ムーア宮殿の異変 ムーアを統べていたはずの亜由香が本来の姿に戻ったという、まことしやかな噂がある中、異世界人の乙女フレア・マナが奇策を用いてムーア宮殿内部に入る。やがて少尉姿のフレアが案内された一室。そこには、亜由香の代行をしているという長い髪を持つ長衣姿をした魔物と、巨大な鬼がいた。回答いかんによっては、生命の危機をまぬがれないフレア。もともとが騎士であるフレアは、表向きは“亜由香の特命を受けた兵卒”らしく、毅然とした態度で魔物たちに臨んでいた。 「まずは、亜由香様の代理と名乗る皆様方にうかがいたい。何故、亜由香様にこの権限をゆだねられたのか。見たところお二方とも人ならぬ者……魔族であると判断するが」 フレアは、情報が錯綜し噂ばかりが先行する現状の中で、的確に相手の素性を把握していた。 「人でないのならば、ムーア世界に乗り込んできた目的を聞きたい。でなければ、本来亜由香様へのご報告を伝えることはできない」 フレアの言い様に、鬼が鋭い咆哮を上げる。しかし、それを制したのはもう一方の魔物であった。ゆったりと構える魔物は、そこにいるだけで空気すらも重く感じる威圧感があった。その魔物は、魔族の中でも貴族の位にあるという上級魔族。上級魔族は、物怖じしないフレアの姿勢に興を覚えたようであった。 「くく……この我にはっきりとものを言う……《亜由香》が信頼する者であるのは……疑う余地はないであろうな……おまえも異界の者……か」 上級魔族を前にすると萎縮するばかりであるムーア世界の人々。“人”の弱さを知る上級魔族は、きれ長の瞳をフレアに向ける。 「……目的ならば……おまえと同じではないのか……おまえも……頼まれた者であろうに……」 言われて、フレア自身が《亜由香》に頼まれた過去を思い出して納得する。そんなフレアの緑の瞳の動きを見逃さない上級魔族は言った。 「……聞こう……火急の用件とは……?」 「ではご報告させていただきます。東トーバ陥落、その報を受け反乱軍が集結しつつあります」 宮殿に入る直前に得たリクナビ情報。その情報に手心を加え、あえて虚実入り交じった内容の報告をするフレア。さらにフレアは言う。 「しかしながら、現状では上層部の統率不足と手際の悪さが目立ち、反乱軍討伐どころではありません! 名代では埒があきませんので、やはり亜由香様に面会させて欲しいのです。行く先はいかに?」 真顔で訴えるフレア。これで亜由香の所在と現状を聞き出せればそれで良いと思っていたフレアに 、上級魔族は言った。 「亜由香はおらぬ……行く先を知るものも……もうおらぬであろうな……」 亜由香の所在は、上級魔族すらも知らないという。どこまでも不確かな情報の中で、フレアは言う。 「では、亜由香様不在の情勢ですので、名代に軍の統率をとる責務がおありと思われます。このままでは、ムーアは亜由香様の望む世界にはならないでしょう。反乱軍討伐に対する戦略方針をお尋ねさせていただきたいのですが」 暗に、亜由香が望んでいた“ムーア世界を魔物でいっぱいにしたい”という世界を引き合いに出す。 「くくく……我の責務というか……」 ちょうどこの時、上級魔族は何事かムーア世界の異変を察知したらしい。 「……何やら不穏な動きがあるようだな……反乱軍討伐とやらの統率……やってみぬか? 異界の者よ……」 表情の読めぬ上級魔族は、フレア自身を反乱軍討伐の司令官的地位に推していた。少尉の階級章はつけているが、かつてフレア自身がいたムーア宮殿。フレアにまた難しい課題が課せられていた。 異世界人に数々の障害が残るムーア世界。 ムーア世界の未来は未だ霧の中にあった。 |
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