最北端の商業街キソロ

 東トーバを脱出した一行は、未だキソロからさらに北へ向かった山岳地帯にてキャンプを行っている。食料もギリギリで自給自足する一行に、栗色がかった黒髪の少女、坂本春音(さかもと はるね)がいた。春音は異世界からムーア世界に訪れた少女である。キャンプで食料確保のお手伝いと怪我人・病人の世話という忙しい時間を春音は過ごしていた。
「怪我は幸い軽い凍傷程度ですね……怪我をされた皆さん、発電機の熱気の届かない場所へは向かわないようにお願いしますね」
 けれど、病人相手はそう簡単にはいかない者も出てきてしまう。
『これまで強行軍でしたからね……』
 仲間の用意してくれた「ユキキング1号」に収まらない病人は、植物育成に関わらない火炎魔法を使う神官たちの側に集める春音。さすがの春音も、『植物活性化』どころか自身への回復術を使う体力さえ厳しくなってくるのを感じ始めていた。
 そんな中、春音のペット「豆太郎」が突然激しい咆哮を上げる時が来る。
「どうしたの、豆太郎……もしかしたら、わたしたちの見張り役をしてくれていたの?」
 疲れからか、かける声も弱くなる春音を守るように、黒毛の豆柴犬「豆太郎」が吹雪に向かって吠え立てる。
「……誰か来るのね……」
 警戒する春音は、自身の周囲を見回して考える。
「どんな人が来るのかしら……できれば味方だったらいいのだけど」
 豆太郎の異変を受けて、力自慢の若者や神官たちがたちが春音の回りに自然に集まる。そこへ近付く斥候らしき人影。吹きすさぶ風にかき消されながらも、丈高い人影から声が届く。
「敵ではない……わたしはキソロ領主のルテリ・レーイレだ」
 名乗る声に、東トーバの人々がざわめく。登山の物資を手配し、補給後の助力はできないと言ったルテリ。そのルテリ本人が現れたというのだ。キャンプの人々はそれを信用してよいものかどうか悩んでいた。

 一方、このキソロに近づきつつある子供連れの異世界人がいた。商人に提供された馬車を使い、アマラカンへの旅路を急いだ異世界青年アルフランツ・カプラートの一行である。子どもたちの体調も考えて、急ぎすぎない旅を続けていた。その中で、アルフランツは、神官の未来を持つ子供たちの引率をする先生兼保護者役を務めることにしていた。猫耳青年アルフランツは、まずムーア世界の様子を見せることを中心にしていた。
 ムーア世界に広がる荒野。戦闘の痕跡も残る土地に点在するのは、小さな井戸を頼りとする小部落。いずれもトーバ分断後に移住してきた者たちが自給自足の形態をとる貧しいものだった。そして多くの水量の確保できた土地のみが街という形態が取れるのだ。
「じゃ……食料ってどこから来てるの?」
 子供たちの質問に、補給ついでに得た“リクナビ”情報をアルフランツが伝える。
「いくつかの農業中心の町と、ムーア宮殿城下町周辺は比較的水利もよく、作物も育つから多くはそこから来るんだそうだよ。何でもムーア宮殿の城下町はもともとはトーバの中心地だったって」
 そしてトーバの歴史も語るアルフランツが「今」を語る。
「今はみんなもよく知ってる神官たちが各地に散らばって地力アップに努めてるけど成果は上がってないんだそうだよ……それぞれの町には魔物もいるっていうし、神官は精神のバランスが基本みたいだからね。難しいこともいろいろあるんだろうね」
 アルフランツの説明で、子供たちはかつて東トーバだけにあった「豊かさ」と、神官という地位の重さについて改めて気づいたという。
 そんな彼らの姿は、「異質なもの」として周辺を警備するムーア兵の目に止まってしまう。やがてキソロで人間徴発を行うムーア兵を警戒する彼らは、“若く美しい”者を探す兵たちから身を隠しつつ、登山に向かう。けれど、その後方をつける人影があったという。


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