救出!

 処刑場の中を、可能な限り前方へ移動していた乙女フレア・マナ。知性的な緑の瞳を持つフレアは、すでにムーア兵に“裏切り者”として追われる立場にあった。フレアはかつて、亜由香の側にあって作戦立案をしていた者であったのだ。トリスティア以上に数多くのムーア兵に顔を知られているフレア。見つかれば公開処刑をまぬがれない異世界人であったのだ。そのフレアは身元を隠して慎重に処刑台に近づき、トリスティアの命が失われるその時、袋詰にした“刺激系香辛料”を修羅達たちに向かって投げつけたのだ。そしてほぼ同時に刑場内で一番構造の弱い壇の支柱に、「爆炎珠」も投げつけたのである。
「何……だッ!?……ひゃくしょ……メ!」
 粉塵の中で“くしゃみ”を発する修羅族たち。そこへ続く爆風と炎。トリスティアをつかむ修羅族たちがくしゃみするのと、ほぼ同時に彼らの足元が崩れていた。修羅族たちが体制を立て直す前を狙って、フレアがトリスティアの側へと駆け出す。
『トリスティア、どこ!?』
 しかしフレア自身の視界も粉塵にさえぎられ、壇上から落下したトリスティアはすぐには見つからなかった。その時、自分の腰に何者かが抱きつくのを感じる。
「誰!?」
 警戒するフレアの視界が、一陣の風とともにクリアになる。
「あー、何か久々にに抱きつけた!! 自己紹介は後でね! トリスティアはこっちだよ。あたしも加勢させてもらうね」
 フレアの背後でにっこり笑ったのは、全身マントで顔を半分隠したバンダナ姿の少女であった。潜入に成功したリク・ディフィンジャーである。左右のもみ上げの先をゴムで結んだ少女リクは、フレアと協力して倒れているトリスティアの体を支えた。そして、フレアは、処刑場の外側を警備する仲間のいる方向を指差す。
「脱出経路は、こっちだよ!」
 トリスティアを支えて走り出す乙女たち。この間も、リクは“風の紋章”を使い、香辛料のまざった噴煙を修羅族たちの周囲にこもらせていたのだった。

 処刑場の外側。そこでは、公開処刑場へ向かう人々をムーア兵たちが監視していた。その警備兵たちは、処刑場での騒ぎを聞きつけてどよめき始めていた。
「何があった!?」
 処刑場へ確認に向かおうとする兵に、あらぬ方向を指差した女兵士がいた。
「あっちに逃げたような音聞こえたわよ!」
「? そうか……?」
 警備兵仲間の女兵士が指す方向を見た兵は不信な顔をする。その兵たちに、女兵士が肩をいからせた。
「このあたしが信じられないの!? ぐずぐずしてると亜由香サマが“修羅族の皆さんですらびびるオッソロシイ魔族”の皆さんを呼び寄せてあなた達全員、役立たずとして抹殺されるわよー」
 この女兵士の言葉で、慌てふためいた兵たちが処刑場とは反対の方向へと走り出す。それを確認して、女兵士は彼らとは別の方向へと走り出す。
『……接近してくる反応……仲間かもしれないわ! 今は一人でも味方がほしいわ!!』
 女兵士は、ムーア兵になる事に成功した異性人の乙女リリエル・オーガナであった。エルフに似た可憐な容姿を持つリリエルは、高度な物質文明界に生まれた乙女である。その手には、自世界から携帯している“新式対物質検索機”が握られていた。そして、その機器の示すとおり、上空にはハーフヴァルキリーの翼を持つ乙女が現れたのである。
『この種の翼を持つのは、今のところ魔物にもいないわ。コンタクトする価値はあるわね!』
 トリスティアの武器をすでに回収しているリリエルは、空をゆく乙女に向かって大きく手を振っていた。

 トリスティアの危急を知り、北方より処刑場へと向かっていた乙女はラティール・アクセレート。ラティールの深紅の瞳は、ムーア兵姿のリリエルを見つける。
「……処刑場上空にて滞空しようと思ってたけど、もうみつかっちゃった? んー、あたしに何か用がありそうだけど??」
 敵に発見されない位置を測って、上空から天空魔法を使うつもりでいたラティール。天空魔法と空中の移動とで、東トーバへの検問は通過したつもりでいたのだ。
「こんなとこまで警備してるとは思わなかったし、みつかっちゃったら仕方ないか。……あたしに何か用?」
 考えるよりも行動を優先するラティールが、リリエルの側に降り立っていた。

 トリスティアを支えるフレアとリクが処刑場を脱出しようとする時、彼らをリリエルとラティールとが迎え入れていた。
「話は、リリエルから聞いたよ。刑場近くの廃屋まで連れていけばいいんだね!」
「助かるよ!台下暗しというからね。廃屋に潜伏して、僕たちはほとぼりが冷めるのを待つつもりなんだ」 
 ラティールの言葉にフレアが頷く時、
「じゃ、もう安心だね! あたしはもう一仕事あるから行くね!」
 彼らに“抱きつき”の挨拶をして、いち早く離れるのはリク。そのリクを見送って、リリエルが物陰に隠れる。
「あたしは、もう警備兵たちに怪しまれちゃってるだろうから、このまま追っ手たちを足止めさせてもらうわ」
 そのリリエルの側にフレアが残る。ラティールは、自分より一回り小さなトリスティアを抱えると、
「わかった。後は頼むね!」
 と、大きな翼をひろげて飛び上がった。ラティールが地面から離れると同時に周囲に、リリエルが操る霧が拡散を始めていた。

 処刑場からの離脱に成功したラティール。この時、ラティールの腕に抱えられたトリスティアは、力を触りしぼって言葉を伝える。
「……ありがとう……」
 フレアとリクとには伝えられたが、リリエルには伝えられなかったお礼の言葉。そんなトリスティアに、ラティールは陽気な声で「どういたしまして」と応えていた。そしてお礼をラティールに伝えることができて安心したトリスティアは、そのまま気を失ったのだった。
 やがて見えてくる廃屋。そこはかつて、外回りをする東トーバ神官たちの仮眠所でもあった場所であった。ラティールは、トリスティアを廃屋にあった干草の上に寝かせると、リリエルから預かったトリスティアの武器を枕もとに置いていた。
 
 その頃、リリエルとフレアたちは、トリスティア追跡に動く修羅族たちを撹乱していた。一方、リクは混乱する処刑場にいた神官の一人に、一つのメモを渡すことに成功していた。そこには、
「今あたし仲間集めしてるんだ……でも、まだ足りない。広範囲にまだ仲間がいないからね。だから君たちに希望を託すよ。街に行ったら出来るだけ仲間になりそうな、戦えそうな人に声をかけて欲しい。というか、小部隊を作って欲しいの! いつかの為にね! ここからどんどん逆転していくよ!」
 と書かれていた。それを読んだ神官は、わずかな希望をリクに見出す。そして、頷いた神官は、そのメモを各地へと送られる神官たちに回したという。

 やがて東トーバの神官たちが馬車に乗せられ、ムーア各地へと向かう。
 魔の蹂躙する地がひろがるムーア世界。その未来は、まだ見えない。

続ける