『紅の扉』   −第二章− 第一回

ゲームマスター:秋芳美希

 つかみ上げられる華奢な少女の体。
「キヒヒヒ! こいつは、いい獲物だゼ。奴等の前で血祭りョ!!」
 気を失ったその少女の姿を、崩れた壁の影から一人の少女が見つめる。
 『もしかして……トリスティア……!?』
 修羅族と呼ばれる魔が巣くう街に留まって偵察を続けた少女はリク。そのリクの見つめる先でつかみ上げられたのは、東トーバを助けていた仲間であった。
 白い翼を広げて、平和の地である東トーバから目的地を目指したトリスティア。そのトリスティアは、奇襲を得意とする敵陣営に捕まってしまったのである。見せしめに処刑されるというトリスティア。生命の危険ギリギリまで偵察を続けていたリクの額に緊張の汗が浮かぶ。
『修羅族は空も飛べるし……筋力も敏捷性も尋常じゃない……今のあたし一人じゃ、適わない……』
“危険な時は逃げろ”と言った仲間の言葉を思い出しながらリクは考える。
『でも修羅族は魔法や超能力は使わないよね……そこに勝機はないかな……でも修羅族って強そうだから一人じゃ太刀打ちできないなー、部下みたいな魔だってあんなにいるんだもん、もうちょっと少なかったらな……』 
 修羅族の長らしき者の側には、十数名の魔が控える。いずれも隆々とした筋肉を持ち、同族の魔と見て取れる。その周囲には、機動力に優れたムーア兵の一団がいたのだ。
『でも、こんなところで……絶対に死なせるわけにはいかないんだから!!』
 トリスティアを助ける決意をした青い髪の少女リク。その耳に、ひそめた声が届く。
「……なんだか大変なことになってない? このままほおっておく気にもならないんだよね」
 リクに声をかけたのは、エルウィック・スターナ。銀色の長めの髪をポニーテールにした乙女だった。エルウィックは、ムーア世界の人々を真似つつリクに語りかける。
「あたしは、この世界に迷い込んだだけだけど、この世界って変わってるよね。みんな正面しか向いてないし……話しかけても日常会話以外の言葉は聞こえてないみたい。集団で夢でも見ているのかな? ……でもキミは違うよね。いろいろ聞いてもいいかな?」
 軽くウィンクするエルウィックの言葉で、頭にバンダナを巻いたトレジャーハンター姿のリクが親指を上げる。
「もちろん!」
 そんなリクは、エルウィックを修羅族たちのない方向に誘ってから、いきなり抱きつく。
「あたし、リク! あたしも異世界から来たんだよ。何でも聞いて!」
「じゃ、じゃあ、あの修羅族って奴らの事から聞こうかな……?」
 リク風の挨拶に驚くエルウィック。その彼女に、“わー、細いねー、指長いー、怪盗とかって似合いそうだね!”等など感想を語った後、リクはエルウィックの知りたい事を伝え初めていた。


 リクの話

修羅族?

 修羅族は空も飛べるし、筋力も敏捷性も尋常じゃないっていうのは気づいてるよね。で、修羅族っていうのは“魔”と呼ばれる生き物の種族らしいんだ。でも魔っていうのは、もともとムーアにいた魔じゃないんだって。ちょっとややこしいけど、《亜由香》っていう女がこの世界に呼び出したって聞いたよ。
 この修羅族っていうのは、街にいた神官から聞いた話だと、夢魔と入れ代わって現われたんだって。あたしが見てる範囲だけでも、残虐非道で困った奴だよね!
 
亜由香?

 大陸の中央にあるムーア宮殿にいるって聞いたよ。
 このロスティからだと、歩いて1ヶ月ってところかな?
 あたしは会った事ないけど、会った人の話だと“妖艶な女”だって。年はわからないけど、意外に若いかもだって。理由? 肌のキメが細かいからどうのって言ってたかな?

亜由香の特徴?
 
 “ふふふ笑い”は、よくするって話だよ。
 髪は黒で、黒い長いワンピース姿だって。
 あたしがムーアに来る前に伝え聞いたカンジだと、ちょっと甘えた感じの女性口調みたいかな?
 直接会ってないから、よくわからなくてごめんね!
 今はどうかからないけど、亜由香は味方になる『賢き者』を探してるってカンジだったな。

……どうして探してたか?

 東トーバを壊滅させるのに、その時の《亜由香》の力だけじゃ無理だったからみたい。
 東トーバはこの世界で最後に残っている平和な国だし。その東トーバの君主は、“世界を閉じる力の要”だったそうだよ。
 魔物でムーアをいっぱいにするつもりの《亜由香》には、東トーバそのものが邪魔だったんじゃないかな?

 異形の者にされた君主マハの状況までは、まだ知らないリク。
 そのリクの説明を受けて、エルウィックは自分の計画に修正を加えていた。

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