東トーバ〜夢魔との決戦

 東トーバの夜は暗い。生気が消え、明かりの灯らなくなった家々。
 それでもかつての神官たちの力によって豊かな実りを続ける畑の風景だけが、星明りの下に映る。その畑が一際くっきりと現れる場所に少年夢魔は浮いていた。
「へぇ、挑発しているんだ?」
 燃える炎の片羽を持つ夢魔。少年体の夢魔がラティールの頭上に現れる。その夢魔に向かってラティールが名乗りを上げる。
「あたしはラティール。純粋に武人として強者であるキミに挑みたいだけだよ」
 先にはトリスティア救出を優先し、夢魔に背を向けてしまったラティール。その悔しさを少しでも早く払拭したかったのだ。あくまで剣で勝負したいラティールは、夢魔に向かって“無銘の名刀”を構える。
「あたしはもう逃げも隠れもしない。正面から勝負願いたいね!」
 特に策も用意せず真っ向勝負を持ちかけるラティールに、夢魔が肩をすくめて翼の炎を剣の形に燃え上がらせてみせる。
「剣、ってこんな形のヤツ?」
 その炎の剣を自分の手に取るように見せかけた少年夢魔が、いきなり炎の形を崩してラティールに投げつけたのだ。
「何!?」
「くくく、そんな手に乗るって思ったかい? 異世界人てのは面白いね、まったく!」
 炎の塊を翼から切り離して続けざまに投げつけてくる少年夢魔。
「おまえは夢魔の夢は見ない力を得たみたいだからね。燃えて死ぬがいいよ!」
 夢魔からの攻撃をかわすラティール。しかし、その数発は確実にラティールの翼を燃やす。
「くぅっ!」
 熱さと痛みに顔をしかめるラティール。その翼に微かな冷気が触れたと思った瞬間、聞き覚えのある声が遠くで響いているのを感じていた。
 微かな冷気を触れさせたのはトリスティア。
「ラティールに先をこされちゃったけど、ボクもこっちから攻め込むつもりだったよ!」
 身軽さと空中を飛べる翼を生かして、冷気を操る手でラティールの翼に触れたのだ。そのまま身をひるがえしてラティールから離れるトリスティアに続いて、夢魔への直接攻撃に出たのはフレアであった。
「ボクもね! 襲撃してくるなら返り討ちにするよ!」
 背にした『バーナーロケット』の高加速高機動性を駆使して、少年夢魔へ強襲したのだ。とっさの精神攻撃にも備えて、『精神防御壁』を前面展開するフレア。その手には、炎をまとった『炎帝剣』が握られる。生まれ育ったフレース国では騎士であるフレア。その超巨大な両手剣が、少年夢魔の放つ炎弾を突き抜けて体に突き刺さる。
「なんとしてもここで倒してみせるよ!」
「がっはっ!? この炎……はっ!?」
 夢魔の操る炎とは質の違う、炎熱系魔力を持つ『炎帝剣・改』の炎。二つの炎が、東トーバの夜空を赤々と燃やす。続いて闇を焼く熱線が夢魔に向かって連射されたのだ。
「ならば、この熱はどう!」
 多少の距離を保って放たれるトリスティアの『熱線銃』。フレアの炎とトリスティアの熱線、二つの熱に焼かれた夢魔の体が、ゆっくりと融解してゆく。
“……ふうん……ここまでか……残念ではあるかな。……またいつか……会える時が楽しみだね。その時は、本当の……が殺してあげるよ…………”
 そして底冷えのする思念が最後に辺りに漂い、少年夢魔の体は燃えつきていた。

 少年夢魔の消えた東トーバ。
 東トーバ周辺の人々の顔には生気が戻りつつある。
 しかし修羅族はもとの権力を振りかざし、ムーア兵の略奪は止まらない。
 神官のいなくなった東トーバの民を守る者は、まだいない。

続ける