アマラカンへ旅路

 東トーバ脱出した一行は、680名の東トーバの民と105名の神官たち。彼らを率いる異世界人は、最北端の商業街キソロを出立し、一路氷河にあるという「氷の女神像」を目指す。衣食住に必要な十分な物資を運び、寒さは異世界人と一部神官たちの能力でカバーしつつ登山する本隊。けれど、傾斜のきつい山岳地帯は、移動するだけでも過酷な環境にあったのだ。その上、36名の子供や多くの弱き者を抱える一行。その進路に道はなく、切り立つ山肌に暴風と豪雪とが彼らを迎える。一行が無事、神官の隠れ里であるアマラカンに到達できる可能性は限りなく低かった。
 この一行の中に、新たに加わった異世界人の少女がいた。栗色がかった黒髪を持つブレザー制服姿の少女坂本春音(さかもと はるね)である。春音は、キソロでの物資調達時に偶然立ち会って、協力を申し出た少女である。そんな春音は、体力の衰える者たちにかいがいしく回復術をほどこしていた。
「大丈夫です。すぐまた元気になりますよ」
 優しく声をかけて微笑む春音。その姿を頼もしく思う本隊一行。その一人である異世界人の乙女リューナが春音に声をかける。
「本当に助かるわ。わたしの火炎魔法で暖気結界は作れるけど、自分の消耗も考えると、乱発は出来ないし、大きさにも限界があったのよ。一応、結界というかバリアは『精神防御壁』を作れる神官さんたちに、暖は炎の魔法を習得した神官さんたちにも手伝ってもらってはいるけど……その神官さんたちも慣れない登山でバテバテでしょ? 春音さんがいなかったらどうなってたかわからないわ」
 寒風の中にあっても薄着のリューナに、光沢のある士官服姿のリリエルが頷く。
「その通りよ。春音が加わってくれてサポートしてもらえるから、あたしも安心して雪道を作れるわ」
 自然障害を新式帯物質検索機で調査しつつ、フェアリーフォースで一行の足場となる雪道を作り続けて来たリリエル。リリエルの疲労もまた相当のものであったのだ。
「わたしの癒しの力が役立ててよかったです。気付いたら、元いた世界からムーア世界に迷い込んでいたものですから……」
 実際、この先どうしたものかと悩んでいた時に、春音は厳しい旅路に出るという一行に出会ったのだ。同行を願い出た春音の好意をありがたく受け入れて、彼らの登山は始まっていたのだった。
「この雪で視界は最悪だけど、転落や遭難の回避は任せて。最悪、上れない場所は回り道をさせてもらうわ」
 進路確保はリリエル、暖ならばリューナ、回復ならば春音という力強い異世界人の乙女たちがそろう。
「荷物抱えて登山行は大変だけど、アマラカンまで辿り着かなきゃ安息は得られないわ。ラストスパート、がんばろう!」
 リューナの発声に、一行は雄叫びを返していた。その姿を、一村民に扮した東トーバ神官長ラハは、頼もしげに見やる。
『古より隠れ里となる地アマラカン……やはりこの地に到達できる可能性を、異世界人に託した選択は間違いではありませんでした……』
 けれどその反面、託したその道を自分自身で閉ざそうとした過去をラハは恥じていたのであった。

 主に回復と、食事の際の炊き出し班を担当するつもりでいた春音であったが、登山の経過とともにその役割は体力回復の技としてフル回転となる。神官や異世界人の回復だけでなく、村人すべてが対象であったのだ。その上、自分自身も登山しながらの施術なのである。
『……ちょっと……これは思った以上に大変なんですね』
 そんな春音の疲労を見たリューナが声をかける。
「ね、少し休憩にしない? 予定以上には上ってこれてると思うし」
「そうね。まだ氷河には大分あるけど。食料は十分あるし、休息は必要よ」
 リリエルが同意し、吹雪をできるだけ避けられる位置に一行が陣を構えた時だった。突然、空間が避ける音が響く。
 ドッグワワワァア〜!
「何事!?」「わたしも行くわ!」
 真っ先に飛び出すリリエル。その回りに暖気結界を作るリューナが続く。彼らが向かった先では、一人の青年が倒れていた。
「敵ではなさそうね……」「服装からして、どこかの異世界から来たみたいだけど?」
 二人が警戒しつつ近付くと、倒れた青年が無意識のうちに身を凍えさせていたのだった。

 暖かい空気に包まれ、食欲をそそる香りがたちこめる陣内。そこには、笑い声が響き始めていた。
「……まさか、実験の失敗でこんな雪の中に飛ばされてしまうとはな……幸か不幸か早々に発見されてこうして暖かい飯にもありつけた」
 食欲旺盛に食事をたいらげるのは、白衣姿の武神 鈴(たけがみ りん)だった。
「話を聞けば故郷を追われて隠れ里に向かう途中か……金持ちからならたかっても気がとがめんが、苦しんでる人間がなお施しをしてくれたことに関しては恩を倍返しにしなければ男が廃るというものだ」
 鈴は、立ち上がると自分を発見したというリリエルとリューナに聞く。
「ところで、俺が倒れていたところには何か一緒に落ちていなかったか?」
 何もなかったという二人の言葉を聞いた鈴は、自分の白衣を広げる。そこには、白衣の裏に分解収納された『万能工具セット』、そして『シークレットアーム』と『変換符』とがみっちりと納められていた。
「……あまりこれを頼りたくはないが、今はこれを使うしかないか……」
 と氷の塊を『変換符』によって金属へと変換する鈴。しかしその変換の数が多くなるにつれ、鈴の顔色が悪くなる。この様子をいぶかったのは、春音だった。
「……この疲労って、相当ですね……もしやこれって、命削って変換するものなのですか?」
 春音の問いに、鈴は嘘をつくことができず頷いたのだった。符を手にしてかざした対象を使用者の望んだものに変換させるという『変換符』。ただし術者の精神力を媒介とするので消耗が著しかったのだ。
「回復はわたし、やります。けど無理になったら、わたし怒るかもしれないと思います」
 穏和だが芯の強い春音の言葉で、鈴は予定していた輸送車製造構想に修正を加えていたのだった。
 こうして多脚型雪上輸送車「ユキキング1号(カブトムシ型)」は完成する。スペックは乗員各30名・動力は電気動力のみ。内部は26人が座れる座席と4人が横になれるスペースを確保。外部は、風力発電機を装着、雪に足が取られないよう足元はかんじき状になっていた。猶、最後尾に足跡消し用の大型トンボを装着。武装等はないが、多脚ゆえの走破性の高さと頑丈さは折り紙付きである。ただ、動力源が予定していたものではなかった為、スピードに関しては著しく劣るものであった。
「……とりあえず子供や弱った者を乗せて、ゆっくり彼らが安全なところにいけるまでは付き合うか……袖すりあった以上縁が会ったのだろうしな」
 やがて用意された食料もつきる頃、彼らの目の前に氷河が広がる。その氷河の片隅に置かれた氷の女神像は、訪れる者に冷たい面を向けていたという。
 未知の土地アマラカン。東トーバの元である“トーバ”が建国される以前より存在したという地。神官の隠れ里であるアマラカンだが、その地より出たという者の噂はないという。その土地の理は、まだ誰も知らなかった。


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