混迷の東トーバ
君主マハを失った東トーバ。
神官たちの多くは絶望感に襲われ、防御壁の維持もできぬ状態となってしまっていた。その中を持ち前の俊足で駆け抜ける青い髪の少女がいた。もちろん、その間出会ったすべての者に抱きついてゆく少女の名はリク。今もバリアを作りつづける神殿の間に行ったリクは、端から抱きつきながら、神官長ラハからの伝言を伝えたのだ。
「君主マハ奪還に向かった冒険者がいるから大丈夫、落ち着いてね! 君主マハの不在中は、神官長ラハが代行するんだって! だから、お祝いをしよう!」
リクの言葉で崩壊寸前のトーバは、かろうじてバリアを維持する事に成功する。もし、バリアが壊れていたら……東トーバは魔物と人との襲撃に一瞬にして壊滅していた事だろう。リクは、その窮地を俊足で救った異世界の者であった。
君主マハの救出。
その意志と作戦とを明確に提示したのは異世界の軍人、鷲塚拓哉(わしづかたくや)であった。先の陽動によって一度バリアの外に出た拓哉は、自体を把握すると神官長ラハに自分の奪還作戦を示したのだ。それを神官長ラハと共に確認したのは、君主マハの近侍ディックであった。
「名案だな! 俺は、神官長ラハが君主マハの代行を提案しようと思っていたんだ。その案を実行してくれるなら、その間、東トーバの維持くらいできるよな」
神官長ラハの背中を叩いて笑うディック。そこへ皆に抱きついたのは、リクであった。
「何、何? 元気づけようとして来たけど、面白い話?」
そのリクに抱きつかれた神官長ラハの顔に笑顔が戻る。
「娘と同じ年頃のリク様には、いつも助けられます……ディック様の代行の案、及ばずながら受けさせていただきましょう。そして拓哉様、大変な事をお願い致しまして申し訳ありませんが……君主マハをよろしくお願い致します」
そして、神官長ラハは拓哉に深く頭を垂れる。
「もし君主マハの戻られない時は、東トーバは降伏してもかまいません……どうか御身を大切に……」
神官長ラハは、東トーバの限界を見極めていた。
《亜由香》のいるというムーア宮殿に一人旅立つ拓哉。その拓哉を抱きつきで送り出すのはリク。握手で送り出すのはディックだった。
「なんだか大変そうだけど頑張ってね! これは元気のでる挨拶だよ!!」
「とにかく、その間、東トーバはこっちも守っていられるように頑張るよ」
この後ディックとリクとは、東トーバを内側から守るべく、腕によりをかけて宴会の準備を始めていた。
「俺の生まれた世界ではお祭りがよくあったんだ。そこでは色々楽器を使って皆で踊っていたんだけど。リクの世界は?」
「あ、あるある! リズムはこんなカンジ!」
警戒なリズムを刻むリク。その横で頷いたディックが言う。
「俺の世界では弦楽器が主だったよ。うーん、ここじゃ楽器の材料も手作りで調達しないといけないよな。……宴会で踊ってもらえれば気も晴れると思うんだが」
けれど有り合せの材料で用意された異世界の心づくしの祝い膳に、集まった神官たちはしばしの休息を得る。けれどその時間が長くはない事に神官自身も気づき始めていた。
未だ重い空気に包まれる東トーバ神殿。
その神殿に、帰還を薦めに現われたのは『バウム』のウェイター、レレだった。
「遅くなってすまん、ここはとにかく自分の世界に帰った方がいいぜ! ムーアはこれ以上はもう……ダメだろう……」
レレの言葉に神官の誰もが頷き、静かな滅びの足跡からディックとリクとを遠ざけようとしていた。
異世界の者たちが選ぶ結末。
それはまだわからない。
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