ムーア北方最大の軍事都市ゼネン 深淵魔界への準備が整ったゼネン城塞に、火炎を放つ鳥に乗って現れる異世界の乙女がいた。ムーアを統べる少女《亜由香》からの手紙を携えて訪れたのは、乙女の姿をしていて人ではない生命体リュリュミアだった。リュリュミアがこのムーア世界を訪れてから終始一貫、《亜由香》に味方してきた乙女である。そのリュリュミアが城塞の正面入り口に降り立つ。 「火炎鳥さんに送ってもらったおかげで楽チンでゼネンに着けたですぅ」 のんびりと言ったリュリュミアは、火炎鳥に触ろうとして諦める。 「んー、ちょっと触れませんねぇ。わたし、燃えちゃいそうですぅ。えっと、わたしが出てくるまで、待っててくれますかぁ?」 リュリュミアが言うと、意味がわかるのか火炎鳥が一声高く鳴いていた。その火炎鳥に見送られて、リュリュミアが城塞に入ろうとするとムーア兵の銃口に止められた。無言の兵の様子から、相手が死体兵であることがリュリュミアにもわかる。 「えっとお、亜由香に書いてもらったゼネンの司令官宛の手紙を見せて、逆に司令官のいるところまで連れて行ってもらおうと思ってたんですけどぉ、これじゃ、お話もできないみたいですよねぇ」 もしこの時、入り口警備の兵が生身の兵であったなら、リュリュミアと面識のあった者もあったのだろう。しかしこの時、警備中であったのは死体兵であったため、リュリュミアが味方の指揮官的職務を遂行していたという認識がなかったのだ。そんな死体兵にとって敵味方の判別とは、手形認証で通過できる者である。銃口をリュリュミアに向けた兵は、無言で手形認証の板へとリュリュミアの手を押し付けた。 ビーッビーッビーッ 突然響き渡る警報音。続いて集まったムーア兵たちが、リュリュミアに銃口を向けたのだ。 「問答無用ってわけですかぁ!? せっかく《亜由香》からの手紙も預かってきてるんですからぁ。話くらい聞いてくれてもよいですよねぇ。司令官の前に辿り着けたらぁ、“迷子になった神官さんを迎えにきましたぁ、渡してくださいぃ”と司令官に詰め寄りたかったですぅ!!」 強固になった城塞を知らないリュリュミアは、厭々するように頭を振り、地団駄を踏む。ただ駄々をこねているように見えるのだが、実際はその動きと同時に花粉が飛び散っていた。兵たちが急に目や鼻が痒くなって涙と鼻水が止まらなくさせることが目的であったのだ。生身の兵はリュリュミアの予想通りの反応をする。だが、生体反応のない兵であっては、まったく効果がなかったのである。 「相手が死体兵なら、それなりの対応をしなくてはいけないですよねぇ」 リュリュミアは、銃弾を放った死体兵の一体へと『腐食循環』の技を使う。リュリュミアの精神集中と共に、異臭を放つ死体兵の体。その体が溶け出して、泥土と化したのだ。その技を目の当たりにした生身兵から、悲鳴が上がった。 「な、何が何でも銃殺しろ!!」 鼻水をこらえながらの激しい銃撃がリュリュミアに向かう。慌ててきびすを返したリュリュミアが、自分を待っていた火炎鳥の背にくくられた輿に飛び乗る。 「こうなったらぁ、知り合いの生身な警備兵がいる入り口を探しますぅ!」 こうしてリュリュミアは、ゼネン城塞上空を炎を振りまく鳥に乗って長時間旋回することとなっていた。 そのゼネン城塞内部では、すでに幾人かの異世界人たちが拘束されることなく行動していた。 商人のローブを羽織ったまま城塞内の納品室から飛び出したのは、ディック・プラトックと拓哉の二人であった。城塞内部の混乱を狙う青年ディックは、まず“リクナビ”隊員とコンタクトを取る。まずムーアの兵装を手に入れ、城塞内の武器庫で爆薬や爆弾を手に入れようというのだ。 一方、拓哉は城塞内の最下層へのルートを『サイ・フォース』で感知しながら進む。すでに内部構造は数度の潜入成功により検索済である。現在城塞内で何が起こってるかまでは正確に察知はできないが、拓哉の技能『サイ・フォース』の一特殊能力である『サイ・サーチ』から、仲間のおかれているおおよその経緯をもつかんだのだ。 『この波動はアクアのものか? 攻撃行動は、一度は成功したものの失敗している。領主は何らかの回復魔法か能力かを使ったのか』 領主の能力を予測する拓哉が、対抗策を考える。 『あの異常な再生能力の元を絶てれば一番なんだが、それが分からない以上首を刎ねるしかないな、それですら倒せるかどうか……』 思案する拓哉は、経路を警備する死体兵と出会えば葬り、生身の兵ならば身を隠しつつ進んでゆく。 『それでも若干のタイムラグがありそうだから。刎ねた首と残った体を徹底的に破壊してチリ一つ残さないくらい念入りに破壊すれば、何とかなるだろうか。どちらにしても、領主の意表を突き、なおかつアクア達の行動と連携しなければならないな』 その途上、拓哉は城塞内に仕掛けられた侵入防止装置に引っかかりそうな一団を察知する。 『敵ではない。最下層から逃げ出した者たちか!?』 とっさに拓哉は、彼らの前に飛びだして彼らの歩みを止める。 「それ以上は進むな! 黒焦げになるぞ!!」 手形認証等で、所属確認のできない者は強制排除するレーザー。その索敵エリア内に、一団が入ろうとしていたのだ。 「わ、わかった。みんなも止まれ! ゼネン領主が俺たちを無理に追わなかった理由はこれだったのか!」 拓哉に応えて、仲間の動きを止めたのは赤い髪をした異世界の青年ジニアス・ギルツだった。 「助かったよ。せっかく領主のところから逃げ出せたのに、目的もはたせなくなるとこだったな」 拓哉を信用したジニアスは、これまでの経緯とこの後の目的とを簡単に話す。そして拓哉もまた、ジニアスに自分の経緯と城塞内部情報とを教える。 「ジニアスが手に入れたいという武器なのだが、この先にある納品室にはないぞ。役に立つ武器ならすべて武器庫に移動済だな。武器庫ならば、ディックという者が向かっている。きっと“リクナビ隊員”と一緒だろう」 拓哉は、主電源が入った後の城塞内部の地図を渡す。 「武器庫の位置はここだ。黒い部分は調査不能個所。赤い部分はすべて何らかのトラップがしかけられている。振ってある番号は……」 ジニアスは拓哉によって城塞構造の詳細な情報を得た後、感慨深げに言った。 「それにしても偶然とはいえ、俺は拓哉に突入時も助けてもらっていたわけか。都合、三度は助けてもらってることになるな。ありがとう」 「何。こちらも領主と仲間の情報をもらった。それで十分だ」 互いに握手を交わして彼らは自分の目的地へと向かっていた。 “珍しい力”と“品物”とを欲するゼネン領主にして司令官である三つ目の魔物。深淵魔界への準備を整えた領主は、ゼネン城塞最下層にある監禁室群へと訪れていた。5人ほどの“若く美しい者”をつめこんだ一室で、力を見ることで吸収してしまう領主との攻防を繰り広げた異世界人たち。異世界人の敗色の濃い中、おっとりとした声が響き渡っていた。 「ああ、こちらにいらっしゃったのですね! ゼネン領主様!!」 声を上げたのは、本来の姿は下半身が魚である異世界の姫君マニフィカ・ストラサローネ。マニフィカがムーア兵に伴われてゼネン城塞最下層にある監禁室群へと到着した時、折りしもゼネン領主と異世界人たちの攻防がくりひろげられていたのだ。この緊迫した状態をよく理解していないマニフィカは、“リクナビ”で集めた情報通りの三つ目の魔物に出会って自己紹介する。 「わたくしは、全世界が海に覆われた“ウォーターワールド”のネプチュニア連邦王国9番目の王女、マニフィカでございます」 マニフィカは、案内してきた兵にもその労をねぎる。 「わたくしをここまでおつれくださいました兵の皆様、ご苦労さまでした。晴れて、ゼネン領主様のお眼鏡にかないました暁には……」 と、練りに練った計画を語ろうとした時、マニフィカの赤い瞳にムーアの兵によって傷ついた少女の姿が映る。 「これは一体、どうしたことでしょう!? 無抵抗なかよわい少女に何をなさいましたの!?」 傷ついた肩口から今も血を流す少女に、マニフィカが駆け寄った。その姿を眺めて、余裕のできたゼネン領主がムーア兵に問う。 「確かに若く美しくはあるけれど、少し頭の構造に問題があるようですね。このマニフィカといのも、徴発してきた人間ですか?」 「いえ。徴発対象に合うので、こちらに捕らえようと」 そんな彼らの会話を、少女の傷に手近な布を巻いていたマニフィカはしっかりと聞いてしまう。 『なんということでしょう! わたくし、ころりとムーア兵に騙されて最下層の監禁室に案内される羽目になったのですね!!』 再び海より深く反省したが、二度目なので立ち直りも早かった。 『“為せば成る、為さねば成らぬ何事も”。今さら後戻りする訳にもいかない事は明白ですわね』 と開き直り、とりあえずゼネン領主の傍に近づく事を目論む。 「あの、ゼネン領主様。わたくしの婿探しの為に器量を確かめさせてはいただけませんか?」 と、当初の演技を続ける事にしたマニフィカだった。 このマニフィカ登場の間に、作戦を立てて体制を立て直す者、この監禁室群に近づく者など様々にあったという。 三つ編みおさげがかかる巨乳をもつ異世界の巫女のクレハ・シャモン。戦闘が得意でないクレハは、ゼネン領主によって式を奪われた双子の妹ミズキ・シャモンを介抱していた。 「ミズキさん、気をしっかりもってくださいね。この症状は、領主に陰陽術を奪われたからなのですね」 「……ク、クレハ? 大丈夫でございます。き、気持ちは元気なのでございますが……てんで体が自由にならないだけでございます……」 眼鏡を奪われ、視力も自由にならないミズキが、気丈にもクレハを気遣う。 「その通りです〜。術を奪われた後は、力が思うように入らないだけで動けますから〜」 つい先までは、自分の技が奪われていた状態であった異世界の乙女アクア・マナがおっとりと言った。その極限状態に陥ったミズキは、初心に返る。 『やはりまずは眼鏡を取り戻さないことにはどうにもならないのでございます。幸い、わたしの眼鏡を奪った兵士は、マニフィカと一緒に最下層に来たのでございます』 ミズキは、自分から眼鏡を奪った憎い兵の声をしっかりと覚えていた。それは、クレハもまた同じであった。 「ミズキさん……あの兵の服のポケットに、ミズキさんの眼鏡が入っています……取り戻しましょうか?」 「では、何か理由をつけてわたしの側まで来るようにしてほしいでございます……」 妹の要望を引き受けたクレハは、目標の兵に向けて声をかける。 「あ、あの……私の妹が、あなたに眼鏡を奪われてから、すっかり具合が悪くなってしまいました……このままでは深淵魔界まで生きていられないかもしれません。ちょっと見ていただけませんか?」 クレハが恥らうように言うと、豊かな胸が両腕の隙間でさらに大きく膨らむ。そのクレハの愛らしい姿との相乗効果で、兵がすぐにやって来る。その兵に向かって、力をためにためたミズキから急所狙いの蹴りがかまされる。実際は、あまりよく見えていないのでどこを蹴っているのかミズキにはわかっていない。ぼんやりとした視界の中で、その中心を狙ったのだ。その一瞬、股間を抱えて声もでなくなるムーア兵。そのムーア兵に、 「どうせですから、このまましっかりと寝ていてくださいね〜」 と、笑顔のアクアが兵に留めをさしたというが定かではない。けれどこの後、アクアを中心にして作戦が練られたということだけは確かである。猶、この作戦には、ミズキ、クレハの他、アイコンタクトとジェスチャーとで理解したマニフィカと、彼らに合流する拓哉とが加わったという。 マニフィカのゼネン領主との懇談が決裂したタイミングに合わせて、アクアの声が上がる。 「もうそろそろ再戦といきませんか〜。今度は手加減しないであげます〜」 アクアの言葉に、三つの目を怒りの色に染めたゼネン領主が振り返る。それを待ち構えていたようにアクアが氷皇杖を振り回しながら呪文を唱える。 「くくく。いいでしょう。あなたの“力”、見せていただきますよ」 額にある金の瞳を細める領主。その領主に向けて、気合いを込めた声が響く。 「冥府破砕呪!!!」 アクアを“見る”ことに集中するゼネン領主。まさに、アクアの偽技が放たれるタイミングこそが皆の攻撃のタイミングであったのだ。領主の視界の一点に集まらぬよう散開している拓哉が、天井から赤い左眼を狙う。 「オーソドックスに素手のパンチだ! 受け取れ!!」 特殊技能を放つことなく、飛び降りざまに拓哉の右ストレートが赤い瞳に決まる。そして、 「水発現!」 水術で槍から噴出させた水を習ったばかりの水氷魔法で凍らせ、三叉槍で領主の魔眼の一つを貫いたのはマニフィカだった。 「いくら世間知らずなわたくしとは言えども、これでも『千人長』という肩書きを持つ武人の端くれですわ!」 マニフィカが金の眼を貫いたまま優雅な動作で槍を固定すると、その魔眼は、床に倒れているミズキを映すこととなる。それに合わせて、ミズキに力が戻ってくる。 「前鬼と後鬼、これにて取り戻させていただいたのでございます! このお礼は、炎でもって返させていただくのでございます!」 陰陽五行の火行を発動させた札を、領主の目へと投げつける。 「火行でもって、領主の目を焼き尽くさせていただくのでございます!」 図らずも拓哉の潰した眼は、回復能力等の特殊技能を操る眼であったらしい。マニフィカによって固定された金の瞳は完全に焼きつくされる。しかしまだ、領主には炎をも飲み込む黒い瞳が残っていた。 「おのれ、おりれ、おのれーっ!! この決着は深き魔界でつけさせてくれる!!」 怒り狂ったゼネン領主の気合いと共に、城塞が浮き上がる感覚がある。だが次の瞬間、領主は己の体の内に何がしかの痛みを感じたらしい。 「ぐ、わっ!! ……侵入……者、ですか!?」 青白い顔をさらに青くしたゼネン領主が走り出す。その先は、かつてアクアがゼネン領主に捕まった場所だった。 「うへぇ、ここがそうなのか……確かに思いっきり怪しいよな」 拓哉であってもゼネン城塞内部の検索不能な場所。そこは死臭漂う部屋であった。この場所に火器をセットしながら、鼻をつまんだたくましい青年はディックであった。そんなディックに、かわいらしい容姿をした青年ジニアスが応じる。 「隅々まで調べてみたが、前に来た時よりもこの部屋に使った死体が増えていること以外、特に怪しい物体はない。この部屋そのものが『深淵魔界』に関係がありそうなんだがな」 ディックに協力する“リクナビ”隊員から火器を受け取るジニアスは言う。 「捕まったままの皆も心配だけど、わざわざ何かに利用する為に各地から集めた人間を簡単に殺したりはしないだろうからな……今は、牢の皆に領主の注意が向けられている隙に、怪しいものは破壊して、魔界行きを阻止するしかない」 そんなジニアスに、武器庫で合流したディックは喜んで協力していたのだ。 「俺の計画では、城内を混乱させ城の機能を停止させ捕まった人達を助けだすつもりだったんだけど……無闇に暴発させては隊員までも巻き添えをくうからな。『深淵魔界』にさえ行かなけりゃ、混乱させるのはその後だって遅くないしな」 すでに武器庫で爆薬や爆弾を私物化したディック。彼の計画では、敵を内部から混乱させるつもりであったのだが、彼の計画そのままではリクナビ隊員はもちろんのこと、狭い通路を移動する際に救出したい者にも犠牲が出る可能性が高かったのだ。そんなディックに、ジニアスが「助かるよ」と礼を言い、彼らは手を握ったのだった。 そんな彼らのいる場所に、一つの目を完全に潰され、赤の目は回復しつつあるゼネン領主が近づきつつあった。 |
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