定で、開墾と防衛の人材を募集している”というものだった。この情報を聞いてもルテリはまだ結論が出せないでいた。そんなルテリに、
「ルテリの隠れ家がリクナビの拠点だったということは、ルテリもリクナビを利用しているってことだよね」
正鵠を射た言葉を投げかけるのは、銀のくせっ毛をした猫耳の異世界青年アルフランツ・カプラートであった。そのアルフランツが交渉場所をキソロにすることで、“リクナビ”最新情報が届くように仕組んだ異世界人でもある。
「それにルテリ自身だってが異世界人だって聞いてるよ。同じ異世界人のトリスティア達が魔族からムーアの人々を解放しようとしている中で、何故領主として魔族の顔色をうかがうような立場に甘んじているのかな」
反ムーア軍の様々な情報を聞いてきたはずのルテリ。領主という立場ではなく、ルテリ自身がどう思っているのかを一度聞いてみたいとアルフランツは思っていたのだ。このアルフランツの言葉一つ一つに逡巡するルテリの顔色を見たアルフランツは畳み掛ける。
「それに、領民が大切ならばこのまま魔物に支配される世の中でいいと思ってるのか?」
ルテリの良心を刺激する言葉に、ルテリは重い口を開く。
「このままでいいとは思わん……けれど《亜由香》は約束したのだ……わたしがこの土地を守るのならば魔物の支配からは影響の少ない土地にしてやる、と」
ルテリもまた《亜由香》によってムーア世界につれて来られた異世界人だった。かつて神官の国であった東トーバ攻略の協力を迫られた折、ルテリは戦略は自分の分ではないと断ったのだ。代わりにルテリが与えられたのは、キソロ領主の地位であった。
「ハクラとネルストの領主にはまだ会ったことはないが、おそらくはわたしと同じ理由で引き受けたのだろうな……引き受けなければ土地の住民は魔物の餌食になると聞かされれば、たとえ面識がなくても何とかしたいと思うものではないのか?」
魔物たちの圧倒的な力を目の当たりにしてきたルテリ。ルテリはまた、領主となってしまったことで、キソロの民を守りたい意識が強くなったのだという。この経緯を静かに見守る異世界の乙女がいた。白いローブに身を包んだ小柄な乙女リーフェ・シャルマールである。
「なるほど……解放軍有利の情報が出回っていても考えは変えられないのは、旗色を明確にした時にその旗頭が勝てば良し、負けたときの仕打ちが恐ろしいというわけ……ね」
「そういうことになるな」
リーフェの言葉に、ルテリが首肯する。
「ならば、旗色を明確にせずに長い物に巻かれているだけでは、この戦乱の終息後に“信用のおけない者”との烙印を押されてしまう事は明白でしょうね」
極めて事務的に言い切るリーフェに、ルテリは息をついた。
「……わたしの信用を決めるのは、キソロの領民だけでいい。もし解放軍が勝ったならば、領民を傷つけることはしないだろう。逆ならば、守る者が皆無となる……違うか?」
「そうですね。あとは勝利の可能性の高さが問題、ということになりますね。もしキソロが解放軍についたとしたら、解放軍の勝利する可能性はどう傾くと思いますか?」
リーフェの指摘に、ルテリが無言となる。
「では論より証拠でしょうね。わたしと一緒に行きましょうか」
「……どこに?」
不安顔のキソロ領主ルテリ。そのルテリを騎乗可能な高速飛行形態に変型させた“メタルゴーレムG.O.L.E.M.581『ドラグーン』”の上に腰紐は付きで乗せ、リーフェは言う。
「ロスティあたりでも直接見に行きましょうか。上手くいけばトリスティアとルテリの会談が行われるかも知れませんし。解放軍の様子を直接見て考えを変えられないようなら……この私が若者の代わりにゼネンに送られてあげましょう」
リーフェの意思の強さに触れたルテリは、それ以上はもう何も言わなかった。
そして、リーフェによって世界の情勢を薄茶色の瞳で確かめたルテリ。その後、「キソロは解放軍についた」と言う噂が“リクナビ”を通じて飛ぶのは間もなくのことであった。
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