軍事都市ゼネン

 主電源も入り、セキュリティの強化されたゼネン城塞。その城塞には、囚われている異世界人たちの監禁室があった。ゼネン最下層にあるというその監禁室群の中へ、各地から徴発されてきた人々もまた押し込められることとなる。そのゼネンを治めるのは、人の能力を吸い取るという三つ目の魔物である。“若く美しい”人々を集める魔物は、ゼネン城塞ごと深淵魔界に向かう準備を進めているという。

 そんな城塞上空を索敵圏外で飛行する機体があった。鷲塚拓哉(わしづか たくや)の操縦する新式探査戦闘機だった。単座式の機体には別の生命体反応があるのだが、拓哉はその打ち込む先を逡巡していた。その機体に向かって、手を振る青年の生態反応を確認する。
「ん? この反応、ディック・プラトックのものか」
 確認した拓哉が、かつて自身で脱出を助けたことのあるディックのもとに機体を降下させていた。
 拓哉の機体が着地するのと同時に、戦闘機の脱出用カプセルから一人の乙女が飛び出してくる。
「なんてひどいことをなさいますの! この世界に来て感じたのは、埃っぽい土の匂いでしたし、左右に広がる荒野……ちょっぴり途方に暮れていた時に最初に出会ったのが、やはり異世界人の鷲塚拓哉氏でしたから信頼しておりましたのに……」
 自慢の銀の超ロングストレートがからまって悲惨な姿になってしまったのは、さる世界においてはやんごとなき王族の姫君だった。
「えーと? こちらは?」
 ディックに問われて、拓哉が説明する。
「異世界から来たマニフィカ・ストラサローネ。こう見えてもお姫様のマーメイドだそうだ。偶然……というか俺のサイフォースにひっかかるものがあってね」
 そんなマニフィカを城塞に侵入させるためにカプセルごと城塞に打ち込む算段をしていた拓哉。空飛ぶ乗り物は初めてで興奮したマニフィカも、一度は同意したという。ちなみに城塞への侵入は、拓哉のムーア世界説明を聞いてから、「今どき生贄なんてアナクロですわ!」と状況もよくわかってないまま善意から決意したマニフィカだった。
「ま、マニフィカが怒るのも仕方ないかな。何しろ始めは脱出用カプセルにマニフィカをつめて、ミサイルのように城砦に打ち込むつもりだったんだしな、まぁ対ショックの衝撃についてはきちんと和らぐような措置はされてはいるけど」
 と拓哉が肩をすくませると、ディックが不思議そうな顔をする。
「へえ、ミサイル……って、空飛ぶ爆弾みたいなものなのかな」
「……って、そんなこと聞いておりませんわ」
 真っ青になるマニフィカに、拓哉があっさりと応える。
「あ、爆弾じゃなく、中身はマニフィカだから」
「ぜんっぜんフォローになってませんわ!!」
 ちなみにマニフィカ突入に際しては、新式対物質検索機の計算では外壁がヘコむ程度。拓哉自身の戦闘機突入自爆によってようやく外壁に一定の亀裂を開けられるというほど頑丈なものだったのだ。
「今はやめてるから安心してくれ。そもそも城塞の主電源復活で、俺の機体が城塞の索敵圏内に入ると、地対空ミサイルが飛んでくるんだ。カプセルなんて打ち出したら、即迎撃されかねないからな」
 拓哉とマニフィカの話を聞いたディックが頷く。
「そういうことなら俺の出番みたいだな。でもまずはその前に……」
 そして改めてデッィクは拓哉に向き合うと、右手を差し出す。
「地上から拓哉の機体を見つけたら、礼がまだだったの思い出したんだ。俺が城塞に囚われてた時に、何度も助けてくれてありがとう。今はこうして自由の身だ。今度は俺もちょっとは手助けになると思うな」
 そしてディックは、商人から仕入れた情報と自ら仕入れた情報をもとにした計画を二人に告げた。
「城塞自体には兵の出入り口が四箇所あるがそれ以外は出入り可能な窓もない。だけど商人ならば“手形認証”でゼネンに入ることができるんだ。俺は、顔の半分を隠した商人に扮して、ゼネンにいる死体の兵士に“異世界人の物もあるんだが、直接領主様に見てもらえないだろうか?”とダメでもとで聞いてみたんだ」
 返答が無くても兵士の視点が領主にも伝わるので、そこからの何かしらの反応があるだろうとディックは踏んだのだ。その目論見に違わず、死体兵ではない兵がやって来て、「まずどんなものか見せてみろ。ゼネン司令官である領主様は、異世界の品に興味を持たれておる」とディックに言ったのだという。
「特にゼネン領主は、拓哉の持つ不思議な機械類が好きみたいなんだ。その戦闘機とか、何か見せてもよいものがあったら一緒に来てくれないか」
 すでにゼネンに入る“手形認証”を得たというディック。持ち込むものが重いものならば、運び込む商人にも認証を与えてもよいと言われたのだという。

 ゼネン最下層にあるというその監禁室群の中へは、各地から徴発されてきた人々もまた押し込められることとなる。その中に陰陽師服姿と巫女服の少女たちがいた。その二人を牢ごしに見るなり、
「こんな小さな少女たちまで、“若い”という範疇に含めるのでございますか?」
 声を上げたのは、先にハクラより徴発されて来たセーラー服姿をした異世界風の少女だった。少女は、二人へ懐かしそうに声をかける。
「始めてお目にかかります。私、ハクラの地を任されております綾小路沙夜子(あやのこうじ さよこ)と申します。そちら様方は私の世界では、神社に仕える方々とお見受け致します。お名前をうかがってもよろしいでしょうか?」
 ハクラ領主であった沙夜子に、二人の少女が応じる。
「……私は、クレハ・シャモンと申します。見てのとおり、生来の世界では巫女として拝み屋のようなことをしておりましたの……」
「わたしは、ミズキ・シャモンと申す者でございますわ。ただ今わけあって、あなたの姿はしかとは見えないのでございますが、あなたも異世界からいらした方でございますね」
 そんなミズキの声を聞きつけて、一つ牢の窓にひょっこりと赤い髪の青年が顔をのぞかせる。
「ミズキ? ずいぶん捕まった人とか増えたと思ったら、あんたまで捕まったのか!?」
 ミズキは、青年がゼネン突入をする際に、ムーア兵を撹乱して助けた経緯があったのだ。
「あの時の礼がまだだったな。俺はジニアス・ギルツだ。こうして俺も捕まっちまったわけだけど、あの時は助かったぜ」
 いざとなれば隠した武器で戦えるということを、剣の柄だけクレハにも見せてこっそりとアピールしたジニアス。そのジニアスは、ミズキを眺めて言う。
「何だか雰囲気が違うと思ったら、ビン底みたいな眼鏡がないからなんだな。眼鏡なしも可愛いけど」
 牢越しながら正直に感想を言うジニアスの方向に、ミズキが視界のはっきりとしない水色の瞳を向ける。
「お久しぶりでございますわ、ジニアス様。恥ずかしながら、顔の一部であるわたしの眼鏡を、“萌え”のわからぬムーア兵に取り上げられたのでございます。こうなりましたからには、眼鏡を返何時間でも何日間でも説き続けるつもりでございますわ」
 そんなミズキ姉妹が閉じ込められた部屋には、寝台に横たわる乙女アクア・マナがいた。
「……始めまして〜アクア・マナです〜。どこかでお会いしているかもしれませんが〜。今の私は、領主に能力を見られてしまったら奪われてしまうという見本のような状態です〜」
 能力を吸い取られて動く事もままならないアクアだが、何時までも手をこまねいているつもりはなかった。
「せっかくこうして同室になったのです〜。いざという時の護身用、そして隙あらば領主の能力の源と思われる第三の目を刺し貫く為の『武器』を用意しておこうと思います。手伝っていただけますか〜?」
 アクアには、『武器』を作る際にその作業行程を領主に「見られ」ない様にする必要があったのだ。
「はい。その瞳のことは拓哉さんも言っておりましたね。私でよろしければ、お手伝いさせていただきますわ」
 こうして近くに誰か来たかどうかをクレハに部屋の外の様子をうかがってもらえるようになったアクア。誰か近づき「武器」作りの作業をその都度中断し隠すこととなる。その「武器」を作る方法とは「水氷魔術」で大気中の水分を集めて氷結させて「つらら」を作って行き、それを武器として3人分を作り、ミズキ・クレハ姉妹にも渡すことであった。
 この際にアクアが気をつけたのは、領主に能力を使っているのを悟られない様少しずつ地道に作っていく事だった。ムーア世界全体が乾燥地ということもあり、大気中の水分が足りない分は、アクアの持つ「霧氷珠」の霧も利用する事もやむなしと利用していたのだった。この間、ミズキが兵に対して“萌え”の素晴らしさを説き続けたことも、作業隠しに幸いしたと言ってよかった。こうしてアクアたちの武器は完成したのである。またクレハ・ミズキ姉妹は、身だしなみを整えるためとして鏡も手に入れたのだが、ミズキの眼鏡だけは取り戻すことはできなかったのだった。

 そしてゼネン城塞が深淵魔界に向かう日がやってくる。
「“若く美しい”者たちが予定人数集まったようですね。これならばキソロからの人間を待つ必要はないでしょう。そちらはまた次としてよろしいでしょう……ではその前に、特別な力を持つ者たちの力のほどを見せていただきましょうか」
 深淵魔界に向かうのは、ゼネン城塞だけではないという領主。その領主は、興味を持つ力や品を手に入れるべく動き出した。

続ける