東トーバでの遭遇

 東トーバ駐屯地へ新たに降り立ったのは、夢魔の少年だった。神官のいなくなった地に己の力が満ちていくのを楽しむ夢魔。その少年の夢魔にとって、自分の意図とは違う動きをする者たちを見つけるのはたやすい事だった。少年の夢魔は、自分の存在を言い当てる者たちを見つけると、愉快に思いながら彼らの側に降り立つ。
「今、正気のまま歩けるのは、神官と異世界人くらいだからね……おまえたちはどちらかな?」
 背中に燃える炎の片翼を不安定にうならせる少年体の夢魔。夢魔の前にいたのは、やぶけかけた神官服をまとう二人の人間だった。一人は、未だ体調の整わない公開処刑をまぬがれた少女トリスティア。今一人は、そのトリスティアを奪還を成した乙女らの一人、フレア・マナであった。
 この時、トリスティアを支えるフレアは、二人の正体に気づいていない夢魔の少年に言った。
「溺れるだけじゃ物足りなかったかったですか〜?」 
「何!?」
 自分を恐れないばかりか、少年夢魔に聞き覚えのある声でフレアはたたみかける。
「ど・ざ・え・も・ん・さ・ん♪」
 言いながら、フレアは自分の顔を少年夢魔に向けた。
「おまえは!!」
 フレアの顔は少年夢魔にとって、忘れられない顔であった。自分を海に沈め、意識を失ったところを拘束した乙女。実際にそれを行ったのは、フレアとは双子の姉妹であったのだが、フレアはその時の事を伝え聞いていたのだ。少年夢魔に苦い記憶を蘇らせる顔で、フレアは微笑む。
「あの時は、楽しかったですね〜。意識がなくなると炎の翼は現われないみたいですし〜」
「……遊びの時間は終わりだね!」
 頭に血がのぼりきった少年夢魔が、一翼とする炎を大きく燃え上がらせる。
「炎の滝に打たれて、燃えつきるがいいよ! 炎翼瀑布!!」
 フレアを囲むように落ちてくる火炎の滝。その炎の滝がフレアに落ちかかる寸前、フレアの周囲を包む大気が冷える。続いて、炎の方向が変わった。
「!?」
 水氷の防御と予期せぬ炎の動きに、少年夢魔が辺りを見回す。その時、少年夢魔を中心に、強烈な暴風がおこった。
「く、誰の技だ!!」
 片羽の少年夢魔が暴風に翻弄される中、一人の乙女の声が響く。
「いずれさしで勝負してやるからね!!」
 声を上げたのは、武を志すものとして相手に背を向けることは不本意な乙女ラティール・アクセレート。そんな彼らの去り際には、一つのナイフが投げつけられる。それは、辺りを凍らせる力を持つナイフ。しかし、正確無比な高速のナイフは、狙い定めた炎の翼を外してしまう。少年夢魔の体自体が不規則にゆれていたのだ。後日、そのナイフを兵に回収させた少年夢魔は、自分の片羽を奪ったトリスティアの存在にも気づいて憤怒したという。

 暴風をおこしてトリスティアたちの境地を救った乙女ラティール。ラティールは、これまで彼らの潜伏地でもある元『神官の仮眠所』を中心に魔方陣を展開してきたという。そしてトリスティアたちの危機に気づいてからは、夢魔の周囲に魔方陣をしき、星々の引き合う力を利用した天候に関わる『天空魔法』を発動させたのだ。再び身軽な少女トリスティアの体を抱えたラティールはつぶやく。
「時間不足で暴風までだったけど、まあ成功かな。……でも不思議だね。トリスティアの側にいると、頭がすっきりするのは何故かな?」
 淡い金色の髪を持つラティールは、蜂蜜色の髪をしたトリスティアの側にいることで自分を悩ませていた眠気がすっきりとなくなるのを感じていた。それまでは、少年夢魔がもたらす眠気と戦いつつの作業であったのだ。
「それは、ボクが『精神防御壁』という東トーバ神官の技を使ってるからかもしれないね。夢魔は精神に干渉するみたいだから、ボクが元気になったらすぐ教えてあげたいかな……もしかしたら、今回の少年夢魔は人々を眠らせて生気を奪ってるのかもしれないし……」
 先にはフレアの周囲にある大気に水氷の力で干渉したトリスティア。そのトリスティアを夢魔を引き付けることで守ったフレアは頷く。
「確かに……もし奪っているのだとしたら、何か大きな力をこれから使おうとしているかもしれないね。今回は逃げるだけになっちゃったけど、あの夢魔はいずれとどめをささないといけないと思うな」
 豊かな金の髪をポニーテールにした乙女フレア。明るい髪を持つこの乙女らが、崩れかけた東トーバの地に微かな明かりを灯していた。

 少年夢魔が巣くう東トーバ。
 少年夢魔も、自分に歯向かった異世界人たちの抹殺を狙っているという。

続ける