ムーア北方最大の軍事都市ゼネン

 動く死体の兵隊。その兵隊たちによってゼネンへと連行されたのは、異世界の青年一人と、東トーバに生まれた4人の子供たちだった。彼らの行く先は、黒い鋼に覆われた城塞である。ムーア世界の文明レベルは、それほど高くはないと思っていた異世界の青年ディック・プラトックにとっては驚きの光景がひろがったのだった。
「……この城壁は……? 光沢もある……金属製なのか?」
 状況を把握しようとするディックの耳に、どこか耳障りな声が届く。
「待ちくたびれましたよ。あなたたちの面白い技を、わたしに見せてください。そしてわたしは、さらに強くなるのです。いつかは、そう……あの方よりも」
 早くも自己陶酔するのは、ゼネン領主にしてムーア北方方面の司令長官。ディックたちを待っていた領主は、『人』ではなかった。

 漆黒の内部を、点々と明かりが照らし出すゼネン城内。
 幾人かの兵とすれ違う時、子供たちがディックにささやく。
「へんだね……生きてる人もいるよ」
「村人たちを襲ってきた人たちには、生きてる人たちのが多かったのにね……」
 子供たちが怖がりながら言うのを、ディックは頭をなでて安心させてやる。
「俺がおまえたちを無事に皆のところに戻してやるよ。その為だったら何でもしてやる。何も怖いものなんてないさ」
 ディックの言葉を頼もしく思う子供たち。その子供たちにディックは、戻った時には、自分の事は気にしないでほしい事や目的を貫いてほしい事、そして自分は一人で皆の援護の為旅してると伝えてほしいと告げていた。やがて彼らの進む先の扉が開かれ、明るい空間がひろがったのだった。
「ようこそ。ムーア最大の基地ゼネン城へ。お待ちしていましたよ」
 青みがかった顔に、猫目を思わせる三つの瞳を持つ男。ひょろりと伸びる細い体に、漆黒のローブを羽織る領主は、ディックたちを広間にしつらえられた光沢のある椅子を勧める。腰かけるのに合わせて、微妙に角度の変化がある椅子に子供たちは大人しくおさまってくれていた。
 一方領主に、ディックは肝のすわった声で言う。
「ムーア最大というのは、知らなかったな。……ところで、さっきの“あの人”ってのは亜由香のことか?」
 ディックは、自分に酔いしれているらしい領主の自尊心を話術で利用する事に決めていたのだ。
「まさか! あんな汚らわしい小娘など!」
 亜由香を汚らわしいといってのける領主に、ディックは自分の推論を言ってみる。
「ふーん。でも、おまえは“あの方”ってやつの反乱の機会を伺っているんじゃないか?」
 ディックの言葉に、領主は青い顔を土気色に変えて、きょときょとと辺りを見回す。
「ま、まさか! 敬愛するあの方に、そのようなことあるわけがありません! と、とにかく、あなたたちは技をわたしに見せてくれればよいのです!」
「ふーん。でも俺はタダで教えてやる気はないぜ」
 何よりも子供たちの安全を最優先するディックは、ゆったりと言う。その事に、領主はヒステリー気味に声を荒げていた。

 この頃、ゼネン城内に潜入する一人の異世界人がいた。
『……この城……俺の世界には及ばないが、かなりの技術力が発達した世界のものだな……俺自身は実際には西ゴーテには行っていないから判らないが、おそらくリリエルの話から推測して、ここの金属は西ゴーテのものと同類か?』
 暗赤色の上着を、人工的な明かりの中に見え隠れさせつつ慎重に進むのは鷲塚拓哉(わしづかたくや)。高度な物質文明に生まれた拓哉は、『新式探査戦闘機』と『新式対物質検索機』とを操り、わずかな時の間に多くの段取りをつけてきた青年である。
『避難民達の指揮や統率は、リリエルに、リューナやアクアと共に協力しておくよう指示しておいてきたが……うまく合流できただろうか』
 高速での連絡を終えて、このゼネンへと向かった拓哉。ディック達の居場所特定には、対物質検索機が活躍していた。けれど、検索時に軍事都市ゼネンの能力にも気づいてからは、逆探知を警戒して戦闘機から徒歩に切り替えての移動となっていた。
 城に潜入した拓哉は、検索結果のとおり生体反応のない兵たちに遭遇する。その均一的な動きを観察しつつ、巧みに身を隠して進む拓哉だった。
『どんな力で動いているか知らないが、どんな大魔法使いでも大勢の死体を統率的に動かす事などできるはずも無いだろう』
 そんな拓哉は、一つの目的地を目指していた。
『ともかくこの城は検索不能な部分に満ちている……確かなのは、この城塞のエネルギー中枢部……城の中枢を破壊すれば城塞の機能はマヒするだろう』
 すでに検索時にディックたちの反応が、検索不能個所に入っている事は拓哉も確認済であった。一度、城を混乱させて、その隙にディックたちの救出に動こうとしたのだ。やがて拓哉は、通路の終着点にある扉の前へと到達する。
「ここか」
 己の世界の剣であるフォトンセイバーを手にする拓哉。ウィン……と唸りをあげる光の剣。その光が一際輝く時、拓哉の前の扉が二つに割れる。と、同時に辺りに響き渡る警報音。そのやかましい音の中、拓哉の背後をムーア兵が固めて来る。
「とにかく、行くしかない!」
 扉の奥へと飛び込む拓哉。ゼネンのエネルギー中枢部は、強い光を放って不法侵入者の視界を奪う。
「場所はわかっている!」
 光剣術の達人でもある拓哉が気合いとともに、剣をつきたてた。
 ほとばしるプラズマに合わせて、わきあがる白き煙。
「成功だ。爆発まで、あと……10秒はもつか!!」
 光剣を操る拓哉は、そのまま通路へともどり行く。そこにいたのは、死者たちの兵の群れ。
「爆風よけにはちょうどいい!」
 剣をふるいつつ、群れの中に走り込む拓哉。その拓哉の背後で爆音が響き渡り、辺りの光源がすべて消えたのだった。

続ける