アマラカンへ

 山岳地帯の氷河から降り、傾斜のゆるい地域にてキャンプをはる一行。
 武神鈴(たけがみ りん)による発電設備が整うのにあわせて、神官長ラハは一足早くアマラカンへ入る旨を皆に伝えたという。そして、まだ自分の気持ちの定まっていないラハは、異世界人たちに言う。
「『精神防御壁』が使えるのならば異世界人の来訪を今だけ許すと伝えられております。ご一緒していただける方は……いらっしゃいませんか……」
 すでに一度アマラカンに交信できるという女神像に対したラハ。未知の土地アマラカンの理を知るラハに、背中に黒色の翼を持つ少女が疑問の声をかける。
「そうは言うけど、アマラカンに行ったとしても、わたしたち、何か役に立つのかしら? 出来ることが思いつかないのだけど」
 リューナの言葉に、ラハが言葉につまりながら応える。
「……わたくしが……来てほしいと思うのです……皆様がいらっしゃれば心弱くなることもありますまい……と」
「どうして“心弱くなる”のかしら? それと一足早く入らなければならない理由って?」
 そんなリューナの問いにラハは言葉をにごし、それ以上を語ろうとはしなかった。
 一方、アマラカン入りに積極的なのはエルフ風の外見をした乙女と、こめかみに小さな傷を持つ青年だった。
「アマラカンに入った者は誰もいないのよね。ファースト・コンタクトなら、外交官の娘であるあたしに任せて! 交渉ごとって不慣れだけど、曲がりなりにもあたしも“中尉”の階級を持つ士官、異性人とのファーストコンタクトについての段取りはある程度学んでるからまぁ何とかなるでしょう」
 積極的にアマラカンでの交渉を考える乙女リリエル・オーガナ。そんなリリエルと対照的に、自身の研究を優先するのは異世界の青年、武神鈴(たけがみ りん)だった。
「精神防御壁発生装置の開発のためにはまだまだ決定的に情報が不足しているよな……アマラカンは神官発祥の地であり、聖地であるわけだからちまちまとしたサンプル採取や極めて限定された比較実験結果とは比べ物にならない情報が眠ってる可能性が高いな……避難民のことが気にならないわけでもないが追手はとりあえず撒いているし……ならば聖地に残るであろう資料・文献をあたり一刻も早く精神防御壁発生装置の完成を目指すべきだろうな……」
 そんな彼らに、異世界の制服姿をした少女が笑顔で言う。
「では、気をつけていってらっしゃい。わたしは残りますね」
 華奢な姿をした坂本春音(さかもと はるね)の言葉に、リューナが安心して言う。
「春音が残ってくれるのなら安心ね。わたしはアマラカンの方にも色々事情があるみたいだから情報収集に向かってみるわ」
 ハーフコートを着てそれなりの準備をするリューナ。リリエルは、いたって楽観的に構える。
「気になるのは食料だけど、それくらいはご馳走してくれるでしょう」
「ふっふっふっ……魔道科学者の血が騒ぐぜ……待っていろ!!絶対に精神防御壁の秘密を解き明かして発生装置を完成させてやるからな〜!!」
 と、自分の白衣をドテラ型に改造し、ビン底伊達眼鏡をかけ、さらになぜか“絶対合格”と書かれた鉢巻きを巻いて所持品を確認した鈴だった。そんな彼らに春音は、
「はい。お気をつけて。いってらっしゃい」
 と、にこやかに送り出していた。

 そうして一足早くアマラカン入りをする一行が向かったのは、氷河にある“氷の女神像”。その前にラハが降り立ち、静かに祈りを捧げるとラハの体が輝き出す。そのラハが氷壁に立つ異世界人の声をかけた。
「アマラカンへの入り口が開きます。『精神防御壁』を全身に展開ください」
 ラハの声に合わせて、皆が『精神防御壁』を展開したとたん、彼らの姿はムーア世界から消失したのだった。

 上下のない感覚。その感覚はリリエルには慣れ親しんだ宇宙空間を思わせる感覚だった。しかし視界に現れる世界は形を為さず、虹色を映し刻々と変化する。その中を、『精神防御壁』を全身へ展開する異世界人たちの体が運ばれてゆく。
「ここは……一体?」
 異世界人の抱く疑問にラハが応える。
「……ここは、わたくしたち神官が信奉する『超自然界』です……そろそろ見えます……あれが、わたくしたちが目指した地アマラカンです……」
 ラハが指し示すのは、虹色の空間に浮かぶ浮遊する土地。
 中央にそびえ立つのは白亜の神殿。その周囲には緑の大地が広がる。けれど、その土地の下方は大地から堀り取られたかのごとく、むき出しの岩肌をさらしていた。
 その土地に、『精神防御壁』を張る異世界人たちの体は引き込まれていった。

 緑深いその地に着くなり、ラハは神殿に待ち構えていた色の薄い神官たちに捕らえられてしまう。
「ラハをどうする気?」
 怒りの声を上げるリューナに、ラハが振り向く。
「……いえ、これはわたくしの約束なのです……皆様に対しては何もございません……どうかアマラカンの理をご理解の上、助力をお願い致します……」
 連れ去られる東トーバ神官長ラハ。そのラハを連れ去ろうとするアマラカン神官たちに、リリエルが言う。
「穏便に宴会とかでなごやかに交渉するつもりだったけど、これはどういうことなの? 代表者はいないかしら? 説明してくれる?」
 リリエルの言葉に、アマラカン神官の中でも年長と思われる一人が進み出る。
「説明ならば、アマラカン神官主たる私、モネがうけたまわりましょう」
 深い皺を顔に刻んだモネが、穏やかにリリエルに応える。
「お尋ねのラハには、為さねばならぬ役割がございます。席を分かつことをご容赦願いたい。ラハとの同行を希望されるのならば、どうぞご一緒に。神殿にございます『試しの獄』へとおいでください。命の保証はいたしかねますが」
 モネが言うと、アマラカン神官たちは白亜の神殿方向へとラハを連れ去る。そうしてモネは、引き連れた神官たちとともにあらためて異世界人たちの前に深く頭をたれた。
「よくぞアマラカンヘいらっしゃいました、異世界の方々。これまでの皆様のムーア世界に対するご助力のほど、ラハより詳しく聞いております。どうかムーア世界の安定の為、今少しお力添えをいただきたい」
 白亜の神殿に住まうアマラカン神官たち。彼らは、神殿の奥で強化している『精神防御壁』の力を貸してほしいと言ったのだった。そんな彼らの意図とは別に、鈴は言う。
「それよりも書庫、またはそれに類するものの閲覧と口伝などを伝え聞きたい。対応できる場所はないだろうか。俺がやりたいのは、『精神防御壁』発生装置の開発なんだ」
 鈴の言葉に驚いたアマラカン神官たちは、顔を見合わせる。そして、書物はないが神殿の一角に住まう『時の行者』に会わせたいと言ったのだった。

 一方、北方山岳地帯のキャンプに残る春音たち一行。そこでは、春音が食料確保に技を使う神官たちとともに『植物活性化』の術を使っていた。
「……こんな感じで、よいですか?」
 額に汗して、食用となる植物の持つ生命力を引き出して活性化させる春音。その春音が活性化させた植物たちは、生長を促す担当神官たちがバトンタッチの要領で受け持つ。
「素晴らしい力のほどですね。助かります」
 こうして緩やかな傾斜地で、『植物育成』の技を使う者たちによって、キャンプ地の人々が何とか生き延びていけるだけの食料を確保していた。そんな彼らの側に近付く一団があったというが、春音たちはまだその事に気付いてはいなかった。


続ける