連れ去られた者たちが着いた先は、ムーア宮殿。
宮殿の周囲では、《亜由香》の帰還と、新たに現れた英雄を歓迎する声で満ちていた。
“ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい!!”
湧き上がる声の中、《亜由香》が自分に振り返る。
「ふふふ。驚いた?」
そして、この世界での権威ある地位を約束する。
「あなたも今日からムーア貴族の一人よ」
けれども、状況がつかめていない“有能なる者”は、《亜由香》や観衆の声に舞い上がることはなかった。
状況の把握こそ先決であると考えていたのだ。
その深慮さを持つ者こそ、《亜由香》の望む者であった。
「うふふ。その度胸。気に入ったわ」
そして《亜由香》は、宮殿に控えていた者を呼んだ。
「書記官ヨハネ」
《亜由香》の声に、柱の影から無表情の男が現れる。
その手には、大きな書物と何かを書き記す筆とが握られていた。
《亜由香》は、ヨハネと呼んだ男に言う。
「この人にムーアの事を教えてあげて」
《亜由香》の声に、書記官ヨハネは抑揚のない声で語り始める。
……ムーア。
戦火の絶える事のない地。
今は、《亜由香》様が統べる地。
されど今も従う事をよしとせぬ叛徒は各地に有り。
西のゴーテ。
機械を得意とする文明のぬけがら。
東のトーバ。
精神文明、特に超自然の力で成る文明。
書記官ヨハネの言葉を聞き終えた《亜由香》が肩をすくめる。
「そう。今は、東のトーバがいまいましい存在なのよ。
トーバの君主マハを中心に、神官たちが超精神力を結集してバリアを張っているの。
バリアを突破したとしても、神官たちは手強いのよ。
幻覚術は確実に使って来るでしょうね」
これまで幾度も東トーバのバリアを越えられないでいた《亜由香》。
だからこそ、《亜由香》には“有能なる者”が必要だったのである。
「あなたの戦い方を教えてくれるかしら? 戦法によっては、あなたに指揮を取っていただくわ」
この言葉に、“有能なる者”は《亜由香》の持つ戦力を確認する。
「そうね。『人』ならいくらでも使っていいわ」
それだけではバリアを破れない事を知っている《亜由香》は、使える魔のいくつかを伝えた。
「魔は、まだ吸血蝙蝠、雷を放つ蛍、火炎鳥……それと夢魔しか呼べていないの」
この言葉を聞いた“有能なる者”は気づくだろう。
人と魔。
それがムーアにおいて共生していたものではないという事を。
「あたしは、他にもあなたのように力のある者を集めるわ」
宮殿を立ち去る《亜由香》は、“有能なる者”に言い残す。
「まずはあなたの意見を聞かせて。書記官が記録させていただくわ」
しかしこの時、《亜由香》に即答して作戦を立てる“有能なる者”は一人としていなかった。
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