軍事都市ゼネン〜ゼネン内特別室

 タンポポ色の幅広帽子を持つ乙女リュリュミアが、神官2名とムーア兵50名と共に黒光りする壁面を見せる軍事都市ゼネンに至ろうとしていた。
「うーん、神官さんが二人だけになっちゃったのは残念ですぅ。まぁ残りの神官さんたちはまた迎えに行けばいいとしてぇ、二人の気が変わらないうちに亜由香の処に連れて帰りたいですねぇ」
 人の形はしているが、植物的な生命体であるリュリュミア。そのリュリュミアは亜由香に味方し、逃亡する神官たちを連れ戻すべく動いてきた異世界人である。このリュリュミアの指揮する作戦で、一度は20名の神官を確保した経過がある。しかし、ムーア世界全体を巻き込む変化の訪れよって、今は二人を捕まえたのみとなってしまっていた。
 そんなリュリュミア一行がゼネンに近付くと、リュリュミアと面識のあった警備兵が敬礼で迎え入れる。
「無事帰還の上、神官の捕獲ご苦労さまです!」 
「神官は二人だけですけどぉ。えっとぉ、兵の方は一度解散してぇ、神官さんたちと中で一休みさせてもらっていいですかぁ? 本当はまっすぐムーア宮殿に戻りたい処ですけどぉ、足の速い修羅族が居なくなっちゃったし補給がいりますからぁ」
「は、そのように司令官にお伝えさせていただきます!」
 警備兵の回答を聞いたリュリュミアは、伴ってきた神官たちに振り向く。
「何か乗り物も貸してもらったら、すぐに出発しますよぉ」
 言いながらリュリュミアは、神官たちを連れて軍事都市内部に用意されていた部屋に向かう。その途中、どこから現れたのか無言の兵たちが脇についた。
『でもゼネンって無機質で何だか居心地が良くないですねぇ。後から来たこの兵の人たちも死んでるみたいですよねぇ? 何だか全然自然な感じじゃないですねぇ』
 そして、兵の冷たい手に触れたリュリュミアは考える。
『うーん。やっぱり死んでますよねぇ。早く土に還してあげた方がいいと思うんですけどぉ。そうだ、早く還れるように花の種を埋め込んであげますぅ。栄養満点だからきっと大きな花が咲くと思いますよぉ』
 こっそりと死体に埋め込んだ花の種。そんなリュリュミアの所作までは、彼らを監視する者の目には映っていなかった。

 漆黒の城塞内部を点々と明かりが照らし出す。そのゼネン城塞内部を進むと、いずこかへ続く円筒形の扉が左右に開いた。
「これに乗れば、すぐつきますよぉ♪」
 軍事都市ゼネン内部の一部分に精通しているリュリュミアが、その内部にあるたくさんのボタンの中から、一つのボタンを選んで押す。と同時にかすかに地面が動く気配があり、再び扉が開く。その先にあるのが、《亜由香》からの要請によってリュリュミアたちに用意された特別室であった。
「へぇぇ。便利な乗り物ですね〜」
 軍事都市ゼネンの一部とはいえ内部に精通しているリュリュミアとは対称的に、『百聞は一見にしかず』とゼネン内部を観察するのは伴われた神官の一人だった。女神官に扮した異世界の乙女アクア・マナである。とぼけた声を上げてみせるアクアは、同行する兵たちの挙動が人間的でないことに気がついていた。
『ずいぶん無反応な兵たちですよね〜。それに表情もうつろですし……その辺の事に詳しいムーア兵にゼネンの現状などを聞いておきたかったのですが、これでは聞けそうにありませんね〜。とにかくゼネンに関して基礎知識はほとんどないので、いざという時にルニエ等の身の安全を護る事も兼ねて手に入る情報なら何でも探さなくては〜』
 内心ため息をつきつつも、得意の観察眼を働かせるアクア。そのアクアが守ろうと決めていたのは、同行するもう一人の神官であった。東トーバ神官長補佐役であったルニエである。この時のルニエは、始めて見る乗り物にただ驚くばかりであった。
「さても、異な乗り物もあるものよ……」
 ムーア世界に、高度な文明が存在したことを知らないルニエ。ルニエには、ゼネンに灯る明かりですら驚きの対象であったのだ。
「明かりは、熱くはなく煙も立たぬ。乗り物は、引く獣の気配はせぬ……まして超自然界の気も動いてはおらぬ……」
 息を呑むばかりのルニエに、アクアが微笑む。
「そうですね〜。西ゴーテには、こうした文明の遺産がありましたので、ムーア世界の遠い過去に関係しているのかもしれませんね〜」
 アクアの説明にルニエが納得するのを見てから、アクアは独り言のようにつぶやく。
「それにしてもずいぶん早くつきましたので、この部屋は、入り口から近いところにあるんでしょうか〜」
 そんなアクアに応えたのは、甘い香りを放つリュリュミアだった。
「んー? わたしもどう動いてるのかよくわかんないですがぁ、これに乗るとゼネン司令官のとこにも、兵の集合場所にもすぐ行けるんですよねぇ。もしかしたら、すっごく早く動いてる乗り物なのかもしれませんねぇ」
 誰に対しても人懐こいリュリュミアが、興味津々の女神官アクアに説明する。
「あ、この赤いボタンがゼネン司令官の部屋でぇ、こっちの“*”印が……」
 と、リュリュミアは、城塞警備兵の仮眠室や食堂兼休憩室の紹介まで、自分がわかる場所をゆったりと教える。リュリュミアによると、軍事都市ゼネンは一万の兵が本来あるはずの城塞都市なのだという。
「ゼネンは城塞そのものが領主の城ですねぇ。城塞の外に兵舎があってぇ、ムーア世界に事があった時に兵が集まるのもその外周になりますよねぇ。」
 かつて追撃部隊を編成する際に、リュリュミアが立ち寄ったゼネン。神官長ラハとも、この土地兵の選別をしたリュリュミアが思い出に浸っていると、そこへやって兵があった。先にリュリュミアたちを迎えた警備兵である。
「ゼネン司令官よりのご命令をお伝え致します! リュリュミア様と神官お二人は、このままゼネンに留まるようにとのことです」
「ええぇ!? それは困りますぅ」
 ゼネン司令官の采配によって、城塞に留まることになってしまったリュリュミアと神官二人。彼らはまだ、ゼネン司令官の真意を知らなかった。


軍事都市ゼネン〜ゼネン司令官室

 軍事都市ゼネンには、東トーバを脱出した風を操る子供たちと異世界の青年ディック・プラトックとが捕らえられている。彼らを連れたまま、軍事都市ゼネンそのものが“いと深き魔界”と呼ばれる場所へ行くというのだ。 ゼネン司令官であり領主でもある魔物は、その為の最終準備に入るという。また領主の欲しがる“珍しい力”は、魔界に行ってからいただくと言ったのだった。
 それを聞かされたディックは、
『ふぅ……参ったなぁ、また捕まっちまった。とにかく、自分の体力をどうにかしないと何にも出来ないしな。魔界に行くのを遅らせるしかないよな』
 と、今できる最大限のことをしようと肝をすわる。そして、開き直ったディックは、ゼネン領主に言った。
「ふーん。後でいいのか? あんたが欲しがっている珍しい力ってのは、“いと深き魔界”とやらでは力が出せないと思うけどな」
 不敵な青い瞳を持つディック。 ディックは、自分の持つ力が、棒術の他にあることを告げた。
「俺が持ってるのは、“精神防御壁”って力さ。精神力で自然に働きかけて守る力なんだけどな」
 ムーア世界の神官であるならば、使えるその力は、ムーア世界とつながる超自然界を媒介とした力であった。
「俺はその原理で力を使っているわけだから魔界に行って力が使える保証もないしな」
「な、ならばその力、今すぐ見せなさい! わたしのこの目でしっかりと見てあげましょう!」
 青みがかった顔に、猫目を思わせる三つの瞳を持つ魔物。その額にある縦長の瞳がディックを見つめる。
「ま、そうあせるなって。まずは、俺のこの落ちた体力を完全にしてもらって、魔界に行く前に力を見せるってのはどうだ?」
 ひょろりと伸びる体を乗り出して、領主は頷く。
「なかなかに賢いですね。よろしい。それでは、一度この“癒しの力”を戻しましょう」
 漆黒のローブを羽織る領主の持つ瞳。一つづつ違う色の瞳を持つ領主は、額にある金色の瞳を大きく見開く。そしてその瞳にディックが映る時、ディックに“触れた者の心に慰めを与え、特に落ち込んでいる者の気力を回復させることのできる魔法”である力が戻ってきていた。体力が回復してゆくのを実感するディックに、領主は言う。
「それでは、あなたの力はいと深き魔界に行く前に、すべていただきましょう。その時が楽しみです」
 新たな力を得られる予感に高笑いする領主。その領主はこの後、ディックたちを城塞内の牢獄に閉じ込める指示をしたという。

続ける