『紅の扉』   −第二章− 第二回

ゲームマスター:秋芳美希

東トーバの惨劇

「キーヒヒヒヒヒ! バリアがはってないところがあるたぁなァ! 異世界人は逃したが、今度は東トーバの人間を血祭りヨ!!」
 人々の断末魔の声が、響き渡る東トーバ。神官たちの心のゆらぎに伴い、これまで東トーバを守って来たバリアが狭まってしまったのだ。そこに、8名の修羅族と、一万のムーア兵がなだれ込んだのである。

 小さな国中に響き渡る悲鳴。その声を逸早く耳にしたのは、この土地の情報収拾に訪れた異世界の乙女ラティール・アクセレートであった。
「何かあったみたいだね……」
 平和であった東トーバ。ラティールの知り得た東トーバは、穏やかな神官たちが行き交い、主に農業を営む土地の民と笑顔で語らう地であった。その神官の助力で成育も早く、豊かな実を実らせている地。この地の民も皆温和で、戦うことなど知らぬ者たちばかりであったのだ。
「とにかく行ってみよう!」
 しかし、ラティールが淡く輝く長い髪をなびかせて走るよりも早く、数多くの悲鳴は分散して広がってしまう。
「く、敵が多すぎる!?」
 平和の民たちたちが、同じ世界の兵によって為す術もなく殺されてゆく。無力感に襲われるラティールの視野に、兵に指示を与える司令塔らしき者の姿を見つける。2メートルはあろうかという巨体に盛り上がる筋肉。彼らは、この様を心から楽しんでいた。
「キヒヒ、俺様たちに力を与えるエサども! もっと泣ケ! もっと叫びナ!!」 
 人々の悲嘆の声と共に、修羅族たちの力が増しているのをラティールは目撃する。
『エサ……? 人々の嘆きで力を得ているのか!? でも、こんなやり方、気に入らないよ!」』
 惨状を目の当たりにして、ラティールに怒りがこみ上げて来る。けれど司令塔らしき者たち相手では、体格的に差があるためまともにやりあっても不利とラティールは判断する。
『く、敵を一箇所に集められれば、まだ何とかできるかもしれないのに……』
 そんなラティールの想いも知らず、
「キーッヒヒヒッ、こいつはイイゼ」
「バリアだかなんだか知らねェが、これほどの力があれば突き崩してやれるゼ!」
 みなぎる力を得た修羅族たちはムーア兵を東トーバの地へ分散させ、自分たちは神殿へと速度を上げたのだった。
『……修羅族は、神殿にいる皆に任せるしかないみたいだね』
 そんなラティールの視界に、今も修羅族に力を与えている悲鳴が響く。
「! 人間のムーア兵に罪はないかもしれないけど、民を守る為にはしかたがないよね!」
 ラティールは、自身の持つ“無銘の名刀”に手をかける。
「あたしの剣と魔法でヒット&アウェイでいくよ!」
 残虐行為を行うべく拡散する敵。その敵の一部を叩くことで民の被害を少しでも抑えるべく、ラティールが動き出す。
「まずは一人目!」
 攻める事で民を守る道を選んだラティール。ラティールの持つ“無銘の名刀”が、拡散するムーア兵に向けてうなりを上げた。

 ラティールによって戦端が開かれている頃、神殿外にいたアクア・マナは神殿へと戻る決意をしていた。
「これだけの悲鳴……圧倒的に戦力の劣る此方としては馬鹿正直にぶつかり合うのは愚策です〜。修羅達の進入を妨害しつつバリアを再構築し直さなければ〜」
 自ら先陣に立ち、今為すべき事を為すべく神殿への帰還を急ぐアクア。そのアクアは、東トーバの分裂を防ぐべく、分裂の中心人物である神官長補佐役ルニエの説得に成功したばかりであったのだ。“そもそもあなた達はムーア世界のこの事態に対して、一体何をしていたんですか〜?”と、ルニエを始めとする神官達に対して啖呵を切ったアクア。そんなアクアの言葉に、ルニエもまた深く己の行動を反省していたのである。
「私も行かねばなるまい」
 紅色の翼で飛び立つアクアにわずかに遅れて、ルニエもまた動き出す。そしてルニエに共感する神官たちがそれに続いた。けれど彼らが先行する修羅族に見つかってしまうのは、間もなくの事であった。

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