東トーバ神殿

 君主マハを奪われ、降伏を覚悟した東トーバ。
 未だ重い空気に包まれる東トーバ神殿。そこに、帰還を薦めに現われた者がいた。白いシャツに蝶ネクタイ姿で現われたのは『バウム』のウェイター、レレだった。
「遅くなってすまん、自分の世界に帰ろうぜ! ムーアはこれ以上はもう……ダメだろう……」
 現われたレレの言葉に、一番にくってかかったのは青い髪の少女だった。
「……なっ、何言ってるの!? トーバの人見捨てて自分だけ安全な世界に戻れってーの!? 冗談・・・あたしは帰らないよ。ぜーたい、ヤダ」
 頬をふくらませてそっぽを向いた少女の名は、リク。かつてはロロと共に『紅の扉』を通った異世界からの来訪者である。そのリクの肩を叩いて頷いたのは、これまで東トーバを共に守って来たディックである。
「これからって時に自分だけのこのこ帰るわけいかねぇじゃねーか」
「まぁ、そうなんだけどな」
 二人に言われて頭をかくレレに、落ち着いた物腰の少年ユヅキ・トリアス・チルチルモォスが声をかけた。
「いろいろ事情がありそうです。理由を教えていただけますか?」
 ユヅキに促されて、レレが重い口を開く。
「……この東トーバってところの君主、マハが意思を無くしたらしい……世界を閉じる力の要が、この世界から失われたんだと考えてくれ。しかも魔物を呼び込む媒体に変化している可能性もあるらしい……」
 もともと人心の荒廃していたムーア。他世界からの影響を受けやすい世界であったのだ。
「俺たちは、この世界から魔物が他の世界に飛び出さない為に、もう扉を開く事はできなくなるんだ……これが最後の機会なんだよ」
 静かな滅びの足跡を感じていた神官たちも、レレの言葉を真剣に受け止め始める。君主マハが奪われた時から覚悟を決めた神官たちは、異世界の者たちを元の世界へ還す必要を考え始めたのである。そこへ、強い決心のもと舌を出したのはリクだった。
「ベー……だ、ふーんだロロには挨拶の抱きつきしてやんなーい。あたし、ムーアのことは見捨てたりしない」
 一方、ディックはこの非常事態に一つの考えをまとめ始める。
「……ん、まあどうしても連れて帰るっていうんだったら、もう少し待ってくれよ。……やっぱ、ここで帰ったらばっちゃんに見せる顔ねーよ」
 苦笑するディックがリクとユヅキとを見る。
「リクも落ち着いてくれ。俺はやっぱり行動してみたいって思ってんだけどよ……ユヅキはどうよ?」
 ディックの言葉にユヅキも頷く。
「そうですね。僕は私人として、力になりたい。チルチルモォス大使としても、出来ることを探してみたいです。何よりもまず東トーバの皆が生き残る事。それこそが大事だと僕は思いますから……それには」
 ユヅキが、『バウム』のウェイターレレを見る。
「『バウム』の協力も必要だと思います。……できるものでしょうか?」
 ユヅキの案を聞いたレレが、肩をすくめて困ったように笑った。



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