歓喜の東トーバ奪還! 東トーバ民衆はもとより、東トーバに駐屯するムーア司令官を含めた多くの兵を味方につけたトリスティア。異世界人の少女トリスティアによって、蹂躙され続けてきた東トーバの民は、開放される時を迎えていた。けれど歓喜の声も収まらない中、ゼネンから「人間徴発」を伝えるゼネンからの使者が近付きつつあったという。その人間を“ゼネンに集める”という動きは、探査戦闘機を操る異世界人青年鷲塚拓哉(わしづかたくや)によって、ムーア全土の民もまた知るところとなっていたのだ。この話を伝え聞いたトリスティアが、東トーバを『人間にとっての守りの要』として立て直すべく動き始める。 「物資調達が最優先だよ。武器や食料はできるだけあった方がいいよね。戦闘とかで荒れた田畑もまた開墾して、自給自足できればいいけど……」 トリスティアの知る東トーバで開墾できる土地といえば、多くの村民が脱出した西側の村。そして虐殺のひどかった土地である。そして、降伏後も蹂躙された東トーバには、すでに無人となった家も数多いと予想できたのだ。 「……今の東トーバ人口ってどれくらいなのかな」 「こちらの調べでは、3,200名に欠けるくらいかと」 トリスティアの疑問に応えたのは、東トーバ駐屯地の司令官だった。 「! そんな少ないの!?」 東トーバ降伏時の人口は約8,000名。侵略による死亡者896名。行方不明者1,100名強。行方不明者の半数以上は少なくとも脱出に成功し、残った神官たちはムーア各地に移送されている。それを差し引いても、減少した人口は少なすぎたのである。 「……どうしてそんなに……」 「我々ムーア兵の中に、不届き者もあったが……何よりあの魔族たちが虐殺を好み……」 不届き者を罰することはできても、“修羅族”という魔族の暴挙を止める手立てまでは、駐屯地司令官の権限にはなかったのだ。もっとも、それ故に司令官はトリスティア側についたともいえる。降伏後の惨憺たる現実を受け入れたトリスティアは、意を固めた。 「戦える者を集めた防衛隊を編成しよう! やっぱり、ムーア世界はこのままじゃいけないよ!」 「私を含めて私の部下の多くは、もはやムーアの軍属ではいることはできん……その部隊に我々を加えていただけまいか」 司令官の申し出をトリスティアが喜んで受け入れる。 「わかった! 一緒に戦おう!」 リクナビを使った物資調達で商人たちから提供を受けるトリスティア。続けて、荒れ果てた土地の開拓を進め、さらには兵による防衛力を高めたのである。 これらによってトリスティアは、東トーバの守りを固め、魔から人間を守る砦として機能するように立て直したのだ。 “ロスティにトリスティアあり”とうたわれた開放の英雄トリスティア。まだ小柄な少女であるトリスティアは、“ムーアの砦”という異名を得ることとなる。 ロスティ開放への道程 かつて東トーバ攻略の拠点となった石造りの街ロスティ。今も2,000名の兵が常駐するという。そこにローブで自分を隠す詩人風の少女がやってきていた。 「……あの頃からこの街ってあまり変わってないね」 つぶやいた少女の名は、リク・ディフィンジャー。商人を通じた情報ネットワーク“リクナビ”をムーア世界に定着させた少女である。リクにとってロスティは、まだ東トーバが《亜由香》と争っていた頃、単身東トーバを出立して最初についた街だったのだ。かつてこの街で戦った仲間の痕跡は街の各所に残っていたが、それは街の機能をそこなうものではない。この街でリクは、『平和の歌』を歌いながら歩きだす。平和を願い、人間同士の争いをやめて共に平和な世界を目指そうと、気持ちを込めて歌うリク。その歌は、かつて“平和ゆえに、退屈の気配も満ちていた”レルネーエンという世界で身に付けた歌だった。 『あの世界ほどでなくていいから……このムーアも平和になるといいね』 そんな気持ちで歌い続けるリク。その歌に引かれた者たちがリクの回りに集まり始める。その数が次第に多くなるにつれ、身動きが難しくなる。それは、リクにとって誤算かもしれない。 『街の隅々まで歩ければよかったんだけど……このロスティにも平和を願う人ってこんなに多いんだね』 集まった人々の中のムーア兵にリクが話しかけようとした時だった。この街の警備兵がリクの行動を不信に思う。 「先ごろ、東トーバのムーア兵が寝返ったという報告がある! もしや、あの詩人のしわざなのか?」 疑わしきは捕らえるのがムーア警備兵の仕事である。『平和の歌』を歌うリクは、警備兵に捕らえられようとしていた。 |
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