アマラカンへの遠い旅路

 
 東トーバ降伏前に脱出した者たち。別行動をする異世界人をのぞき、680名の民と105名の神官とで動く本隊。北方の山岳地帯アマラカンを目指す本隊の進路には、修羅族の肩に乗った一人の乙女リュリュミアが待ち受けていた。
「とにかく神官長さんを勝手に連れてっちゃうのは駄目ですぅ。それに神官長さんも帰ろうって言ってますからみんな帰りましょうよぉ。リュリュミアは乱暴な人は嫌いですから神官さんだけでもいいんですけどねぇ」
 リュリュミアのおっとりとした声に、無表情の修羅族が頷いていた。
 乙女に遅れて、50名のムーア兵が集結しつつある窪地。その場所に、東トーバ脱出組み本隊とは別に、一人の乙女が近付きつつあった。
「……到着するのは両軍ぶつかるただ中になりそうだわ」
 東トーバを遅れて出立したのはリリエル・オーガナ。精霊の力にも似た“フェアリー・フォース”を持つリリエルは、幼馴染みの要請を受けて東トーバを離れたのだ。リリエルは、エアカーに乗せた『新式対物質検索機』をレーダー代わりにして、本隊との合流を急いでいた。

 リュリュミアの待ち受ける窪地へと進む本隊。その中で、周囲への警戒をおこたらない者たちがいた。紫がかった黒髪を持つ少女リューナと、金の髪を5つに束ねた乙女アクア・マナである。
「アクアのおかげで、追撃はないようだけど、とりあえず気をつけて行軍するにこしたことはないわ」
「そうですね〜。後方はうまく撹乱できたといっても、この先はわかりませんし、できれば斥候の部隊とかいれば安心ですよね〜。人手がなければ、私が行きますけれど〜……」
 すぐにも自分が斥候となって周囲の地形を調べに行こうとするアクア。そのアクアを止めたのは、神官長補佐役であったルニエである。
「すでに疲労は相当なものであろう? ……休むことも必要ぞ」
 これまで撹乱役として、ムーア兵を各所へと誘導させたアクア。その移動距離と引き続いた魔法とは、アクアの体力を十分損なわせていたのだ。
「……斥候というのであれば……鍛えていただいた民もお役にたつのではありませんか?」
 声をひそめて伝えたのは、村人に変装して同行している神官長のラハであった。そのラハが村人に扮することを賛成したリューナも、アクアを心配する。
「この乾燥した土地で、水を操るにはかなりの力がいるのでしょう? いざという時、力が使えなければ今よりもっと危険になると思うわ」
 アクアが大掛かりな水氷の魔法を使おうとする時、補助的に80名の神官たちが素材の確保を図っていたのだ。その指揮をとったルニエが疲労の濃い顔でつぶやく。
「この地の水脈は細く地下深い……無闇に引き出せば、貴公の体にも負担がかかろう。また井戸は枯れ、民の絶える地も出よう……」
 ムーアの大気中に含まれる水分量。その少なさを補ってきた神官たちがいたのだ。
「すまぬが神官の方も……限界よの」
 極度に乾燥したムーア世界。仮に『天空魔法』で天候を操るラティールが空に干渉したとしても、相当量の準備と力を要する世界であったのだ。
「でも、このまま進んで、待ち伏せを受けてしまっては大量の非戦闘員を抱える此方としては不利となります〜。またキソロに立ち寄る際に後顧の憂いを絶つ必要があるので、常に敵の先手を打って奇襲を仕掛けられる状態にしたかったのですが〜……」
 ルニエに体力を指摘されて、重い疲労が自分に蓄積されてきているのを感じてしまうアクア。
『これが、『ラウ・ワース』であれば……』
 精霊の力に満ちた故郷に思いをはせつつ、ムーア世界ではどうにもならないことにアクアは覚悟を決める。
「それでは斥候部隊の編成をお願いします〜」
 その言葉に頷いたのは、村人姿のラハだった。ラハは、自分の身分を隠してくれたリューナに頼み、足も早く観察力も優れた若者8名を斥候役として四方に放ってもらう。そして、その一人は、窪地に潜伏していたリュリュミアの一団を見つけることとなる。しかし、その斥候は本隊に戻ることはなかったのだった。

 戻らない斥候。北方へのコースに向かった斥候に警戒を深めつつ、窪地へと進む本隊。やがて先頭に近い村人数名が不用意に居眠りを始めてしまう。
「! こんなところで眠るなんて……もしかして夢魔が? みんな、気をしっかりもって!」
 疲労の濃い者、力弱き者から眠り始めてしまう中、『精神防御壁』を展開するリューナ。そのリューナの目の前で、眠った者たちの体が一人・二人とムーア兵にさらわれてしまう。
 この作戦の指揮をしていたのはリュリュミアだった。
「その調子ですぅ。眠っちゃった人たちはドンドン縛って捕まえちゃってくださいぃ」
 眠りを誘う花の香りを霧のように充満させたリュリュミア。その作戦に気づいて逃げ出そうとする者は、バラの柵に阻まれてしまう。
「バラの花はきれいだけど棘は刺さると痛いですよぉ。とにかく神官長さんを勝手に連れてっちゃうのは駄目ですぅ」
 そんなリュリュミアにリューナがため息をつく。
「まったくもう、しつこいわねぇ……。帰りたくないから旅を続けている、というのが 分かんないのかしら……」
 この間にも、かなりの数の村人を捕まえたリュリュミアが、本隊に呼びかける。
「皆さんがさらった神官長さんも帰ろうって言ってたんですからみんな帰りましょうよぉ。リュリュミアは乱暴な人は嫌いですから神官さんだけでいいんですけどねぇ。みんな何処に行こうとしてるか知りませんけどぉ、何にも無しでこんな荒地を行っても疲れるだけですよぉ。みんな神官長さんと一緒に帰ってぇ、美味しいモノを食べてぇ、暖かいベットで眠りませんかぁ?」
 この呼びかけには、リューナが応える。
「神官長さんが皆に帰るように呼びかけているのは、そうしないと東トーバに残してきた人々が亜由香や魔物さんたちに大変な目に遭わされるから、なのよ? あなたは知らないだろうけど。 ……まぁ、気になるのなら、自分で調べてみるか、帰りたがらない人々に理由でも聞いてみたら?」
 リューナの言葉に、神官たちを説得する自信のあるリュリュミアが応じる。
「わかりましたぁ。話してみますねぇ。それに大勢捕まえても運ぶのは大変ですしぃ、乱暴な人と一緒に戻るのは嫌ですからぁ、捕まえた人と神官さんを交換しませんかぁ」
 この間、体を休めることで回復したアクア。神官たちも万全とはいえないまでも回復している。
「交渉ですか〜? 平和的といえば、いえなくもないですね〜」
 表向きは平和的解決に見せかけるのも得意なアクア。そんなアクアたちの頭上から、エアカーに乗ったリリエルが飛来する。
「お待たせ! 避難民をここで強制的に眠らせてって状況は気に入らないけど、リュリュミアとかいう子は嫌いじゃないわ」
 未だ遠い目的地アマラカン。多くの戦えぬ者を抱えた東トーバ脱出組本隊。
 彼らの進路は、まだ見えない。

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