それぞれの旅路

 猫耳と猫の尻尾を持つ異世界青年アルフランツ・カプラート。背の高いくせっ毛の青年は、ゼネン城主の元から脱出した子どもたちを引き連れて、アマラカンへと向かうべく旅路を急いでいた。
「これ以上留まっているのはそこはかとなく危険な予感がするんだ。まずはキソロを目指して、できるだけ早くゼネンの街から離れよう」
 自分一人なら、ムーア世界で何が起こっているのか突き止めたい気持ちの方が大きいのだが、今は子どもたちの身の安全を第一に考えていたアルフランツだったのだ。そんなアルフランツに、ディックに情報を伝えた行商人は、一つの馬車の荷を下ろしてアルフランツたちに渡す。
「なら、こいつを使っとくれ。扱い方は……」
 と、一頭立て馬車の扱いを教えてくれる行商人にアルフランツは言う。
「助かるよ。それと、できればキソロまでの地図もほしいんだけど」
「おっと、そいつが一番大切だったな。あと、道中は大変なとこだ。こいつも持ってきな」
 地図と一緒に食料や防寒用の寝具も渡した行商人は、「不足の分の調達の仕方はわかるよな」と確認すると、アルフランツは「もちろん」と応えていた。
 アルフラツは行商人に礼を言って、子供たちを荷台に乗せた。ゼネン城主による人間徴発が行われている以上、気の抜けない長い道程。アルフランツは、補給に立ち寄るのも、ネルスト・ハクラ・キソロのような亜由香側の街を避けて次の目的地を決定していたという。

 甘い香りを放つ異世界の乙女リュリュミア。実際の年齢は知れないが大人の容姿を持つリュリュミアが、大人びた幼児と共に巨大な“しゃぼんだま”の中にいた。
 これより少し前、一路ムーア宮殿へ急ぐ神官長補佐役ルニエは、リュリュミアの腕を引っ張りながら、ムーア宮殿方向の道を進んでいた。
「ルニエさん、そんなに急かさないでくださいぃ」
「何を申しておる。この間にも君主マハの御身に何かあっては一大事よ」
 この時、ルニエは神官の立場から、マハの必要性に気付いていたのだ。
「君主マハのお立場は、時が立たねばわからぬこともあろうよ。……それはそれとしても、私もゼネンを見た以上、君主マハのお力こそが……」
 ほっておけば、熱弁をいつまでもふるいかねないルニエに、リュリュミアが言った。
「えっとぉ。とりあえずしゃぼんだまに乗りませんかぁ。歩くよりは速いし、楽チンですからぁ。はあぁ、ゼネンで乗り物を見つけられたらもっと早く進めたのに残念ですぅ。ムーア宮殿に向かいながら、途中で誰かに乗せて貰うか、街に寄って乗り物をみつけましょうかぁ」
『それとも迷惑かけついでに拓哉さんに送ってもらったらよかったですかねぇ』
 と、これからの移動方法を思案するリュリュミアがふと気付く。
「そういえばルニエさんが食べるものも必要ですねぇ。リュリュミアは水さえあれば1ヶ月くらいは食べなくても大丈夫なんですけど、ルニエさんはそうもいきませんよねぇ。やっぱり早くムーア宮殿か街に行かないと駄目ですねぇ」
 悩んだリュリュミアが、ポンと手のひらを叩く。
「そうだ、しゃぼんだまをう〜んと空の上まで上昇させて、強い風に乗せたら速く進むんじゃないでしょうかぁ」
 その案に、ルニエが難しい顔をする。
「方向に問題なければ、私の口出しすべきことではなかろうな」
「ちょっと空気が薄くて寒いかもしれないけど、我慢してくださいねぇ。それじゃあ行きますよぉ、そぉれぇ〜」
 こうして始まった二人の珍道中。途中、ルニエは高山病の症状を起したというが、方向は多少ズレてはいたが、予定よりはかなり早くムーア宮殿に到着したという。


続ける