街への道程

「ここから近くの街といえば〜やや東にゼネン。西にスライケル。途中いくつか小さな集落がありますね〜」
 かつて隠密行動の神官が作ったという周辺地図を手に、アクアがうなる。
「できるだけ目立たないためにも、ムーア世界の行商人みたいな格好に変装していくのはどうだ?」
 がっちりとした体格の青年ディック・プラトックの言葉に、拓哉が難しい顔をする。
「ふむ。現在の交換品はルニエたちが用意した食料との物々交換だからな。荷も多いか……」
 街の地下からの潜入も考えた拓哉であったが、このムーア世界においてよほど規模の大きな街でないかぎり都市型構造は期待できなかったのだ。
「そうですね〜けれど荷の移動は三人で行うことですし〜目立たない為にも荷は少なめにして、交換する回数を増やした方がいいと思います〜私は自分の事を旅の踊り子として紹介しようと思ってます〜」
 神と人と精霊とが共存する世界『ラウ・ワース』の舞姫であるアクア。アクアの提案にディックが手を打つ。
「じゃあ、旅芸人てことにしようぜ。荷の移動は……そうだな、早駆けの馬が3頭いたよな」
 こうして旅芸人に扮した三人は、東トーバ脱出の本隊から離れて物資調達に出ることとなったのだった。

 その三人が最初に訪れたのは、一集落。小さな井戸を囲むように10戸ほどの家が立つ民家であった。周囲に小さな畑を持つこの集落で、まず防寒着、毛布や身体を温める為のお酒などを譲って貰うように交渉したのはアクアであった。
「私踊り子です〜共に旅をしている仲間が寒さに困っているので防寒着、毛布、お酒等を譲って欲しいのですが〜」
 しかしアクアの言葉に、民たちは変化に乏しい表情で言った。
「そうかい。今は忙しいからまた後でな」
 集落の誰に聞いても、応えは何故か『また後で』という。
「……また後で、というのはいつでしょう〜?」
 頭を抱えるアクアに、集落の状況を分析する拓哉は言う。
「この集落はおそらくまだ夢魔の影響下にあるんだろう。逆に言えば、敵に通報される恐れはないから、安心だな」
「そうですか〜、ならば私の踊りで、その気になってもらうしかないようですね〜」
 小さな鈴が可憐な音を鳴らす薄手の衣装。その衣装を身にまとったアクアが、井戸の周囲で踊り始める。
 シャランシャランシャララン……
 美しい音色に誘われるように、集落の人々が集まって来る。その音色とアクアの舞とに魅了される民たち。アクアは舞うことで、楽しい気分になった人々に言う。
「私の舞いを見てもらってありがとうございます〜。でもこの集落に来ることができない私の仲間が大変なのです〜」
 人情に訴えることで、人々が売り渋りしづらい状況を作り出す事に成功させたアクア。そうして、アクアが適正な物々交換で得たのは、40名分の上着や毛布であった。
『ちょうど子供たちの分になりますね〜。物資は一度、本隊に届けましょう〜……それにしても民家に酒類はないのですね〜嗜好品がないのはやはり生活に余裕がないからでしょうか〜』
 ムーア世界の余裕のなさはアクア自身も見聞きしていた。しかし、質素に徹底した民の生活ぶりに、これらの調達物資を再考するアクアだった。

 一方、アクアが物資調達の舞いを舞う頃、集落の状況から街の様子を分析していたのは拓哉である。
「……この集落から、街にいるかもしれない魔やムーア兵の布陣もわかるにこした事はないが……」
 その拓哉は、路に残る痕跡から、ゼネンには一定の兵がいる街だと理解する。
「この車輪の跡……東トーバに入って来たムーア兵の荷車と同じものだ。補給量から考えると兵は三千ほどか……防寒着は、街のあちこちの店で交換する他に、いざとなったらムーア兵からこっそり物資をパクってもいいな」
 また交換の食料は、一度貨幣に代えて移動の便を図ることも考えた拓哉であった。
 一方、アクアの舞いを鑑賞する民に手製のお茶を勧めながら、情報収集するのはディックだった。
「じゃあゼネンっていうのは、ムーア北方最大の軍事都市なんだ。で、西のスライケルが栄えていない? そっかー、じゃスライケルで興行しても意味ないかー」
 東のゼネン。西にスライケル。そしてアマラカンに向かうには、途中の街は他にネルスト、ハクラ。そしてムーア最北端の街キソロとがあったのだが、この3都はいずれもさほど大きいものではないという。
「スライケルは漁業中心の街で、ネルストは軍需工業中心、ハクラは陶芸の街、最北端のキソロは商業街なのかー。ふーん、ありがとう」
 街の様子を聞きながら、ふと情報収集に出ている一人の仲間をディックは思い出す。
『……リク……あいつ生きてんのか?まさかもうすでにミイラ……なんて事無いよな?』
 ディックの仲間リクとは、商人を中心とした情報網“リクナビ”をムーア世界に確立させていた有名人であったのだが、この事実をディックはまだ知らなかったのだ。 防寒の備えとその移送方法に頭を悩ませつつ、仲間の心配もするディックであった。
 備えを整えるには、まだ時が必要だった。

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