トリスティア処刑前夜−−−ロスティの街にて


 「キヒヒヒ! さァ、人間ども、明日は東トーバへ出て来いよォ!! 明日は最高のショウが始まるぜェ。血のシャワーでナ!」
 まだ夢から覚めぬ者も多い中、修羅族の長の声がロスティの街に木霊する。すでに夢から覚めてしまった者は、震えながらこの声に従うしか生き残る道はなかったのだった。

 酒気の漂う修羅族の住処。その角に、縛り上げられた少女が転がされていた。
 『必ず仲間たちが助けに来てくれる! それまではおとなしく体力を温存しなくちゃ』
 仲間を信じて待つ少女は、修羅族に捕らわれた少女トリスティア。トリスティアは、深い海色の瞳を固く閉じて、体に負担のかからない体勢に整えていた。
 そんな修羅族の住処に、一枚のカードが滑り込む。そこには、

拝啓、修羅族さま。聞いたところによると明日公開処刑を行われるとか。つきましてはその処刑当日、その処刑会場よりメインのお宝を頂戴に参上いたします。あたしのここでの初仕事・・とくとごらんあれ。 〜怪盗ナイトエンジェル〜

 とあった。それを見つけた修羅族の長は、そのカードをトリスティアのアイボリーの肌に突きつけて高笑いする。
「キヒヒヒ! 血祭りのお仲間が増えるって、ヨ! オマエも楽しみにしとくんだナ!」
 それでも何も答えようとしないトリスティアに飽きたのか、修羅族は自分たちの酒宴に戻っていった。


トリスティア処刑当日−−−ロスティの街より

 夜明け前、まだ修羅族が酒の抜けない時刻。
 一人の乙女と青年がロスティの街に到着していた。
 その姿を、地上から見つけて抱きつく少女。
 彼らによるトリスティア救出作戦が始まる。

「修羅修羅ってたいそう強いみたいな事言ってるけど、結局亜由華の言いなりじゃん」
 早朝の修羅族住処の前で、威勢のよい乙女の声が響く。
「抵抗出来ない女の子を処刑と称して大勢でいたぶるような弱虫だからね」
 この声に、修羅族の下っ端たちが起き出してくる。
「誰でぇ! この修羅族を馬鹿にする奴は、朝一番の食事にいただこうじゃねぇか!」
 寝起きの修羅の下っ端の前にいたのは、白い肌に金の髪の輝く乙女であった。輝く髪をポニーテールにした姿を見たムーア兵が口々に叫ぶ。
「あの女は、異世界人のフレア!」
「しかもムーア宮殿で司令官の位置にありながら、亜由香様を裏切った奴です!」
 そんなムーア兵の声に、修羅族たちは肩をすくめる。
「ケ、亜由香ぁ、あんな小娘の手下を裏切るくれぇ、普通じゃねぇか。……それにしたって、食うところは少なそうだが、まぁ血はうまそうだぜ♪」
 自分を物色する修羅族たちを、フレアは挑発する。
「修羅如き何十匹かかってこようと所詮僕を捕まえられないし僕の敵でもないよね」
 フレアのあからさまな挑発に、修羅族たちが怒りの声をあげて飛び掛っていったのだった。

 フレアが修羅族の下っ端を引き付けている間、住処の奥に忍び込んだのはリクとアルフランツだった。彼らが角に転がされたトリスティアを見つける。
「待ってて、今助けるから」
 リクは、トレジャーハンティングの技でトリスティアの縄を解く。
「あ、ありがとう。ボク、逃げ出す前に取られた武器を取り戻したいしたいんだけど……」
「なら、これだろう?」
 そう言って、トリスティアにヒートナイフやコールドナイフの入った革袋を差し出したのはアルフランツだった。黒いネコ耳を持つ長身の青年アルフランツに、初対面ながら親近感を覚えるトリスティア。袋の中身を確認したトリスティアがにっこりと笑う。
「ありがとう! 全部あるよ。これでボクも……」
 この時、彼らの背後から近付く巨体。その気配に彼らが気づいた時、その体は左右の壁に打ち付けられていた。
「キヒヒ。この修羅族様の住処で、ずいぶんゆっくりとおくつろぎだったもんだ。今日のシャワーは盛大に行くぜェ!!」
 気を失った三人の体を束にして釣り上げる修羅族の長“邪鬼”。その長に向かって、くぐもったその声は響いたのだった。
『……ふふふ。あなたも随分、無様じゃない?』
「亜由香か!?」
『ふふふ。あたしは予告状を突きつけるような愚か者や、トリスティアを助けようとやってくる者たちが大勢いるだろうからそいつらを一人残らず根絶やしにして……って言わなかったかしら?』
「フン! こうして捕まえたんだぜェ。文句はねぇだろうが!」
『そうかしら? 外はにぎやかなようだけど?』
「何だとォ!?」
 邪鬼が外に飛び出してゆく。そこでは、腕に覚えのあるはずの同族たちが炎に巻かれている姿があったのだった。

 あらかじめ修羅を誘導する経路や修羅から逃走する経路を頭の中に何パターンか叩き込んでおいたフレア。そしてフレアは、ほぼ同じ時間に爆発するよう調整した「爆炎珠」を、二次火災の恐れのない街の要所に隠して置いておいたのだ。後は、挑発に乗った修羅族をフレアがそこへ誘導していけばよかったのである。
「ここまで成功するとはね。修羅族って、単細胞の筋肉○鹿……?」
 周囲を完全に囲まれないように、下調べしておいた路地に逃げ込んだフレア。時には「風聖甲」に風を纏って逃走し、時には「炎帝剣」で攻撃して、修羅族を街中に仕掛けた「爆炎珠」の爆発地点へと誘う事に成功したのである。その爆発から、かろうじて逃れた修羅族をさらに偽の情報で攪乱したフレア。最後は、「煙玉」を使ったスモークの中、鮮やかに追っ手をまいたフレアであった。

 一方、修羅族の住処に残された異世界の者たち。
『ふふふ。どうしようかしら……?』
 亜由香の声の主が去った後、その部屋には一枚のカードが残されていた。
予告通り、お宝は頂戴しました。
 〜怪盗ナイトエンジェル〜

 トリスティアは、意識の戻る前、誰かに背負ってもらっている自分を感じていた。その暖かい背中に、
『いいや……このまま眠らせてもらおうっと……捕まっている間に、体力が落ちちゃったからね……」
 結構ちゃっかりなトリスティア。
 怪盗ナイトエンジェル。その正体は未だ不明である。


続ける