アマラカンへの遠い旅路

 降伏前に東トーバを脱出した東トーバ降伏前に脱出した者たち。別行動をする異世界人をのぞき、680名の民と105名の神官とで動く本隊。北方の山岳地帯アマラカンを目指す本隊の進路には、修羅族の肩に乗った一人の乙女リュリュミアが立ちふさがったのだ。すでに76名の村人を捕らえたリュリュミアが交渉を呼びかける。
「神官さんが何人居るか判らないけどぉ、神官さん一人につき二人返しますよぉ。あ、神官長さんも忘れずに返してくださいねぇ。神官長さんを返してくれるんだったらぁ、こっちは五人返してもいいですよぉ」
 50名のムーア兵と、一体の修羅族とを従えるリュリュミア。リュリュミアからの提案に、背中に黒いコウモリ型の翼を持つ異世界の少女リューナが息を一つつく。
「とりあえず、神官と村人達に危害を加えるつもりはないみたいね……亜由香の命令だからだろうけど。この交渉には応じてみてもいいんじゃない?」
 そのリューナと同意見であったのは、異世界人の乙女たちだった。青系のドレス姿をしたアクア・マナと、水色の仕官服姿のリリエル・オーガナである。
「避難民という人質を取られている今、主導権は彼方に有る訳ですので、此方から積極的に動けない以上、ここは相手の要求をひとまず飲む事にするしかありませんね〜」
「とにかく、このまま押し問答しているよりは相手の要求飲んで、一時的にでも退いてもらった方が良いと思うわ。唯一の救いの点はリュリュミアが神官が何人いるか知らない点ね。冷酷な言い方をすると……テキトーな人数の神官をリュリュミアに同伴させてリュリュミアがアユカの所におとなしく戻ってる間にアマラカンまで行ってその間に避難民をアマラカンに非難させちゃうって方法ね」
 捕まった避難民達の身の安全と、残った民のアマラカン行を優先する異世界人たち。その意見をアクアが神官たちに伝えると、神官長補佐役のルニエが快諾する。
「なるほどの。貴公らには世話になり続けよの。まずは私を交換の一人に入れてもらえぬか。私以外の神官は希望者を募り、対象者を絞るゆえ」
 神官の選定はルニエに任せ、リュリュミア対策を進める異世界人たち。一方、民に扮した神官長ラハもひっそりと異世界人に意志を伝える。
「……わたくしも皆様のご意見ごもっともと思います。交換対象のわたくしが行けば選定する人数は少なくてすみましょう」
 そんなラハを止めたのは、リューナであった。
「ラハはやはり身分を隠したまま避難民本隊に残ってもらった方がいいわ。できれば、ルニエにも残ってもらいたいくらいくらいよ。じゃないと、いざという時、誰が神官をまとめるの?」
 神官たちを引き渡すにしても、ラハの代わりに神官の誰かを表面上の“神官長代理”に任命して引き渡す算段もあったリューナである。そのリューナに、神官長ラハは応える。
「……その通りでございました……ただやはりあちらにルニエが行かねば、神官はまとまりますまい……」
 そして、鮮やかな姿をしたリューナの姿を眩しげに見る神官長ラハは言った。
「リューナ様。リューナ様に火術を説いていただきました神官22名。彼らは、わたくしよりもリューナ様を信頼されております……いざという時は、彼らもお役に立ちましょう」

 人質交換に応じることにした東トーバ脱出組み本隊。その相談の最中に、若草色のワンピース姿のリュリュミアが呼びかける。
「どおしたんですかぁ? 素直に交渉に応じてくれたらぁ、何人かおまけして返してもいいですよぉ。子供は二人で大人一人分とかぁ。でもあんまり細かくすると計算が面倒かなぁ。神官さんが20〜30人くらい来てくれたらちょうどいいんですよねぇ」
 リュリュミアの提示する人数設定に、気をよくしたのはリューナだった。
「あら? それくらいでいいの? 戻れる神官はそんなに居なくて困ってたのよ」
 そして、アクアとの連携作戦準備に費やす時を稼ぐつもりのリリエルも言う。
「そうよね。話の通りに行くと38人以上の神官をそっちに渡すしか無いものね。神官長ラハって、あたしはよく知らないけど、こっちに来る前に聞いた話だと事故死したらしいし」
 リリエルがもたらす“神官長ラハの事故死”説。それを聞いたリュリュミアが驚きの声を上げる。
「えぇそうなんですかぁ?? 神官長さんは死んでしまったんですかぁ?」
 短い間とはいえ、しばし旅を共にしたラハをリュリュミアは嫌いではなかったらしい。
「でも死んじゃったらしょうがないですよねぇ。でも、こっちは50人しかいませんからぁ、大勢連れて帰るのは大変なんですよねぇ……じゃあ、20人でいいですよぉ。えーとそぉするとぉ、76人が20人だからぁ、神官一人とぉ」
 指折り数えて考え出すリュリュミア。そんなリュリュミアに、金色の髪をツインテールにしたリリエルが微笑む。
『アクア潜入用意の時間稼ぎに、混乱するよーな政治用語とか法律用語とか混ぜてみるつもりだったけど、その必要はなかったみたいね』
 割り切れない数字に混乱しきったリュリュミアが、ようやく交換方法を決める。
「それじゃ、20人の神官さんと76人の村人をせーの!で交換しましょうぅ。でもぉ、嘘ついて神官じゃない人と交換したりぃ、みんなで逃げるとか言って攻撃してきたりしたらぁ、リュリュミアも怒っちゃいますよぉ」
 本気のリュリュミアを警戒しつつ、神官装束に身を包み、なおかつ化粧や髪型を変えるなど用意を整えたアクアは言う。
「お待たせしました〜。私が神官の中に紛れて修羅の下へ行く事で、いずれ修羅達の隙を突いて神官達を脱出・誘導する事が可能になると思います〜。また、神官達が返還された時に修羅達がリュリュアさんを最早用済みと見なして襲ってきた場合に、リュリュミアさんを身体を張って護ることもできます〜」
 こうして人数のみを確認しての人質交換は行われたのだった。


 ムーア宮殿への帰還

 人質交換に際して、リューナの助言を得た神官たちは、亜由香や魔族から逃れるために旅をしている事や亜由香陣営に下りたくない理由を声高に主張していた。けれど、この主張に対しては、リュリュミアは確固たる意志でもって退けていた。
「えぇぇ?? みんな亜由香の悪口ばかり言うけどぉ、それじゃぁ話をしましょうって言っても逃げるばかりでぇ、亜由香と直接話をしようって人はいないじゃないですかぁ。東トーバに残してきた人たちが大変な目に遭わされるって言ってるけどぉ、自分たちだけ逃げられて無事ならいいんじゃないですかぁ。みんなズルくて嘘つきで乱暴で弱虫毛虫ですぅ。神官さんたちも嘘つきで乱暴者なんですかぁ? 幻滅ですぅ」
 弱虫と言われてしまった神官は、己の過去を顧みて誰もが口を閉じる。その渦中に身を置いたアクアやルニエもまたしばしの沈黙を守ることに決めていた。

 ムーア宮殿への道程。その道中、まずは北方最大の軍事都市ゼネンへ補給も兼ねて立ち寄る一行。その途中でリュリュミアを肩に乗せて従っていた一体の修羅族が豹変してしまう。
「ええええぇぇえ? 一体どおしたんですかぁ?」
 本来の粗暴な本性を剥き出しにして暴れる修羅族。その理由は、リュリュミアにはまだわからなかった。


アマラカンのふもとへ

 リリエルとリューナとが先導する東トーバ脱出組本隊。680名の民と、神官長を含めて87名の神官とで動く一行。厳しい寒さはリューナの教えた火術で暖を取り、神官が育てる食料での自給自足での進軍が続く。やがて到着する北方の街キソロ。石と氷に埋もれた街に到着するなり、疲労で倒れる神官と民たち。
 そんな彼らの様子をうかがう者たちが、キソロの街にいたという。

続ける