強固なる街ロスティ

 『リクナビ』の創始者 リク・ディフィンジャー。東トーバにほど近い位置にある街ロスティでは、詩人に扮した異世界人の少女リクがこの土地に常駐するムーア警備兵に捕らえられてしまっていた。リクは、ロスティ開放を目指して活動中に、東トーバ動乱の主犯ではないかと疑われたのだ。2000名の兵を擁するロスティは、東トーバの動向を警戒しているただ中であったのが災いしたのであった。
 ロスティにある石造りの牢に入れられたリクには、厳しい尋問が行われていた。
「東トーバのムーア兵が寝返ったのは、おまえのしわざなのか?」
 リクが先にロスティの街中で歌った『平和の歌』。聞く者の心をゆさぶる歌に、東トーバのムーア兵が洗脳されたのではないかとロスティの警備兵は決めつけていたのだ。
「な、何のことか、わかりません……じ、自分は歌を歌うのが……あ、ああ、また美しき調べが天より降りてきました……る〜♪」
 詩人を装い続けるリクが、突然立ち上がり手を天にさしのべて数小節を歌う。そうしてリクは、警備兵が理解できない言動を繰り返してみせていた。丁寧な口調でいて、確認事項に対してはうやむやにしてしまうリクに、警備兵が頭を痛める。そんなロスティの兵たちの多くは、夢から覚めても《亜由香》を信望する者たちだった。東トーバとの最前線に長くあった彼らは、夢の中にあっても《亜由香》の影響力は絶大であったのだ。《亜由香》不在によって秩序の乱れたムーア軍律の中、ロスティに駐屯する兵たちが統率を維持し続けてきたゆえんでもある。リクの尋問に疲れた兵は言う。
「おまえの頭の中はそれでいいが、腹の中はどうかな? はっきりと答えてもらわねばこちらも困る」
「寝返る寝返らない……って何のことでしょうか? それなら、そんなことができるかどうか証明させてもらえませんか?」
 ムーア兵の前で歌を歌わせてくれればわかると、リクがにこやかに頼む。最終目的はここにいる兵士達を『平和の歌』で戦意喪失・骨抜き状態にする事を狙ったリクだった。けれど、歌の前後を知る兵は、こともなげにそれを却下していた。

 東トーバを真に開放したのは、小柄な異世界の少女トリスティアであった。異世界の少女トリスティアによって開放された東トーバは、“人間の砦”としての機能を果たそうと守りを固めていた。トリスティアは、リクナビで食料を確保し、自給自足体制を進めつつ、指揮下にムーア軍属を離れた元ムーア兵800名を入れる。そんな中、トリスティアは護衛になってくれる東トーバの兵士数人を連れて、ロスティに潜入していた。
 以前、フレア・マナと共にがロスティで作った反ムーア軍の地下組織と連絡をとろうとしていたのだ。その為に銀貨二枚を投じて彼らとのつなぎを取ることに成功したトリスティア。その中で、自然にトリスティアはロスティに捕らえられているリクの存在を知ることとなる。
「ロスティにいる市民とムーア軍兵士は、みんな東トーバにいただいちゃえば、リクを間接的に助けられるよね」
 そうしてトリスティアは、ロスティ地下組織に協力してもらって、ロスティの街に一つの噂を流す。それは「修羅を狩る羅刹が帰ってくるらしい」というものだった。この羅刹というのは、“ロスティにトリスティアあり”とうたわれたトリスティア自身を指していた。かつてロスティで邪鬼を含めた4体の修羅族を倒したトリスティアが帰ってくるとなれば、修羅族の強さを知っているムーア兵士たちが震えあがるとの読みであった。しかし、これは逆の効果をもたらすこととなっていた。すなわち、ロスティがさらに警戒を強めてしまったのである。
「もしかしたらそのトリスティアというのが、東トーバの兵を寝返らせた者なのか!?」
 折悪しく、東トーバを離れた200名の兵らがその情報の裏付けをもたらしてしまう。そのトリスティアがロスティに戻るとなれば、兵たちの緊張感はさらに高まる結果となった。
「ならば、トリスティアが次に狙うのはロスティに違いない。トリスティアの人相はすでに皆が知る。警戒を怠るな!」
 一度はロスティで公開処刑の対象であったトリスティア。多くの者がその顔を知るロスティに緊張が走っていた。

 トリスティアが考えるロスティと東トーバの再建。それは、疲弊した2都市を1つにまとめることで、民衆の協力体制と東トーバ軍の増強を図ること。しかしながら、市民の夢が覚める頃に修羅族たちは東トーバに移ってしまったロスティである。市民に修羅族の虐殺による記憶は薄く、平和を望む気持ちはあってもまずは現状維持を優先する市民が多かったのだった。

 そのロスティに対して、今、一人の乙女がその指揮権を行使しようとしていた。
 それは少尉であるムーア士官。姿はムーア兵姿であっても実際には、異世界の乙女フレアであった。かつて《亜由香》に味方し、出奔して東トーバにつき、東トーバ降伏に際してはトリスティアと共に地下活動に身を投じた乙女フレア。そのフレアは今、本来の姿を隠したまま、《亜由香》の代行であるという上級魔族の計らいにより、“反乱軍討伐の指揮権”を得ていたのだ。この“反乱軍”とは、トリスティアたちを指している。《亜由香》の動向確認に際して、東トーバを開放したトリスティアたちのことを、魔族には“反乱軍集結の兆し有り”と報告したフレア。成り行きとはいえ、反乱軍に対応し迎撃作戦をとれる地位を得ていたのだ。
『僕の顔で身元がバレるのは時間の問題だと思うけど、まぁ、折角だからボロが出るまでは精々この実権を利敵行為に使わせてもらうよ』
 そんなフレアは士気の統率を計るという意味で、軍の再編成、綱紀粛正を行う。まず綱紀粛正として、今の軍政に不満をもらす兵士を密告制度で摘発し、造反者として投獄したのである。表向きは、真面目な指揮官を装いつつ、その造反者達には密会を重ねて「ムーアを人の手に取り返す気があるなら協力して欲しい」と根気よく説得したフレア。当初は警戒されたフレアだが、その熱意が通じて説得に応じる者が一人二人と現れ始める。応じた者たちは、「改心した」として獄より解かれたのだった。
 開放された者たちの配属先は皆、ロスティとなっていた。そんな準備を重ねた上で、反乱軍に対する備えとして、宮殿に戦力を集中させようとするフレア。その狙いは、ロスティ駐留軍の半数を宮殿守備隊として戻し、その上でロスティ駐留軍に配属した元造反者たちを『自分の陰』として動かそうとしたのだ。

 しかし、東トーバ最前線のロスティは、フレアからの指令を拒否し、さらなる援軍を要請する。
「“反乱軍”というものがあるならば、東トーバがそれである。ロスティは現在、その反乱軍に狙われている。増援を求む」
 戦況が虚虚実実の様相を呈する中、東トーバに関わっていない詩人リクの疑いは晴れる。とはいえ、歌の危険度が重要視されて開放は望めないリク。ロスティ開放への道はけわしいものであった。

 異世界人に数々の障害が広がるムーア世界。
 ムーア世界の未来は未だ霧の中にあった。

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