−西ゴーテへの出立−
東トーバ神殿にてバリアの維持に協力しているアクア・マナ。
くるぶしあたりまで届く長めの青いワンピースに上着をかけた少女。
腰を被うほど豊かな金色の髪を数本に分けてリボンで束ねているのがマナであった。
《亜由香》によってムーア世界に連れ去られた異世界の者の中で、このアクアがムーアの事情に一番詳しい少女である。
その情報とは、ムーア世界を統べる《亜由香》に反攻する、東トーバ・西ゴーテという二つの勢力についてが多くあった。
東トーバは、この西ゴーテに幾度となく使者を送っているがまだ帰って来た者は一人もいないという事。
その東トーバから西ゴーテまで、土地の者が普通に移動すれば3ヶ月ほどかかる場所にある事。
さらには、東トーバ周囲はすべて陸地であり、神殿を囲む城下街だけに神官によるバリアが張られて守られている事。
この東トーバを維持する食料は神殿周辺の農地から。
超自然力を使って神官が植物の生長を早めて収穫している事。 水は豊富な地下水を使っていること。
また神官は、バリアを維持する精神力をも使っているけれども、その疲労は深刻な状態である事などがそれである。
このアクアからもたらされた情報によって、異世界の冒険者たちの多くが協力を決意する。
「う〜ん……ボクもアクアが言うとおり、東トーバと西ゴーテの人たちが協力できたらいいんじゃないかって思うよ。
みんなで助け合えば、どんなに《亜由香》が強くたって、きっと負けないよね!」
アクアの発信する情報に、一番に応えたのは未成年の女の子トリスティアであった。トリスティアは新たに開かれた『紅の扉』を通り、アクアの隣に現れる。
「えっと……それじゃ、せっかく空を飛べるようになったから、魔白翼で西ゴーテまで行ってみるよ」
白い翼を広げて、見慣れない神殿を見渡すトリスティア。
一方、トリスティアの出現に驚いたのは、アクアと共にバリアを張る神官たちであった。
「く、くせ者!?」
バリアの精神力がゆらぐのを抑えて、アクアが説明する。
「くせ者じゃないです〜。東トーバの協力者です〜。私の連絡で、異世界から来てくれたのです〜」
「そうそう! ボク、困ってる人を見捨てておけないから来たんだ!」
アクアの「西ゴーテに援軍を要請したい」という意見に賛成するトリスティアは言う。
「西ゴーテも空を飛んで行けば、普通に歩くより速いし、危ない場所や邪魔する人たちを飛び越えて行けると思うんだけど……どうかな? もちろん、出来る限り隠密行動でね」
と、協力を約束するトリスティアに、神官たちの表情が穏やかになる。
この時、神官長ラハは現れたのであった。
すでに事情を知るらしい神官長ラハは、トリスティアにも目礼する。
「東トーバヘようこそおいでくださいました。遠路をありがとうございます」
その神官長ラハは、アクアに向き直り書状を広げた。
「アクア様。これでよろしいでしょうか? ……異世界の方にもお世話をおかけ致します」
神官長ラハが持ってきたものは、“西ゴーテに参戦を要請する親書”であった。
親書は、神官長ラハ、君主マハの連名付きで書かれている。
その親書を受け取ったアクアが微笑んだ。
「これで安心しました〜。正式な東トーバの使者として、私も出立できます〜」
そして、トリスティアに振り向いたアクアは言う。
「お一人では危険です〜。
東トーバの周囲は《亜由香》陣に包囲され、西ゴーテに向かうにも、途中でそれを捕捉されてしまうのは確実でしょう〜」
西ゴーテへの使者以外にも、亜由香の勢力圏内で協力者を探している神官たち。
その幾人かは、すでにこの世にはいなかったのだ。
「そう考えると、西ゴーテ行きは困難なように思われますが〜
……《亜由香》陣営には、私の双子のフレアが居ます〜。
これを利用しない手はありません〜」
そうしてアクアは、先ず髪型をポニーテールに。
服装は軽装に変えて外見だけでもフレアに成り済ます。
準備を整えた二人は、密かに東トーバのバリアを抜けたのだった。
この二人を送り出す神官長ラハは、バリアを作る精神力を応用した技『精神防御壁』を伝授する。
「この力は、特別なことでない限り異世界では使えませんが。
それと……こちらもお持ちください」
神官長ラハは、道中に必要な金貨を用意していた。
東トーバの周囲は一面の焦土であった。
幾多の戦いで焼けただれた土地。
その一区画だけは《亜由香》陣の包囲が薄くなっていた。
しかも、警備役である『人』は、フレアに変装したアクアの姿に挨拶をしたのである。
「これなら一安心だね」
「フレアが確保してくれたようです〜。まずは一気に港へ向かいましょう〜」
トリスティアに頷いたアクア。
白と紅との翼で飛び立つ二人が、港に着くのはこの二日後。
しかし、西ゴーテに向かう船のない港では、猟師たちの船ばかりが並んでいた。
船で二ヶ月以上かかる西ゴーテへの道中。
この間、眠らずに飛ぶ事は不可能なことだけは、二人にもわかっていた。
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