未だ知らぬ地のアマラカン

 神官の隠れ里アマラカンを目指し、東トーバ脱出した一行は、680名の東トーバの民と105名の神官たち。一行は、異世界人の乙女たちリリエル・オーガナの先導とリューナによる統率力によって一団をここまで維持して進んできていた。そして最終段階の山岳地帯登山に際し、一団に新たに加わった坂本 春音(さかもと はるね)と武神 鈴(たけがみ りん)。二人の異世界人による力強いサポートを得て、一団は険しい山をゆっくりと登る。やがて、一行の前に、高い標高から吹き降ろす風が氷上を吹きすさぶ氷原が現れる。その中、ツインテールの乙女リリエルが、氷河の一角を指差した。
「きっと、ここよ!」
 そこは、リリエルの持つ『新式対物質検索機』が検索できない不明な場所。そこは氷河の中のクレーターだった。氷河をいびつな形に切り裂く裂け目。その氷壁をくりぬくように、一体の女神像は据えられていたのだった。こうして一行は、目指す氷河にある「氷の女神像」に到達を果たしたのである。

 そのクレーターを遠巻きにして、多脚型雪上輸送車「ユキキング1号(カブトムシ型)」に乗っていた者たちが手をたたいて喜んでいた。
「リリエルのおかげだな。こんな場所ならそうそう見つからなかったと思うな」
「そうですね。普通なら見つかりません」
 鈴の言葉に春音も頷く。彼らが喜んでいるこの間も、一行の大多数を氷雪から守るのは、神官たちによる防御壁だった。その中を暖めるのは、リューナによって力を得た神官による炎である。そしてさらに体力のない者たちは、「ユキキング1号」を操る鈴によって守られ、春音によって癒されていたのであった。
 人の丈の半分ほどである小さな女神像は、何事か祈る姿をして冷気の中にある。その姿をクレーターの向かい側で眺めながら思案していたのは、軽装の少女リューナだった。
「女神像がここに形を変えずにあるっていうことは、アマラカンからの意志を感じるわ。ここで祈ってもらうとしたら、やっぱりり神官が適当だと思うのだけど……」
 常々女神像を残したアマラカンと神官とのつながりを推測してきたリューナ。リューナの言葉で、
「……わたしが祈りましょう」 
 と進み出たのは、異世界人の好意によって民に扮していた東トーバ神官長ラハだった。ここに至って、隠してきた身分を民に明かしたラハは、クレーターにある女神像の前まで降りてゆく。そして像に向かって祈りを捧げたラハは、苦しい表情を一同に向けて戻って来た。
「残念ながら……このままアマラカンに入れるのは……神官のみ……」
 女神像より多くのことを伝えられたラハは、皆に深く頭をたれた。
「……東トーバの民は神官の子孫ですので、アマラカンへ入ることは可能なのですが……」
 アマラカンが民を受け入れるためには準備が必要だというのだ。その準備には、神官の使う技『精神防御壁』の力を一定量まで上げることが必要なのだという。そんなラハの側にやって来たのは、小柄な春音だった。
「けど、もう食料もつきてます。そんなに待っていられないのではないですか?」
 心配顔の春音は、この状況を打開するために自分の気持ちを奮い立たせて言う。
「わたしも、リリエルさん、リューナさんの使われている『精神防御壁』を教わりたいです。あと、神官さん達の使う技『植物育成』の技も教えてもらえたら、食料調達の面で大いに助かると思うのですが」
「わたしはかまわないわ。でも、『植物育成』の方はどうかしら? そもそも寒冷地で開墾も難しいと思うのだけど」
 神官の持つ技に疑問を投げかけるリューナに、ラハは言う。
「この氷河にいては無理ですが、傾斜のゆるい地まで戻れば育成は可能です。しかしながら伝授の方は……『植物育成』の技は分業化された資質が問われる技なのです……お一人で使える技ではないものですので……」
 言葉をにごすラハに、春音は言った。
「分業化、っていうと、どこか一部分はお手伝いできることもあるということですか?」
「……そうですね。春音様ならば……植物を枯らさず活性化させるのならば可能でしょう」
 春音の使う回復術、その資質があるならば『植物活性化』の技の伝授は可能であろうとラハは言った。この後、春音はリューナから『精神防御壁』を、『植物活性化』の技をラハから会得したという。

 神官らが食料確保に傾斜のゆるい位置まで下山するという中、
「受け入れ態勢が整っていないのは仕方ないとしても……ここに難民を放置していったら凍死か餓死かの2択しか残ってない……とりあえず生活が安定するまで付き合わないとな……食料は俺にはどうにもできないが暖房なら何とか……」
 と考えていたのは、「ユキキング1号」に乗る鈴だった。鈴は吹きすさぶ風を有効利用するべく風力発電による電力確保とその電力を貯める蓄電施設とそれによって起動する暖房器具を作成するつもりでいた。そんな鈴の座るシートに、光沢のある水色のミニスカート姿をした乙女リリエルが現れる。
「あー、あったかい。今となっては、こういう場所も懐かしいわ」
 高度な物質文明に育ったリリエルは、伊達眼鏡をした鈴の顔をのぞきこみながら言った。
「どうせ下山するなら温泉でも、と思って探索機で土地の地脈とかスキャンしてみたけど、何もないのよね。ね、リューナが『精神防御壁』を春音に教えてるから、あたしは鈴に伝えようと思うのだけど。この技、いる?」
「精神防御壁、というのは神官の使う技だな。俺も得られるものなのか……ならば、精神防御壁が神官と異世界人以外習得できないのは何か血統や遺伝情報的な要因があるのではないかな……」
 自分の構想に浸る鈴に、リリエルが興味をひかれる。
「あら? 面白いこと考えるのね。あたしに協力できることなら何でもするけど?」
「それは助かるな。ではまずその『精神防御壁』とやらを教えてもらうとするか」
 教えてもらうにしては偉そうな態度の鈴。鈴は、技を教えてもらう前と後とのサンプルを取るべく、リリエルに採血してもらっていた。そんな鈴の意図するところを完成させるには、精密機材と生態学に基づく医学技術、そして多くの人体実験を必要とする、鈴だけでは極めて困難な研究課題であったという。

 山岳地帯の氷河から降り、傾斜のゆるい地域にてキャンプをはる一行。
 鈴による発電設備が整うのにあわせて、神官長ラハは一足早くアマラカンへ入る旨を皆に伝えたという。そして、まだ自分の気持ちの定まっていないラハは、異世界人たちに言う。
「『精神防御壁』が使えるのならば異世界人の来訪を今だけ許すと伝えられております。ご一緒していただける方は……いらっしゃいませんか……」
 すでに一度アマラカンに交信できるという女神像に対したラハ。
 未知の土地アマラカン。その理を知るのはまだラハだけであった。


続ける