−東トーバ神殿にて−
戦いの絶えない世界、ムーア。
このムーアを統べる《亜由香》と敵対する一つは、『東トーバ』という精神文明の国であった。
『東トーバ』君主マハの近侍役を頼まれた、青年ディック。
ディックは、神官長ラハの案内で君主マハと出会う事になる。
神殿の奥。
数名の神官に体を支えられて立つ老人。
白い石の床まで届く白髪と髭。
白い長衣からのぞく年輪を刻んだ手は、白木の杖をたずさえていた。
白さにうずもれた中で老人の顔は、一際青白くディックには見えた。
『はっきり言って、そんなに長くないって感じだよな。
元気ないのが一番の原因って感じかな』
《亜由香》が現れた頃、逸早く反攻の意志を示した君主マハ。
しかし君主マハは、神殿のバリアを完成させると同時に今の状態になったのだという。
以降、東トーバ側から《亜由香》への反撃は、すべての神官長ラハの采配であっのだった。
「……君主マハは……わたくしの先代神官長にあたります。
超自然の力を誰よりも上手く引き出し、東トーバ君主となられた後はムーア世界を統べる方だと期待されておりました……」
「ふーん。そんな君主がこんな状態じゃなぁ。いっちょ、側にいてやるか」
この後、幾度か君主と話す機会を持とうとしたディック。
しかし、ディックの語りかける声に、君主マハはただ頷くか、心ここにあらずといった様子であったのだった。
けれど『味方になったからには最後まで全力をつくし助けてやりたい!』と思うディックは諦めなかった。
快い陽射しの差し込む刻。
神殿の中庭に、紅茶の用意をしたのはディックであった。
「……良い香りじゃのう……」
紅茶の放つ独特の香りに、ディックの背後でしわがれた声がする。
ディックが振り返ると、そこには君主マハがいた。
「こりゃ、招待する手間がはぶけたかな。ま、ここに座ってくれよ。俺が育てた茶葉から作ったんだ」
もともと園芸に多くの才を持つディック。
ディックは自分で気づかなかったのだが、お茶を飲む風習のない東トーバに、初めて茶葉を使う飲み物を伝えた者であったのだ。
君主マハもまた、味わった事のない飲み物に舌を喜ばせる。
お茶を楽しむ君主マハの目に、手入れのゆきとどいた緑の中庭が入って来る。
「……この庭は……このように美しかったかのう……」
「わかるかい? 俺が手入れしたんだ。
結構木の枝が伸び放題だったからな。ここの世界と俺の世界とじゃ、植物はそう変わらないみたいだからな」
「ふむ……見事じゃ」
そうしてお茶の効果もあり、久々に心が安らぐ時間を過ごした君主マハ。
その君主マハに、ディックは言った。
「なのに、東トーバの周りは今じゃ焦土だよな。
植物が焼き払われってのは、俺は許せない!
だから対亜由香の対策をいろいろ考えんだぜ」
各種のエキスと棒とで、亜由香に対抗するディック。
「俺の他にも、東トーバの力になろうって奴がこの神殿に集まってるって話だ。心強いよな」
ディック自身も、亜由香に連れ去られた有能な異世界からの来訪者である。
そのディックは真剣な視線を君主マハに向けた。
「あんたはどう思ってるんだ?
何かいい策を一緒に考えないか?」
問いかけるディックの声に、
「……余所の世界の方に心労をおかけするのう……このムーアはあやつが来る前より戦の絶えぬ世界じゃった……じゃからこそわしは……」
意味がわからない事をつぶやく君主ラハ。
「……わしも……同じじゃった……あやつと……」
しぼり出す声が細かくゆれる。その意味するところは一つであった。
「もしかして……亜由香をこの世界に呼び込んだのは……?」
ディックの声に、君主マハの首が深く下にたれた。
ムーアを魔の巣窟にするべく動く《亜由香》。
その《亜由香》を呼び込んだのが、東トーバ君主マハ自身なのだという。
《亜由香》の行動を承服できずに、対抗する事となった君主マハ。
自責の思いにとらわれている君主マハに、未来はなかった。
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