ムーア宮殿より ムーア世界の中心に位置するムーア宮殿。 その宮殿にほど近い闘技場で、東トーバ脱出組を討伐するべく出立の準備を整えていた軍隊がいた。一千名に及ぶ兵の編成をしていたのは、東トーバ神官長であったラハである。その側に、ウェーブがかかったロングヘアの乙女リュリュミアがやって来る。 「亜由香からの連絡ですぅ! すぐにムーア北方最大の軍事都市ゼネンに向かえってぇ。兵はそっちにいるから大丈夫ってぇ」 この連絡を受けて、神官長ラハの表情が厳しくなる。 『……とうとう見つかってしまいましたか……』 あらぬ方向へと軍隊を迷走させるつもりでいた神官長ラハ。その思惑は、この時についえる。肩を落とす神官長ラハに、リュリュミアは言った。 「リュリュミアは花を咲かせるのが得意ですけどぉ、早く咲かせた花は散っちゃうのも早いんですよぉ。神官長さんはずーっと花を咲かせていられるのかなぁ?」 場違いに明るい声で言われて、神官長ラハが甘い香りのする乙女を見つめる。 「神官を迎えに行くラハって人も亜由香のお友達なんですよねぇ。わたしもラハと一緒に神官を迎えに行っていいって言ってもらいましたぁ。神官に植物育成のことを教えて貰いたいのですぅ」 邪気のないリュリュミアの存在に、少し救われた思いの神官長ラハは目を細める。 「……そうですね……語ることはできると思いますよ」 「よかったですぅ! 呼び出したばっかりの修羅族さんを3人連れてかせるって、亜由香が言ってましたぁ♪ でねぇ、わたしとエルウィックと神官長さんを修羅族さんたちがかついで行ってくれるそうですぅ!」 修羅族とは、2メートルほどの身長を持つ、筋肉隆々の魔である。その腕力は、岩をもくだく力があるのだが、速さにおいては魔の中でも並ぶもののないといわれるほどの魔であった。彼らを連れて行くという魔物たちを見てきたリュリュミアは言う。 「亜由香がたくさんお友達を呼び出してくれて楽しいですぅ。怒ってた修羅族さんたちもぉ急に大人しくなってぇ、連れてってくれることになったんですよぉ。何だかよくわからないけどぉ、不思議ですよねぇ」 要領のつかめないリュリュミアの説明を聞きながら、神官長ラハは新たな魔の存在を感じてわずかに表情をかたくしていた。 新たなる魔 リュリュミアが神官長ラハの元へ向かう以前。ムーア宮殿の広間で、一つの動きが始まっていた。 「はぁ、マハって人がお友達を呼び出すんですかぁ。凄いですねぇ」 おっとりとした異世界人リュリュミアが、呼び出される魔物たちを花で飾って出迎える。 「亜由香が呼び出すのは、やっぱり修羅族中心みたいだね」 単細胞で筋肉質の魔たちを眺めて、感想を言うのは銀髪の乙女エルウィック。 「うふふ。彼らはいろいろな意味で……いい人たちなのよ」 言葉を選ぶ亜由香が言う。この亜由香こそ、ムーア世界を統べている少女なのだ。 「次は夢魔を呼ぼうと思うのだけれど……適当な者とコンタクトが取れないわ……狂魔族ならいくらでも引っかかるのだけれど」 異形の君主マハの前に広がる暗黒。そこに手を伸ばす妖艶な少女亜由香。 「この際……狂魔族でも……」 何かにあせる亜由香は、そうつぶやいた時、広間に別の声が響く。 『……狂魔を呼ぶの? 困るなぁ』 この声を聞いた瞬間、亜由香の動きが止まる。 「……そうね……わたしとしたことが…………悪かったわ」 謝罪の言葉を亜由香が口にした時、すでに呼び出した魔物たちが大人しくなる。そうして亜由香は、リュリュミアもエルウィックすらも広間から出るように告げたのだった。 静まり返る広間。そこへ飛び込んで来たのは、東トーバでの公開処刑の情報。続いて報告されたのは、東トーバ脱出一行の発見という第一報であった。公開処刑の情報は、使者による連絡方法であったため亜由香まで情報が届くのが遅れていたらしい。エルウィックは、公開処刑対象者がトリスティアであることを耳にして、いてもたってもいられなくなる。亜由香の元も離れたくはないが、トリスティアも気になっていたのだ。結局悩んでいてもしかたないからという理由で、半ば強引に亜由香に東トーバへの同行をエルウィックは持ちかける。 「トリスティアは味方にしておけば、絶対使える者だと思うんだけどな」 「……そのトリスティア、というのは……」 一つ思い当たるふしのある亜由香は、宮殿の窓を見てから納得したように言った。 「ふふ。わたしが行く必要はないようね。どちらにしろそのトリスティアの命はないわ」 「じゃ……どうしてもあたしと一緒に東トーバに行くのは無理?」 何か壁を一つ置かれた気分のエルウィック。そのエルウィックに、亜由香は神官長ラハと同行して東トーバ脱出組を追撃するよう告げたのだ。 「あなたのお手並みは楽しみにしていてよ。この戦いは、あなたがわたしの敵になるのか味方になるのかを教えてくれるわ……」 「あたしを信用してないんだね」 エルウィックの言葉を受けて、亜由香は「そうね、異世界人を信用するのはやめたのよ」と寂しげに笑った。 |
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