神官の隠れ里アマラカン

 『超自然界』の中に浮遊する大地アマラカン。その土地に入るなり、東トーバ神官長は、アマラカン神殿にある『試しの獄』という場所に捕らえられてしまう。その獄に同行することも構わないという、比較的自由な行動を許すアマラカン。異世界人を歓迎するアマラカンの中で、蝙蝠風の羽を持つ少女リューナは、防寒用に着込んできたハーフコートに手をかけた。
「アマラカンって、浮島みたいな場所だったのね。気温は春ってところね。過ごしやすくていい所だわ。防寒装備要らなかったかな…?」
 上着を手にしたリューナが、アマラカンの神官主モネに振り向く。
「とりあえず、神殿内部の『精神防御壁の構築及び強化』への協力は引き受けてもいいわ」
 そのリューナに同意したのはエルフ姿の乙女リリエル・オーガナだった。
「あたしもそうするつもりよ。モネ、とか言ったわね。その神殿奥という場所へ案内してもらえるかしら?」
 リリエルたちの言葉に、モネが頷く。他方、
「『時の行者』から話を聞けば精神防御壁のことについて詳しいことがいろいろと聞けるだろう……ラハのことが気にならないわけじゃないがそれはあんたらに任せる。俺はあくまで初志貫徹で精神防御壁発生装置の開発にこだわろう。」
 と言ったのは、神殿の一角に住まう『時の行者』に会いに向かうという青年武神鈴(たけがみ りん)。そして彼らは共に白亜の神殿へと歩き出していた。
 緑深い大地アマラカン。その緑のいくつかに果実が実り、甘い芳香が漂う。その中心に、神殿があった。途中鈴と別れた一行は、モネの先導で奥へと進む。その中、
「ところでいくつか話を聞かせてほしいのだけど?」
「はい。私でわかるものならば何なりとどうぞ」
 ラハよりも幾分老齢に近いモネが応じるのを待って、リューナがはっきりとした口調で言う。
「そもそもラハの“為さねばならない役割”って何なの? 『試しの獄』というけど、ラハはどんな試練を受けることになるのかしら?」
「それならあたしも聞きたいわ。『試しの獄』という場所について何の為の場所なの?」
 リューナもリリエルも、東トーバ神官長ラハのことも気がかりであったのだ。
「試しとは、ムーア世界に起こった真実を知ることです。真実を知ってなお、超自然界とのバランスがとれるならば、すなわち“要”たる器となることでしょう」
 モネの漠然とした説明を聞きながら、リューナの心に一つのひっかかりを覚える。
「……それって、あなたたちはマハが異形化されてしまった事やムーアで魔界からの侵略が進んでいることなどは知っているってこと?」
「はい。おおまかなところは」
 それを確認してしまったリューナの語調がけわしくなる。
「外の世界で暮らしてきた人々も、元は同じムーアの民でしょう? なぜ神官しか受け入れてくれないの? 『精神防御壁』が使えなくとも、人々が共に生きていく上で 何らかの支えになることが出来る人はたくさん居るわ。 それすら切り捨てるというのなら、アマラカンの民はムーアがどうなろうと 自分達だけ助かろうとしている、と思われても仕方ないわね」
 リューナのムーア全体を思いやる気持ちを受け取ったモネ。そのモネが、頭をたれる。
「はい。その通りでございます。私たちは、そのムーア世界から逃げ出した者、そしての子孫なのですから……」
 そんな二人のやり取りを聞いていたリリエルが声をかける。
「あたしも気になることはいろいろあるけど、まずアマラカンの理を知る必要があると思うわ。もしかしたら『精神防御壁』には、あたしたちが知っている以上の秘密があるのかもしれないし。例えば、アマラカンが外界と隔絶されていたのは『精神防御壁』をさらに応用して精神世界と隔てさせる事でムーア世界と切り離していたのかもしれないじゃない?」
 リリエルの仮定に、モネが感心しつつ応じる。
「興味深い想定ですね。あなた様方は『精神防護壁』は、個人の精神力で自然に働きかけ守りの力に変換するのはご存知ですね。その自然界というのは、この超自然界を指すのです。そして今、お手伝いいただきたい『精神防御壁』の強化というのは、本来この超自世界には存在しないアマラカンの大地を広げることにあるのです」
 アマラカン神官主モネは言う。
「人が生きるには大気が必要です。そして水、食べ物……それらはすべてこの大地から育まれます。アマラカンに住まうのならば、神官の子孫である者たちもラハとは違う試練を受けねばなりません」
 そのモネの言葉に、リリエルもリューナも驚愕する。
「それって命の保証はできないものよね」
「はい。けれど、このアマラカンに不必要なものは何一つなく、そして必要以上のものはないのです。神官の子孫である以上、果たすべき役割の果たせない者は、この地に住まう価値なき者。それがアマラカンの理なのです」
 そして神殿奥の扉の前に立ったモネが、深い青の瞳で異世界の乙女たちを見据える。
「子孫への試練は、神官の力を引き出すもの。ラハの試練は真実を知って猶、バランスのとれる精神力が試されます。試しに打ち勝てない者は、超自然界の力の糧となりましょう。……ご質問は『精神防御壁』を強化している広間ではお受けできません。広間に入ってよろしいですか?」

 一方、鈴が案内された部屋は、神殿の角。淡い光が微かに差しこむ部屋であった。その中央に座す人影が見える。そこまで案内した神官は鈴に言う。
「行者は常に心がここにある方ではございません。待っていれば、いずれは会えることでしょう」
 悠長な説明に、とりあえず頷いて鈴は、『時の行者』なる人物の観察を始める。
 眺める姿は、薄汚れた神官服をまとって座していた。くすんだ肌には、100の年月を越えた皺を刻んでいるが生気はまったくといってよいほど感じられなかった。
 『無呼吸……いや仮死状態といってよいようだな。しかし、いくら待っていればいいからといって一方的に話を聞かされるのは俺の流儀じゃないな』
 と考えた鈴は、自分なりに今まで得た情報を整理し、『時の行者』に向けて披露することにしていた。

【武神鈴流精神防御壁理論】
《前提条件》
・ムーア世界の存在は強靭な自我もしくはエゴに大きな影響を受る。
・精神防御壁とは他者の影響を拒む自我もしくはエゴと推測される。
過去の事実の伝聞から推測されることであるが、ムーア世界の存在は神官や魔族といった一部の存在を除き強者からの影響を容易く受けることが確認される。また、出身も遺伝情報もバラバラである異世界人が等しく精神防御壁を習得できることから肉体的な条件には起因せず、精神が発動の条件と推測される。

 ムーアを訪れて日も浅い鈴が、日々の中で得た情報から推論を展開するうちに、『時の行者』に変化が現れ始める。くすんだ肌に温かみが宿り始めたのだ。やがて鈴に向けて、しわがれた声が届けられる。
「……リーフェ・シャマール……という名を知っておるかの……」
 突然の名に、鈴が驚く。
「今の俺に記憶はないが……どこかの場所で会ったのだろうな……覚えのある名のように思う」
「そなたに伝言を頼まれ申した。ほほほっ。面白いことを考えるものよの。そなたが『精神防御壁発生装置』なるものを開発する気でおるのも聞いておる」
 『時の行者』はリーフェから伝えてほしいと言われた言葉を再現する。
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特定の「感情」と特定の「魔力」の波動が同じであれば、その特定の「魔力」パターンを集約して結晶化させる事で「思いの力」と同等の能力を持つ「コア」………解りやすい表現をするなら、装置起動の為の「電池」のようなアイテムが作成出来、「ココロの力」の代わりに用いる事が出来るのではないだろうか
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 幻想世界「ラウ・ワース」に生まれた一級錬金術師の乙女リーフェ。眼鏡に白いローブが印象的なリーフェは、『時の行者』にその言葉のみ伝えると超自然界に弾かれてしまったという。
「おそらくはそなたとどこぞで会うたことがあるのじゃろう。それにしてもわしに会うとは運のよい乙女よの。会わねば、超自然界の糧となっておろう。今頃はキソロの……何とゆうたかの……登山団の中に出ておるじゃろうて」
 そんな行者を通じてリーフェからの伝言を聞いた鈴は、自分の推論にさらなる磨きをかける。
『そうか、発生装置作成にかかる懸念事項は、単純に精神エネルギーがあればよいわけでなく、その精神エネルギーに指向性を与える自我、もしくはエゴが重要であると推測される。そのためにはコアになるアイテムに意志力あるいは思いの力を封じる必要が生じるだろうな』
 そんな鈴の推論も見透かしように『時の行者』は、笑って応じる。
「エゴとは、なるほどの。人がよりよく生きることをエゴと呼ぶのならばそのとおりじゃ。神官はそのエゴより生まれたる力の伝播者よの。人の形をとって生まれる時より、超自然界とムーア世界とをつなぐ役割を担っておる。神官の精神の器によって力は形を変え、ムーア世界が不毛の地とならぬようにな……」
 『時の行者』は、鈴に語りかける。
「そなたの持つ条件の一つよの。異世界の者が力を持つ由縁……特に精神の強靭なる者は、神官の示す力の方向を自ら悟ることができるゆえ、同じ力を得ることもできよう。源は違ってもリーフェなる者の言う“魔法”と近しい力の発現なのじゃろうて」
 『時の行者』の細く開かれた瞳は、いつか鈴が造るのだろう『精神防御壁発生装置』の形を眺める。
「ほほう。そなたの言うようにこの超自然界の力を、媒体に保存することは可能なのじゃろうて。むろん意志なくば力は形をなさぬ。無制限に引き出さば、両世界は崩壊じゃ……その理のみ忘れぬようにな」
 行者は、装置よって両方の世界が壊れることのみを懸念していた。
 こうして鈴の知った超自然界の理。鈴は、その理を仲間にも強く伝えたいと願う。けれど、今はまだその事実を互いに伝え合う手段はなかった。


続ける