ムーア北方最大の軍事都市ゼネン

 黒光りする城塞都市ゼネン。城塞の入り口では珍品を持ち込もうとする商人と、品定めをするムーア兵とが声高にやりとりをしていた。
「だから、どの品は珍しいものだって。この大砲なんてのは、一発きりだが威力がすごい、その上、製造が困難な品物だ」
 自らも細かい細工入りの大砲2つを用意して説明するのは、薄い小麦色の肌をした長身の異世界青年ディック・プラトックである。
「威力は射程が普通の大砲の五倍で玉は着弾した時に破裂する散弾玉、高射程高範囲。ただし、一発きりだから、威力は直接領主に見てもらった方がいいと思うな」
 商人に扮したディックは、自分の顔が見えないように顔を隠しつつ説明する。けれど、ディックの威勢のよい説明に、兵器の扱いに長けたムーア兵が不信顔になる。そこへ、
「俺の用意した品は、俺じゃないと操作はできないが……」
 と、ディックに続いて説明するのは、商人姿に変装させられた異世界青年の鷲塚拓哉(わしづか たくや)である。このゼネン入城交渉に先立って、拓哉はディックと同じ商人風ローブを着せられたのである。
「俺と一緒に珍しい品を持ってくれる気があったら、拓哉の顔は隠しとかないとな。そのままじゃ、“若く美しい”人間徴発の対象になっちゃうぜ」
 と、ディックに忠告された結果であった。その忠告に従ったおかげで、拓哉は人間徴発対象からは外れたのだ。
 ムーア世界の者が見慣れない機械を見せるのは、黄色の肌をした姿勢のよい拓哉。拓哉が持ち出したのは、探査戦闘機に備え付けの備品である。
「コレが俺の世界に使われている『救難ビーコン型宇宙機雷』だ」
 拓哉は、自世界にしか通用しないような専門用語を織り交ぜて、ことさら貴重品のように言ってみせる。すると、彼らの持ち込んだ品を検閲するムーア兵は、手形認証を拓哉にも与え、あっさりと入場を許可していた。その検閲官でもあるムーア兵は言う。
「ゼネン司令官殿はただ今、取り込み中である。城内の納品室で待っていろ。いずれおいでになる」
 こうしてディックと拓哉とは、城塞内部へと入城を果たしたのである。
 その二人が消えた数分後、城塞の入り口に現れたのは一人の異世界の乙女だった。
「わたくしは、遥かなる異世界ウォーターワールドのネプチュニア連邦王国から“婿探し”の旅を続けている第九王女! 噂に名高いゼネン領主の器量を確かめに来ました!」
 正面から堂々と訪問の目的を告げるのは、マニフィカ・ストラサローネ。すでに一度、自分の軽薄な行動を海より深く反省したマニフィカ。今度は、「リクナビ」という情報網が利用してゼネン領主の評判を聞きまわり、それを元に領主を研究しつくした上での行動であった。しかし、そんなマニフィカに、ムーア兵が突然飛び掛ってくる。
「司令官殿は、“若く美しい”者を集めておられる。しかも、できれば特別な力を持つ者がよいともおっしゃられた。おまえは十分該当する!」
「いきなり無礼ではありませんか!?」
 正真正銘の“姫”であるマニフィカが槍術でもって兵を一喝する。水術も使ってこらしめるまでもないと思うマニフィカに、狡猾な表情をしたムーア兵が言った。
「なるほど。司令官はあなたにお会いになるでしょう。まずは城内にどうぞ」
 そうしてマニフィカがムーア兵に案内されてゆく先は、ゼネン最下層にあるという監禁室群だったという。

 マニフィカが監禁室群へと案内されるよりも早く、そこにはゼネン城塞の司令官であり、ゼネン領主でもある魔物が訪れていた。すでに人間徴発も滞りなく進み、ゼネン城塞が深淵魔界に向かう日がやってきていたのだ。
「“若く美しい”者たちが予定人数集まったようですね。これならばキソロからの人間を待つ必要はないでしょう。そちらはまた次としてよろしいでしょう……ではその前に、特別な力を持つ者たちの力のほどを見せていただきましょうか」
 深淵魔界に向かうのは、ゼネン城塞だけではないという領主。その領主は、出立前に興味を持つ力や品を手に入れるべく動き出したのだ。
 そのゼネン領主がまず向かうのは、以前城塞内部で捕獲した二人の異能者の元であった。
「くくく。一人は動けないことでしょうから、まずは先に男の方ですね」
 死体兵の視覚を通して、束ねた赤い髪を確認する領主。三つの目を持つ魔物は、違うことなく異世界青年ジニアス・ギルツの閉じ込められた部屋へ向かった。
 その道中、領主に向かって、小窓越しに呼びかける者がいた。
「! あなたはゼネン領主様でいらっしゃいますね! 幾度お願いしてもお会いすることかないませんでしたが……今度こそ、お話を聞いていただきたく存じます」
 この声を上げたのは、ハクラ領主の少女綾小路沙夜子(あやのこうじ さやこ)であった。その声をうっとおしく思ったのだろう。ゼネン領主は、死体兵を動かす。
「黙らせなさい」
 そして無表情の死体兵が沙夜子のいる監禁室のロックを外すと、沙夜子の悲鳴が響き渡って消えたのだった。
「お待たせしましたね……お元気でしたか?」
 沙夜子の監禁室といくらも距離のないジニアスのいる部屋が開かれる。
「おかげさまでね。ハクラとネルストの若者もあとから同室にしてくれたおかげで、退屈しなくなったよ」
 人間徴発で集められた者たちが監禁室群に閉じ込められる中、ジニアスのいる部屋にも若者が押し込められたのだ。ジニアスは平然と応えながら、同室の者を壁際に移動するよう目配せする。そして、
「おとなしく能力奪われるなんて、冗談じゃない!」
 ジニアスは隠し持つ剣サンダーソードから、雷の力を引出させる。剣と精神を同調させずに力を引出した事で、雷光は方向を定めずにスパークする。強烈な電撃が走り、そのダメージを自分自身も受ける中、同室者を伴って監禁室を脱出するジニアス。ジニアスは、未だ監禁されているアクアたちに叫ぶ。
「領主は、“色々な技を使える=強い”と、勘違いしているようだが技を「使える」のと「使いこなす」とでは、意味が違う。それに、技はその人に適したものであり、必ずしも領主に適したものとは限らない。領主の性格や自惚れにも勝機がある!」
 たくさん技が使える奴より、一つの技をきちんと理解し、極めた奴の方がよっぽど面倒だという持論を持つジニアス。監禁室脱出に成功したジニアスは、一度身を隠す場所を確保するべく若者たちと共に走り出していた。
「……なるほど。ひどい技もあるものですね。何が何でもほしくなりましたよ……その力。あとでまたゆっくりいただくとしましょう……」
 ジニアスの放った雷光の威力は、領主に対して相当のダメージがあったらしい。未だふらつく足を踏みしめた領主は、城から脱出はできないとうそぶいた。
「では先に……別の力をいただきましょうか」
 気を取り直したゼネン領主は、もう一人の捕獲者アクア・マナのいる部屋へと向かった。アクアのいる監禁室には、今、アクアを含めて5人の乙女たちが入れられていた。そのうちの二人は、自らこの城塞に飛び込んだ異世界の少女たち、ミズキ・シャモンとクレハ・シャモンの双子姉妹である。他二名は、ハクラ娘が閉じ込められることとなっていたのだった。その部屋をゼネン領主が開けさせる。
「すっかりお待たせしてしまいましたね……あなたが観念して、わたしに何かくださりたいという話、部下から聞いておりますよ。それを見せていただけますか?」
「……その報告には抜けているところがたくさんあります〜」
 力の抜けた声で応えるのは、ミズキとクレハ姉妹に体を起してもらったアクアである。
「力や品物を見せる事を条件に、『深淵魔界』に落とされても身の安全を保証して貰いたいと伝言をお願いしたのです〜」
 実際に力がしっかりとは入らない体で、領主に訴えるアクアに領主が生来の本質を取り戻して快諾する。
「くくく。お約束しましょう」
 明快な魔物の回答をアクアは疑いつつ、アクアはあらかじめ作っておいた「つらら」を仰々しく取り出します。
「わたしには、ただの氷にしか見えませんが。これが何か?」
 いぶかしがる領主に、
「これこそが私秘蔵のアイテムです〜。一見ただの「つらら」にしか見えないかも知れないですけど、ほら、よ〜く覗いてみて下さい〜♪」
 領主に覗き込んでみるように促すアクア。領主が身を乗り出して「つらら」を覗き込んだ時、アクアが「つらら」の根元に全体重をかける。次の瞬間、「つらら」の先端が、領主の第3の目突き刺さった。
「グワアァァァウウッッッ!」
 額にある金の目に、つららを埋めて絶叫する領主。見開かれた領主の金の瞳が、怒りを込めてアクアを映す時、アクアに奪われた『精神防御壁』の能力が戻り、あわせて体力が戻ってくる。
「おのれぇぇ! こうなった上は、死体として操ってあげましょう!!」
 怒りに燃える三つ目のゼネン領主が、左の赤い瞳の色を強くする。この時、アクアとゼネン領主の間にわって入ったのは、陰陽師服姿のミズキと巫女服姿のクレハであった。
「そんなことはさせないのでございます!」
「アクアさんにこれ以上、ダメージは許しませんわ」
 クレハは、アクアの前に立ち、眼鏡を奪われて視界のはっきりとしないミズキは、ゼネン領主に抱きつくほど接近して鏡を掲げる。どの角度からでも、対応できるように掲げた鏡。その鏡の一つは、確実に領主へと力を跳ね返す。
「ガハッ!」
 魂を操る術が己に返る衝撃に、ゼネン領主がうめく。そこを呼び出した式たちに攻撃させようと、ミズキが印を結んだ。ミズキが呼び出すのは、超兄貴な前鬼『亜曇(あどん)』と後鬼『沙武尊(さむそん)』。使役する式の巨体が、狭い監禁室に現れる。と、同時に、何故かミズキの力が急速に抜け落ちてゆくのを感じてしまう。
「ミズキ!?」
 領主を捕獲する結界を作ろうとしていたクレハが、思わずミズキに駆け寄る。その背後で、うめいていたはずのゼネン領主から笑い声があがる。
「くくく。残念ながら……遅すぎましたね」
 金の瞳から「つらら」を引き抜いた領主。その傷はすでにふさがっていたのだ。
「これでも……深淵魔界より数々の力を得て来た者ですからね…………これがあなたが召喚した者たちですか? くくく、彼らはこれからこのわたしに使役していただきましょう」
 眼鏡を奪われたばかりか、使役する式までも奪われてしまった少女ミズキ。アクアとクレハ、さらにはこの監禁室に加わるマフィニカ。脱出できたのは、まだジニアスのみである。
 一方、監禁室での攻防戦と同じ頃、城塞内の納品室まで無事侵入したディックと拓哉。拓哉は、監禁室での攻防戦の一部始終はわからないものの、『サイ・フォース』の力で感知する。
「アクアたちが危険だ! 俺は地下へ移動する!」
 そして、城塞内にいるムーア兵のリクナビ隊員とコンタクトに成功したディックは片目をつぶる。
「内部の混乱ならば、俺に任せろ!」
 あわよくばムーア兵同士の相討ちを狙うディック。
 彼らの最後の戦いが始まる。

続ける