変わり行く東トーバ


 降伏した東トーバに巣くっていた少年体の夢魔は、異世界の乙女フレア・マナを前面に据えた攻撃によりムーア世界から溶けて消えた。この夢魔が消えたことにより、東トーバ周辺の人々の顔には生気が戻りつつあった。 
 けれど東トーバ内では、自体がさらに深刻化していた。修羅族はもとの権力を振りかざし、ムーア兵の略奪が激しくなっていたのだ。我が物顔で行き来するムーア兵たちは、無理難題を民たちにつきつけては家財を奪ってゆく。
「補給が遅れているのだ! 食料がなければ、金目のものを出せ!」
 小隊で民家に押し入るムーア兵たち。この様子を目の当たりにしたのは、緑の瞳を持つ乙女フレアであった。フレアは泣き叫ぶ声を聞いて、いてもたってもいられなくなってしまう。
「ここは僕が止める!」
 身の丈ほどもある燃える剣を手にして、フレアが民を助けに飛び出す。
「これ以上の略奪はこの僕、フレア・マナが許さない! どうせ僕はムーアの裏切り者だから、ムーア兵を殺すことも躊躇しないよ!」
 兵の前に割り込んたフレアは、超巨大な両手剣『炎帝剣・改』を一振りしてみせる。乱入するフレアに、ムーア兵たちがひるんだ。
「! フ、フレアだと!? あ、亜由香様の懐刀だったあのフレアか?」 
 兵の言葉に、フレアは不敵に笑う。
「僕を知ってるみたいだね。この東トーバは確かにムーアに降伏したけど、亜由香はこんな略奪をしろって言ったのか!?」
「あ、亜由香様は……い、いいやそれよりもこのフレアは賞金首だ! その首を取れ!!」
 フレアにたじろぎながらも、ムーア兵の小隊長が兵に命令する。
「向かってくるなら、容赦しないよ!」
 生まれ育ったフレース国に最前線で戦う騎士であるフレア。フレアの持つ『炎帝剣・改』が炎熱のうなりを上げた。

 この後、ムーア兵の略奪から護る為東奔西走して暴挙を撃退したフレア。そのフレアもやがてこんな事を何時までやっていてもキリが無い事に気付く。
『流石にこの無秩序状態が続いている現状は……恐らく何らかの理由で修羅やムーア兵がコントロールアウトしていると考えるしかないと思うな……となると今亜由香に何かが起こっている?』
 そこに思い至ったフレアは、《亜由香》側陣営の内を探るべく、再度ムーア宮殿に向かう決意を固めていた。

 東トーバにおいて各個撃破するフレアとは別に、侵略者・略奪者たちを掃討しようと行動する少女がいた。フレアと共に夢魔を倒した少女トリスティアである。深い青の瞳をした少女トリスティアは、東トーバの開放を目指すべく、単身での夜襲を計画していた。
 トリスティアが最初に狙いを定めたのは、ムーア側の駐屯地となった東トーバ神殿であった。修羅族たちは、昼間手前勝手に民に手をかけ、夜になると神殿で休んでいたのだ。
『東トーバの神殿を壊してしまうのは気がひけるけど……修羅族や司令官たちはここに集中してるしね』
 東トーバの夜陰に紛れて、トリスティアが神殿に近付く。途中いくつかの検問があったのだが、軽快な身のこなしを生かした技ですり抜けてゆく。けれどその最後の検問である神殿の壁面を警備する兵に気配を気づかれてしまう。
「誰かそこにいるのか!?」
 トリスティアに向かって向けられる灯篭と呼びかけられる声。
『……しまった。警戒を怠っちゃったか!』
 トリスティアの姿が灯篭の明かりに浮かび上がってしまう。けれどその姿を見たとたん、警備兵は何故か明かりを別の方向に向けた。この兵の様子に、仲間が呼びかける声がする。
「どうした!?」「いや、ねずみだったみたいだ!」「最近フレアとかいう賞金首が暴れているそうだ。気をつけろよ!」
 そんな会話を聞いて、トリスティアが警備兵にささやく。
「どうして、ボクを助けてくれるの?」
「あなたは、東トーバを捨ててムーア兵になった僕たちを敵にはしないでくれました。それに、あなたは僕たちを開放してくれる希望なんです」
 かつて“ロスティにトリスティアあり”と謳われた異世界の少女。その存在と行動とを、このムーア兵となった東トーバの青年はよく知っていたのだ。
「そっか。とにかくありがとう! ボクは行くよ」
「お気をつけて」
 神殿の高い壁を軽業で越えるトリスティアに、青年兵は仲間にわからないように手を振っていた。そしてトリスティアは、これまで自分がしてきた事が無駄ではなかった確信を得て、神殿へと走る。そのトリスティアは、人気のない神殿の裏口を『流星キック』でいきなり吹き飛ばしていた。

 ドガラガッシャーンンンン!!
 駐屯地内に響き渡る大音響。神殿の木製の扉は、あっさりとトリスティアのキックでこっぱみじんになったのだ。
『神殿の構造ならよく知ってる!!』
 修羅族の怒号が響く神殿内部に飛び込んだトリスティアは、神殿を支える大黒柱へと走る。その姿を警備中のムーア兵と起きぬけの修羅族とが追う。そんな彼らよりも一足早く柱に到着するトリスティア。しかし、トリステイア得意の『流星キック』だけでは、堅牢な柱はびくともしなかった。
『やっぱり一発じゃ無理か……』
 そのトリスティアの肩が、修羅族につかみ上げられる。
「キーヒヒヒヒヒ! こんなとこでおめェに会えるたぁなァ! 今度はすぐに殺してやるゼ!!」
 トリスティアの肩にかかる強烈な圧力。トリスティアは、まだ自由のきく左手で熱線銃のトリガーを引いた。
「ギィヤァアアア!!」
 修羅族の悲鳴にあわせて、トリスティアの体がほおり投げられる。そのまま煙玉の煙幕に隠れながらトリスティアが神殿から走り出す。
『……右肩の骨が……折れてる……このままじゃまた捕まってしまう!』
 そして逃げながらもトリスティアは、心有るムーア兵に向けて叫ぶ
「ただ黙って支配や略奪を受けるくらいなら、みんなで力を合わせて侵略者に立ち向かおう! もちろん、ボクはまだ戦う!」
 決起を呼びかける言葉を残して、トリスティアは混乱する神殿を脱出していた。

続ける