軍事都市ゼネンへ〜ネルストより

 高度な物質文明の遺産であるらしい軍事都市ゼネン。その領主についての情報は、一人の異世界人青年鷲塚拓哉(わしづかたくや)によってムーア全土の心有る民に伝えられている。その情報とは、珍しい力を欲しているゼネン領主は、力を見ただけで自分のモノにしてしまう魔物である事。そしてゼネンには死体となった兵がおり、その兵は領主が操ってる事。そしてゼネン領主は亜由香に対して敵対心を持っている魔物であり、亜由香の側には、ゼネン領主が慕う上級魔族がいる事などである。

 そして今、異世界の機体が、軍需工業中心の街ネルストからゼネンへ向けて飛び立つ準備をしていた。ムーア世界に広くゼネンの情報を発信した拓哉であったが、拓哉の戦闘機はゼネン脱出時に垂直尾翼を壊されていたのだ。この地で破損した部分の修理を目指した拓哉であったが、今自由になる金額で手に入ったのは、材料のみであったのだった。
「……調達できたのはこれだけか」
 破損した部分を埋める数種の金属片と塗料を前にして拓哉が腕を組む。工具もなければ、自身の世界にあるはずの自動修復装置は機能していないのだ。そんな拓哉にかけられる声がある。
「やっばり拓哉!? リクナビでここにいるって聞いてたから。多分、拓哉ならもう一度領主の城塞に行くんじゃないかって思ってたんだ!」
 明るい声をかけたのは、 猫耳を持つ青年アルフランツ・カプラートだった。
「アルフランツか! 今頃はキソロだと思ってたんだが、これは驚いたな」
 思わぬ再会を喜ぶアルフランツと拓哉。それぞれの持つ情報を交換した後、アルフランツはすぐに窮地にある拓哉の状態に気がつく。
「あれ? 拓哉の戦闘機、壊れてるの?」
「ああ。ゼネンでやられたんだ。この補修には、銀貨2枚は必要なんだそうだ。あとは自分でやろうと思ったんだが、自分の世界ほどの技量も出せないし、工具も足りなくてな……」
 困惑顔の拓哉に、アルフランツは笑いかける。
「じゃ、“リクナビ”を使ってみてはどうかな? いろんな軍編成ができるって話だけど、協力してくれる技術者だって集められると思うよ」
 すでにムーア世界に広がる商人を介した情報伝達ルート“リクナビ”。この“リクナビ”を通して、ムーア世界の人々が協力する体制ができていたのだ。
 アルフランツの“リクナビ”を通した呼びかけに、ネルスト中の心有る技術者が集まる。そして拓哉の機体修理に力を貸し出してくれていた。その修理中、宇宙も飛べる戦闘機の機能を削って、単座式の機体を副座にするかどうかを技術者が聞いていたという。

 やがて修理が完了した拓哉の新式探査戦闘機。文明が劣る補修素材の違いにより、本来のトップスピードまでは出せないものの、通常飛行には支障のないほどに回復したという。やがてもたらされる拓哉からのゼネンに関する新たな情報。それは、ムーア世界を震撼させるものだったという。


アマラカンへ旅路〜キソロより

 東トーバ脱出に成功した一行は、最北端の商業街キソロ街にまで到達している。彼らの目的地である山岳地帯にあるというアマラカンに到達するには、キソロの先にある「氷の女神像に願をかける」という伝説があるらしい。神官の隠れ里であるアマラカン。しかし、その名を禁句にしたい者がキソロにはいたという。
 アマラカンの名を禁句にしたいといったのは、顔のほとんどを包帯で隠した男だった。その男が、可憐な異世界の乙女リリエル・オーガナに接触する。この時、リリエルはいたずらっぽく微笑んで言った。
「そうね。そんな風に言うからには、キソロでの有力者か領主自身かしら? とりあえず,亜由香や魔族側の人間ではなさそうね」
 動じない乙女リリエルに、包帯男が苦笑する。
「なるほど。さすがは、あの亜由香に対抗する気になる異世界人だな」
「亜由香、って呼び捨てにするの? ……ということは、“領主”で正解かしら。なら、脱出組本隊のメンツのいる場所に、ついて来てほしいとこだけど、どう?」
 リリエルの誘いに、今後の街の立場を考える領主が頷いた。

 680名の東トーバの民と105名の神官とがひしめくキソロ公民館。
 その場所を用意し、そこで自身も体力を回復させた異世界の乙女リューナが、リリエルと共に現れた包帯男を警戒しつつ声をかける。
「リリエル、お帰りなさい。収穫がいろいろあったみたいね」
「もちろん上々よ。紹介するわ、こちらはキソロ領主さん」
 リリエルの紹介に、包帯男は自分から名乗る。
「キソロ領主のルテリ・レーイレだ。単刀直入に言わせてもらうが……」
 領主の言葉より早く、リューナは言う。
「どちらにしろ、こちらもキソロに長居するつもりはないの。居場所がムーア側に知られると厄介だし、追っ手が来ることでキソロの街が危険にさらされるのも嫌ですからね」
 きっぱりと言いきるリューナに、領主が困惑する。
「……参ったな。言いたいことは、わかっているのか」
「あなたがリリエルと一緒に来た時から予測はついていたもの。……それよりも、ここに来たからにはある程度の協力をお願いしたいの。主に、物資補給を迅速に行うための助力と、わたしたちが街を訪れたことの口止め、とかね」
 豪胆なリューナの提案に、キソロ領主はわずかに検討してから言う。
「わかった。物資は今日中に手配しよう。口止めも問題なかろう。だが、補給後の助力はできん。我々は何も見なかった。それだけだ」
「十分よ」
 キソロ領主の援助を引き出したリューナ。アマラカンへの出立準備が整うまでは、公民館追加使用の権利まで手に入れていた。

 一方、街で仕入れた“伝説”についての真相などは、村人に扮した神官長ラハにリリエルが聞いていた。
「言い伝えの真相は、女神像に神官の力を示すことで アマラカンへの道が開かれるという意味なんじゃないかしら。だから神官でないと入れないので“伝説”となったのでしょうね」
 その予測に、ラハが頷く。
「神官の隠れ里アマラカンは、神官の間で密かに口伝されてきた地です。土地の存在を隠すために、また神官に道を示すために伝説として残されたのでしょう……」
 はるか昔より略奪の対象であった神官たち。神官によってトーバが建国される以前より、隠れ里アマラカンは存在したとラハは語る。その言葉を、リューナが耳にしてアマラカン対策に加わる。
「つまり、キソロ周辺からアマラカンにたどり着けたものは皆無に近いということでもあるわね。リリエルのいうとおり神官の力を示さないといけないのなら、結界とかがあるのかしら?」
「女神像のある場所が氷河ということですので……おそらくは」
 ラハの言葉を受けて、リューナとリリエルとが納得する。
 やがて、キソロ領主の采配によって登山に必要な物資がそろう中、リリエルは新式対物質検索機で氷河自体を検索する。すると、氷河の一角に検索不能個所をみつける。
「ここね! 位置が特定出来たわ。結構遠いけど……真っ直ぐ向かうわよ!」
 リリエルの先導で、東トーバ脱出組み本隊が移動を開始する。
 衣食住に必要な物資を運び、寒さはリューナとリリエルたちの能力でカバーしつつ山へと登ってゆく本隊。けれど、傾斜のきつい山岳地帯は、移動するだけでも過酷な環境にあったのだった。

 彼らがやがて到達するだろう氷河の中の女神像。
 ムーア世界が新たに変わりゆく予兆は、この場所からも始まるかもしれない。


変わりゆくムーア世界

 魔物が力をつけていくムーア世界。その中で、“リクナビ”の創始者リク・ディフィンジャーによって、押さえつけられた人々が決起する機会を待つようになったムーア世界。
 その中でリクはまず、ムーアの民による各部隊を自分だけではなくて他の異世界の人にも動かせるように“リクナビ”で広めようとしていた。
「何とか部隊設立ができて一歩前進したね。で、この部隊あたしだけ動かすのって大変じゃない?
もしかしたら、他の異世界の人たちがもっと良い感じで動かしてくれるかもしれないし……というわけで
異世界の人たちが動かせるようにしたいんだ」
 もちろんリクのこの提案は、リクの編成した隊員である若者たちに異論のあるものではなかった。
「勝てる作戦を立ててくれるのなら、異世界の人であるなしに関わらず、ムーア世界の民は協力を惜しまないでしょう」
 隊員たちの快諾を受けて、リクは一つの作戦を決める。
「……それと、ゼネンが不振な動きをしてるから、隊員にゼネンで一つ騒動起こしてもらうようにしてもらうよ。まぁ、ここで銃器系の経験も出来るだろうし一石二鳥だね!」
 軍事都市ゼネンに関わる情報を伝え聞いたリクは、ゼネンで一騒動起こす事を決めたのだ。戦いではなく騒動を起こすだけの作戦である。ゼネンにいる隊員に“身の危険が無い位の騒動”を起こす事をリクナビで伝える。そして“暴発するように細工した大砲・鉄砲”の類が、ゼネンへ向けて送り込まれたのだった。


続ける