別の世界につながるという『紅の扉』。
 一歩中に踏み込むと、どこからか笑い声がする。
「……ふふふ」
 続いて聞こえて来たのは、うめき声だった。
「がはっ!……危ない……気をつけろ!」
 闇の中、危険を知らせる声が続く。
「あ……もう……これ以上は……ロロもレレも……持ちません……。
……気を……つけて……ください……」
 すでに深手を負っているのだろう声は、『バウム』のウェイトレス“ロロ”とウェイター“レレ”のものだった。
 この状況を警戒する者に、笑い声の主は言った。
「ふふふ。そうでなくてはいけないわ」
 声の方向から、自分に向けられる視線を感じる。そして、
「……来たかいがあったかしら?」
 声を和らげた女性の声色が耳をくすぐる。
「あなた、あたしを知っているかしら?」
 この声に“知らない”とそっけなく答える者。
 その者に、紅色の闇の中で女性の笑う声がする。
 声の主にとって、自分に脅威を感じない存在は貴重であったのだ。
「わたしは、亜由香」
 《亜由香》。<あゆか>。
 音の響きは、特定の世界にある東洋的なもの。
 そしてこの名を聞く者には、同時に《亜由香》という文字の『形』が脳裏にイメージされていた。
「わたしは、ムーアと呼ばれる世界を統べる者よ」
 東洋的な《亜由香》の名と、“ムーア”という西洋的な世界。
 両者の間に何があるのか。
 《亜由香》は、有能と判断した者を味方に引き入れるべく言葉をつむいだ。
「あなた、わたしの味方になりなさい。そしてムーアに行くのよ。あなたの力が必要なのよ……」
 そこにどんな意図があるのか。
 この《亜由香》によって、『紅の扉』から多くの者たちが連れ去られたのであった。

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