軍事都市ゼネン周辺 軍事都市ゼネン周辺が深淵魔界に向かうべく、“若く、美しい”人間の徴発を始めたという。その場所とは、ネルスト・ハクラ・キソロなど《亜由香》側の街である。徴発されてくる人々の中に、見るからに異世界人という風情の少女がいた。 「本当にゼネン領主様にお目にかかれますか? でなければ、このような無体な振る舞い、承服いたしかねます」 腰まで届く長い髪にセーラー服姿の少女。少女は、自分たちを縛ろうとするムーア兵に抗議の声を上げていたのだ。 「早く歩くならば、縛りはせん。領主様は急いでおられる。きりきりと歩け!」 「……ならば仕方がございません。ハクラの皆様、お辛いでしょうが、歩を早めて参りましょう」 ムーア兵に囲まれて進む一行を遠巻きに眺めたのは、異世界の青年たちだった。 「せっかく助けてもらったのに悪いな。俺はこのままここに残ってもいいか? あの人たちがゼネンにつれてかれるっていうなら、ほっとけないしな」 薄い小麦色の肌をした青年ディック・プラトックは、どう使われるにしろゼネンに連行される人々の命が危ういことだけはわかっていた。 「そっか。なら、止めるわけにはいかないようだね。オレはこの子たちを連れてアマラカンを目指すよ。この子たちのご両親も心配しているし」 ディックに頷いたのは、猫耳を持つアルフランツ・カプラートだった。城塞ゼネンから脱出に成功したディックと子どもたちと共に、ゼネンの警戒線を突破したアルフランツ。アルフランツは、アマラカンに向かった東トーバ脱出組一行に合流するつもりでいたのだ。 「……とりあえず、オレは手近な街で商人を見つけて今一度ルートを確かめることにするよ。『リクナビ』を使えば、この世界の地図も手に入るし、いろいろムーア世界の人に協力してもらえるしね。情報を得るならゼネンに出入りする商人がいいけど、軍事都市というだけあって商人の出入りが少ないみたいだしね」 アマラカン自体は地図に載っていなくても、キソロまで確実に到達できるとアルフランツは読んでいたのだ。そんなアルフランツの言う『リクナビ』の言葉に、ディックが反応する。 「それって、リク・ディフィンジャーって子が作ったネットワークだよな……俺もゼネンに捕まってずいぶんになるし……世界の方がどうなってるのか確認する必要はありそうだよな」 ディックは準備に時間がかかると言ったゼネン領主の言動や情報をアルフランツに語りながら言う。 「とにかく街までは一緒に行くよ。……それから、礼がまだちゃんと言ってなかったよな。ありがとう。助かったよ。あのまんまじゃ、俺、きっと生きてなかったと思うしな」 ディックが言うと、これまで一緒に歩いていた子供たちが口々に言う。 「アルフランツお兄ちゃん! 僕たちからもありがとう!! ディックお兄ちゃんは、一度はぐったりしちゃうし、すっごく恐かったんだよー!!」 東トーバ崩壊からゼネンまでも恐い思いを何度も経験してしまった子供たち。子供たちは、アルフランツに礼の言葉を口すると、今度は大泣きになってアルフランツに抱きついてしまう。 「あー、ほらほら。もう恐い人たちはいないし、今はオレもいるだろ? これからは無茶しないようにすればいいんだよ」 始めは子供たちの無茶をしかるつもりもあったアルフランツは、泣きつづける子供たちの肩をたたいて安心させる。 「どんな力を身につけたって、相手をよく知らなかったら、かなわないことはあるんだよ。だけど、何かできる力は、誰かを守る盾にもなるんだよね。みんなは神官の技『精神防御壁』を身につけたみたいだし、今度はその力をオレにも教えてくれないか?」 穏やかになだめるアルフランツの言葉で、子供たちが泣きじゃくりながら頷いていた。そうして、ネルスト方向に向かう道中、アルフランツは子供たちから『精神防御壁』の作り方を教わる。子供たちの説明で足りない部分はディックが補足していた。やがて一行が、ゼネンに向かう行商人に出会う頃には、完全に技を身につけたアルフランツだった。 そんな一行が出会った行商人は、かつて『リクナビ』でリクが行なった工作に関わった者たちだった。行商人からもたらされる情報によって、ディックは暴発するように改造された銃火器がゼネンに持ち込まれていることを知ったのだった。 |
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