ムーア宮殿より 少年夢魔の焼失にあわせて、一つの変化が起ころうとしていた。その変化に誰よりも早く気づく位置にいたのは、長めの銀髪をポニーテールにした乙女エルウィック・スターナだった。 背中に大きな傷を持つエルウィックは、常にムーアを統べる亜由香と共に過ごし、今の状況が亜由香の望んでいる状況から少しずつずれているということに感づき始めていた。さらに亜由香がどこか不安定になっているのではと気にしていたのだ。 「何とかもう一度上級魔族より優位に立てる手段を考えてみない? このままじゃ、亜由香のムーアが上級魔族に乗っ取られるんじゃないかな」 「……優位? ふふ。わたしが、あの魔族より優位なのはこの君主マハがいてくれるからかしら? 力では比べようもないわ……」 亜由香の傍らにある腐臭を放つ物体。かつては最高の神官でもあったという東トーバ君主マハ。今は異形の者と成り果てた姿を亜由香が愛しげになでる。 「ふふ。この君主マハは、わたしをムーアに導いた者でもあるのよ。このムーアに、わたしの理想世界を作ろうと思っていたのに……あの魔族は、ムーアの都市や街を……」 亜由香の言葉に、エルウィックが聞く。 「じゃ、亜由香はこのムーアをどんな世界にしたかったの? ほんとの望みって何?」 「それは…………」 亜由香がエルウィックの問いに応えようとした時、亜由香の奥で何かの鎖が切れる音が響く。 「ああ! 夢魔が!! わたしが……わたしで……いられなく……!!」 突然顔色が変わり暴れだす亜由香。その亜由香をとっさになだめようとするエルウィック。そんな彼らの前に、上級魔族だという男が現れる。この宮殿の門だというギムルと呼ぶ魔を連れた魔族が、亜由香の様子に納得してエルウィックを見やる。 「……やはり、というべきか。……そこの小娘。エルウィックと言う、か……。おまえに選択させてやろう……亜由香はこのままがよいか、本来の亜由香がよいか……選ぶのはおまえだ……」 混沌としたムーア世界。 その世界を統べていたはずの亜由香。その世界は、ムーア世界に現れた上級魔族によって勢力バランスが崩れつつあった。そして少年夢魔の焼失と共に、何故か変調をきたした亜由香。その亜由香を本来の姿に戻すかどうかの選択を、上級魔族は一人の異世界人エルウィック・スターナに選ばせようとしていた。 |
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