東トーバ神殿にて

セピア色の神殿の中、気合を入れる声が響く。
「はぁっ!!」
声の主は、異世界から訪れた少女リクのものだった。リクは、このムーア世界でまだ不慣れな体を慣らすべく、
特訓をしていたのである。その周囲には、神官のいく人かが囲む。彼らはリクと“抱きつき挨拶”を交わした後、“バリアを応用した技『精神防護壁』をさらに応用して必殺技を編み出したい”というリクに協力していたのであった。
「ふむぅ!」
バリアの清き光が、リクの掌に集まっていた。
超精神力で維持される東トーバ。
その中でも『精神防護壁』は、個人の精神力で自然に働きかけ守りの力に変換するものであった。リクに詳しく原理を教えたのは、リクを囲む神官の一人であった。
「東トーバのバリアは、皆さんから集めた精神力をまとめて変換させていただいています。
それを個人の防御に使うには、一度自然へと開いた力の流れを、個人の精神が感じ取る事で応用できます」
 リクが守りたいと思った力の流れてゆく方向。その方向からは、確かに暖かな力の流れがある事をリクは感じる。そのリクに、厳しげな顔をした別の神官は言った。
「力を感じるか。その力の流れを、守りたい方向に集めるのだ。壁の大きさや方向は、個人の集中力に左右される。当然ながら、力を導くのは精神力。防御壁を作る時、迷いこそ厳禁なのだ」
 バリアを形作る力の原理を100%理解したリク。そのリクは、格闘家としてもっとも使いやすいバリアを使った必殺技「真・精神防護壁」を完成させていた。それは、バリアを自分の体に纏って戦い、より強力な敵の一撃に対しては手にバリアを集中させて対抗するというものだった。
「よし!! 完成!」
神官たちの中心で拳を上げるリク。そのリクの姿を見つけて声をかける者がいた。
「必殺技の習得ですか? 大したものですね。失礼。僕は、ユヅキ・トリアス・チルチルモォスと申します。」
 すでに神殿のバリアに協力してきたユヅキ。少々の疲れはあるもののにっこりと笑顔を見せるユズキに、リクが飛びついてゆく。
「始めまして〜! あたしは、リク。よろしく!」
 この世界に来てから力が制限されたとはいえ、力持ちのリクに『へへー、挨拶挨拶♪』とユズキが抱きつかれる。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
 そんな二人の挨拶する姿を目にとめて、神官長ラハも微笑んで立ち止まる。
「リク様のおかげで、この神殿も随分なごやかになりました。お礼を申します」
「へへー、そっかな?」
薄紫の長衣をまとった50代頃の神官長ラハにも抱きついて挨拶するリク。リクの存在は、もはや神殿になくてはならない清涼剤的な存在となっていたのだ。そのリクに、感謝の言葉を告げた神官長ラハは、ユズキに振り返る。
「君主マハが、ユズキ様にお会いになるそうです。お疲れのところを申し訳ございませんが、まずはこちらへ」
 君主マハの居室へとユズキを案内する神官長ラハ。その二人を見送って、リクは重量挙げへと特訓の幅を広げていた。

 神殿の奥へと進む中、神官長ラハは言った。
「先にいただきました“お菓子”というものは大変美味なるものでした。この菓子の持つ不思議な力で、君主マハもお元気になられるとよいのですが……」
「僕の能力がお役に立つのならば」
 甘味を空間から抽出できる能力を持つユヅキ。その疲れが頂点となる前に、君主マハに会えるという事はユヅキにとってまたとない機会であった。


神殿の中庭。

かつて、君主マハ自身が亜由香を呼び出した事を知ったのは、異世界から来た青年ディックであった。その事実を知った時、ディックはまず君主マハに告げたのだ。
「そっか。なら、亜由香を呼び出してくれてありがとう」
ディックの感謝の言葉に、自責の思いに捕らわれていた君主マハが目を見開く。
「……何故じゃ……」
「君主マハが亜由香を呼び出さなかったら、俺は亜由香に呼ばれてこの世界に来れなかったし・・・この世界に住んでいる人や植物、またトーバの人々とも会えなかったしな」
 今は小さく見える老人に、ディックが笑いかける。
「この出会いをくれた君主マハに、感謝してるよ」
 君主の自責の思いが少しでも軽くなってくれるようと願いつつ、ディックは言った。
「……そうかの……」
 デックの言葉で、己の罪が幾万分の一かは許された気になった君主マハ。
「……じゃが……罪は罪じゃ」
 自戒の思いは消えないものの、ディックと共に“茶”を楽しむ時間を己に許し始めていた。
 このお茶の時間に、ユヅキが加わる事となるのはこの後の事であった。
「お、始めまして! この世界でお茶請け付きで飲めるお茶ってのも、何だか不思議な気がするよ」
 ディックの歓迎を受けたユヅキ
「僕もそう思いますよ。お菓子自体がムーアにないというのも、驚きですね」
「確かにな。まあ、そこまで余裕がないせいなのかなぁ」
 ディックの言葉にユヅキが頷き、のどかなお茶会は始まっていた。
「チルチルモォスというのは、僕の住んでいる星で…」
 ユヅキの作る甘いお菓子と会話とで、君主マハの表情が微かに緩む。そのユヅキとディックとが会話の中で《亜由香》の話に持って行きかけると、君主マハは頑なになりつつも少しづつ事実を告げていたのだった。


東トーバ神殿にて

異世界の軍人、鷲塚拓哉(わしづかたくや)もまた東トーバに協力する者の一人である。
「俺は艦隊の誓いに縛られているから、世界規模に関わりそうな事態の場合、こちらから自発的に助けられない」
 という拓也。彼は、神官長ラハの依頼を受けてこのトーバに留まることとなっていた。
 この神殿に留まった拓也は、直接会えない君主マハへの疑問を、ユヅキを通じて確認していた。
 ユヅキは、君主マハが“何故 亜由香を呼び込んだのか”という疑問を自分なりの結論として得ていた。
「君主マハは、お一人で世界を統べる事に確固たる自信がなかったようですね。……だからこそ頼るべき者を探してしまったのでしょう……それが亜由香であったのかもしれません」
 そして、ユヅキと拓也の疑問、《亜由香》が何故この凶行を行うのかに行き着く。
「亜由香の凶行の理由は……わかりません。何故反目したのかといえば、亜由香ははじめから魔物使いとしてムーアにとって邪な存在だった為のようです」
 亜由香の正体を知らずに呼び出してしまったが為に、君主マハは自戒しているのだろうとユヅキは言った。
「ただ、君主マハの持つ力というのは、確かに大きいようですがお一人で世界の壁を開くほどの力を持っているというわけではないようです。ディックさんが、君主マハに“亜由香を呼んだように、亜由香を元の世界に送り出させる力があるか”を聞いたのですが、“できない”という事でした……もしかしたら《亜由香》を呼び出した時には、他に協力した者がいたのかもしれませんね……」
 ユヅキの話を聞き終えて、拓也がうなる。
「なるほど。もし《亜由香》が豹変した者であるなら、そのきっかけとなった地を調べるつもりでいたが……その必要はないようだな」
 拓也の力が必要となるのは、まだ少し先のようであった。

続ける