軍事都市ゼネン 未だ多くの謎を残すゼネン。その城塞に“若く美しい”者たちが徴発されてくる。その集団の一つは、ハクラより徴発されて来た民たちだった。彼らをまとめるのはセーラー服姿をした異世界風の少女。ゼネン領主と話し合いたいという少女を含めた一行は、ゼネン城塞内部へと入ったという。 そのゼネンにはすでに囚われている異世界人たちがいた。女神官に扮した乙女アクア・マナと、かわいらしい容姿を持つ軽装の青年ジニアス・ギルツである。アクアは、三つ目の魔物であるゼネン領主によって力を抜き取られ、まともに歩けない状態に陥っていた。その状況下でも、捕らえられ幽閉される道程をしっかり記憶していたのはジニアスだった。 『よし、監禁室までの経路なら問題ない』 ジニアスがゼネンに侵入する際に利用した入り口は、警備兵用のものだった。そこから、腐臭の漂う部屋から監禁室まで、移動に際して使ったルートは特徴のない通路が続いていたのだが、ジニアスは通路に刻まれた微細な傷から、これまでの経路を見極めていた。そんな彼らは隣り合う監禁室にほおりこまれてしまう。 『く、部屋は別か。アクアさんの体調が心配だ……』 まともに一人では歩けない状態のアクアを気遣い、アクア側の壁をジニアスが叩く。すると、アクアの意志がジニアスの頭に直接届いてくる。 『体はゆっくりとならば動かせます〜。今、固いベッドまで到達できました〜』 アクアの反応を喜んだジニアスが、アクアを気を使いながらいろいろ確認しようと試みる。その気配を察したアクアがジニアスに意志をとばす。 『すみません〜。わたしが持つ“実”は意志を伝えられるだけなんです〜。「精神防御壁」の力を奪われてからは、技も使えません〜』 監禁室のベッドに横たわり、今自分のできることをしようとアクアは考える。 『えっと〜、今、近くに領主はいませんよね〜』 注意深く思念を飛ばすアクアに、監禁室の外をうかがったジニアスが静かに壁を数回ノックした。 『そんな私のできることといいましたらぁ、天空魔法の「星位把握」で自分達が何処にいるのかを確認することくらいですね〜』 そんなアクアが星々に関わる魔法を使うと、ムーア世界におけるゼネン城塞の位置をあらためてアクアは確認する。 『ここは城塞の最下層です〜。……といっても城塞全体は卵型ですから〜……一番外側になりますね〜。この監禁室の壁面が壊せるとしたら……地下20メートルの岩盤に出ますよね〜。ちなみにこの城塞自体がその岩盤の上に、めり込んで“建っている”みたいです〜。あとは、この意志を伝える実の力で救助を求めるくらいしかできませんが〜』 自分の思念を飛ばすアクア。そのアクアの様子に安心したジニアスは思う。 『もし、アクアさんが何か考えがあり留まるようならば、脱出するように説得を試みるつもりだったが……脱出については異論はないようだな。あとは脱走のタイミングを慎重に選ぶだけか』 雷の力が宿る剣を持つジニアス。身体能力が高めであっても、アクアを抱えながら逃げ切るにはそれなりの覚悟が必要だった。 ゼネンに捕らえられた異世界人を助け出そうと動く者たちがいた。 すらりとした長身の青年、鷲塚拓哉(わしづか たくや)は、警備の厳しくなったゼネンの様子に眉をしかめていた。 「兵の多くは民間人徴発に出ているが、城塞自体のセキュリティがアップしているようだな」 拓哉の持つ『新式対物質検索機』は、城塞内部に網の目のように広がる侵入者探知用のセンサーらしき反応を確認する。 「探査できない個所については、慎重に動くべきだろう。あの腐臭のする部屋を調べられたら領主は都合が悪いって事で、どうせ何らかの妨害工作とかしてきそうだからな……」 拓哉の調査結果と予想とに、一組の姉妹が顔を見合わせる。 「城塞ゼネンの外部施設には、兵舎以外の施設はございませんでしたし……城塞外部には、調査できる施設もございません。かくなる上は、最後の手段をとらせていただくのでございます」 ビン底を思わせるぶ厚い眼鏡をかけた陰陽師服姿のミズキ・シャモンが覚悟を決める。 「では、私もそうさせていただきますわ」 巫女服姿のクレハ・シャモンもひかえめに頷く。これまで最大限に集中して『霊感』で妖気を探り、深淵魔界への門を探したクレハ。しかし疑わしき場所はやはり拓哉の言う“腐臭のする部屋”であることはつきとめたものの、封印まではできなかったのだ。 「この“腐臭のする部屋”で、なにかしらの儀式が行われる可能性は高いのですわ。何としても門の側まで行かなくては」 愛らしく可憐な姿をしたクレハとクレハよりほんの少しだけ背の高いミズキに、拓哉が言う。 「なら俺に出来る事となると、シャモン姉妹が封印作業している間、領主の目を自分にひきつけておく事だな。とりあえず、領主との直接対決だけは避けつつ、領主の目を引き付けるような行動だけはしておく」 拓哉の力強い言葉を、シャモン姉妹は心強く感じていた。そんな彼らの側を徴発されてくる人々が通り過ぎてゆく。そに紛れて行こうとする姉妹に、拓哉は声をひそめて送り出した。 「二人が探査不能地帯へ動く時には、わざとセンサーにかかる。あくまで予想だが、あの領主は暗視能力もある3つ目で『見て』始めて相手の能力を奪う力があるようだ。その力はこのゼネン内部にあってはじめて機能するのかそれともどこでも使えるのかまではわからないが、逆に言えばその目を封じれば自分の能力を奪われる事はないはず……気をつけていけよ」 拓哉の忠告に、姉妹は手を振って感謝の気持ちを現していたという。 この後、“若く美しい”という徴発対象に姉妹は少々難があったらしい。姉妹は、「こんな者を連れてきたのか?」という兵の誰何に合うこととなる。年齢は詐称でごまかし、クレハは何とか無事に一行に紛れこめたのだが、ミズキの方はメガネを取り上げられてしまったという。 他方、かつて城塞に捕らえられていたことのある異世界青年ディック・プラトックは、皆とは別方向からゼネンと戦う気持ちを固めていた。 ゼネンで出会った行商人から情報を集めたディックは、“暴発するように工作された銃火器”が城塞内部に搬入されていることを聞かされていた。さらにゼネン内部に常駐する兵の中に「歩兵部」と呼ばれる者たちがいることも新たに知り、驚かされていた。 「へえ。やるじゃないか」 ディックがよく知る異世界人の少女リク・ディフィンジャー。そのリクが提唱する情報伝達の方法“リクナビ”により、状況に応じて集結する部隊が編成されている。その一つが、魔物に非協力的なムーア兵が時に応じて集まる「歩兵部」なのである。その隊員となっている者が、ゼネンにもいるというのだ。彼らによって搬入された武器は、主にゼネン内部の死体兵装備として配置されているという。 「……これは負けてられないな」 自分もまたその細工した武器を城塞内部に持ち込もうと考えていたのだ。その際に、徴発された一行とコンタクトを取れればよいと考えていたのだ。そんなディックに行商人が忠告する。 「最近、城塞内部に侵入した者たちがいてな、今はセキュリティが強化されとるそうだ。この私でも、武器を搬入するには手形認証とかいうのを取られておる。城塞自体には兵の出入り口が四箇所あるがそれ以外はない。そう簡単に潜入できる場所ではなくなっとる」 ムーア兵に変装しての潜入を考えたディックであるが、行動の練り直しが必要なようであった。幸いディックが出会った行商人は、リクが編成した「遊撃部」の隊員に武器の扱いを教えている武器商人でもあった。ディックはこの行商人から、ムーア世界の銃火器の取り扱いを教わっていた。 |
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