西ゴーテにて
東トーバより通常は3ヶ月かかるという西ゴーテ。
この鋼鉄に被われた大地に漁船を無事着岸させたリリエルとアクア・マナであった。その二人の乗る漁船上空に現われたのは夢魔の少年。少年は、背中に燃える炎の翼を一際大きくうならせて船への攻撃を開始した。
「この船はどれくらい持つかな?」
襲いくる炎の塊。その攻撃を海水の皮膜で無力化したのはアクアの魔術であった。
「幸い周囲は海ですから、水氷魔法のマテリアルには事欠きません~」
腰まで届く金の髪を持つアクア。5本に束ねた髪が、両側こめかみから、うなじから海風に浮き上がる。
「せめてトリスティアさんとリューナさんが帰還するまで、持ちこたえてみせます~!」
この時、漁船に現われたのは『バウム』のウェイトレス、ロロ。帰還を薦めに現われたロロに、きっぱりと言ったのはリリエルだった。
「今はそれどころじゃないのよね! んー、『バウム』? なら、非戦闘員の乗組員たちをそっちに避難させてくれるかしら」
リリエルの対処はアクアの意でもあった。しかし彼らの要請を受けて、ウェイトレス姿のロロが困惑する。
「……ロロだけでは無理ですね」
「わかったわ。あたしも協力すればできるかしら? あたしも『精神防御壁』が使えるようになってるし、今はブラスターのエネルギーに集中しているフェアリーフォースはもともと精神を利用する超能力なのよね」
この言葉に、ロロが頷いていた。やがてリリエルの指示で集まる乗組員たち。彼らの動きを軍人であるリリエルが統率する。
「いい? この場に扉が現われるわ。とにかく今は、その扉に入ってみたいと集中して」
「……開きます」
ロロの言葉と同時に現われる赤い色をした扉。取っ手を握る事のできない扉が開かれる時、リリエルはとてつもない重圧が自分にかかるのを感じる。
「か、はっ。これって……凄い気圧……宇宙の飛行訓練以上よ」
そんなリリエルが隣のロロを見ると、その額には冷たい汗が浮かんでいた。
西ゴーテ中枢より
西ゴーテに使者と認められたトリスティアとリューナ。ムーア崩壊を憂える二人は、地下の中枢部分で、武器の選択を委ねられていた。
「じゃ、ボクは熱線銃かな。もともと自分は、飛び道具で的確に的を狙うのが得意だから」
快活に言ったのは、13歳ほどに見える少女トリスティア。トリスティアは、機械群の一つから運ばれて来る銃を受け取ると、稼動する機械の一つが動きを止めた。
「え? 何? どうしてかな」
銃を手に馴染ませながら、狙いを定めてみていたトリスティアがリューナを見やる。
「……エルギー源を銃に移したからかもしれないわ。残念だけど、これじゃ仲間の武器まではお願いできないみたいね」
“……ソウ、エネルギー源ハ最後ニ我々ニ残サレタモノ……永久電池……本体ガ壊レヌ限リ使用デキル……”
機械からの回答に、リューナが納得して言った。
「じゃ、わたしは音波発生装置をいただくわ。いい?」
リューナの希望通りに、装置が運ばれて来る。背中に黒いコウモリ型の翼を持つリューナでも、持ち運んで使うには少々難のある装置であった。
「衝撃波砲も便利そうだったけど、とにかく安定させた場所で使えばいいのよね」
そんな二人が地上の窮状を知るのは、この後であった。
漁船炎上
「くくく、守ってばっかりだと大変だね」
縦横無尽に走る炎の塊。それらはことごとくアクアの作り出す海水の壁に阻まれるのだが、余裕の少年夢魔が笑う。
「きっと……戻って来ますから~」
リリエルが乗組員を『バウム』へと避難させる間、一人船を守るアクア。この時、夢魔の頭上に白煙が上がった。
「何だ!?」
驚く少年夢魔の死角から、自分の翼に何かが突き刺さるのを感じる。
「僕の翼は炎だよ。突き刺さるわけが……」
翼の火力を上げて突き刺さったものを振り払おうとする夢魔。しかし、そこから凍りつく翼を確認した時、膨大なエネルギーが夢魔に到達する。
「小賢しい!!」
瞬間、凍った片翼を切り離し、一度きりもみ状態で海へ落下する少年夢魔。その夢魔に向かって、紅い翼をはばたかせて飛びついていったのはアクアだった。
「お待たせ! 今、夢魔に飛びついたのはもしかしてアクア?」
先陣をきって船にやって来たのは、半袖パーカー姿の少女トリスティア。トリスティアが少年夢魔に煙玉を投げつけ、コールドナイフで動きを封じ、さらにはフルチャージ・リミッターカットで威力最大にした熱線銃を放ったのだ。トリスティアが、煙の中から船に飛び込むのに続いて、
「リリエルはいる? わたしも、この装置で海中に飛び込んだアクアを応援できるといいのだけど!」
と、飛び込んだのは黒い蝙蝠翼のリューナ。その腕には、西ゴーテよりの装置が抱えられていた。そこへ、扉から真っ青な顔で現われたのはリリエルだった。
「……何とか……みんな戻れたようね……ちょっとダメージが大きすぎてこれ以上あたしも戦えないのが残念だわ……」
それでもアクアを応援するべく対物質検索機で、リューナの持ち帰った装置を調べるリリエル。
「……予想通りね……この装置から発生する音波は精神に作用する効果があるわ……今まで発生させていた周波数は……夢魔に効果があるってわけね……あとは……世界の安定にも効果有り……?」
時空間の振動が、このムーア世界に与える膨大なエネルギー。その振動に一定の雑音を混ぜる事で、意図的に起こされる振動を無効にする効果もあったのだ。
「なるほど……亜由香や夢魔が警戒するわけね……」
この後、気を失った少年夢魔を抱えたアクアが船に戻る事となる。
「ちょっとてこづりましたけど、何とかなりました~」
裾のひろがる水色のワンピースをふくよかな姿態にはりつかせたアクアがにっこりと笑う。アクアは、落下する夢魔をつかまえたまま海中深く潜っていったのだ。そのアクアは、自分の世界にあるという『潜息珠』を口にふくみ、その効果が切れるまで潜ったのである。
少年夢魔の方は、意識がないと炎の翼は現われないようである。この間に、アクアたちは厳重に少年を拘束したのだった。
しかし未だ余裕を見せる夢魔少年の瞳は再び開かれてしまう。
「……いつまでも遊んでると亜由香に怒られるかもしれないからね……」
それほど亜由香を恐れる風もない夢魔は言う。
「この片羽のお礼も、しなくてはいけなだろう?」
瞬間、拘束具を高温で溶かした少年が飛び上がる。しかし少年夢魔の片羽の中央からは、新たな炎はもう生まれることはなかった。不安定な飛行でバランスを取る少年が笑う。
「だから、まず船は沈めさせてもらうよ! お前たちをいぶり殺すのはそれからだよ」
拘束された場所からより船の中心へと炎の筋を走らせた少年。木製の船が内部から燃え上がる時、再び『紅色の扉』は開かれていた。
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