ロスティより

 ロスティの武器庫や補給物資貯蔵庫を燃やし、ゲリラ的な攻撃を仕掛けた異世界の者たち。しかも、警備兵の一人はこの破壊活動を行う者たちに出会い、“修羅族に伝えてよ。トリスティアが待ってるって”と挑発されたのだという。この状況にあって、修羅族の長、邪鬼は半数の部下とムーア兵とを東トーバに残し、ロスティの街へと引き返していた。

 蹂躙されるはずであった東トーバの民。その命を救ったのは、たった二人の異世界人たちだった。一人はハニーブロンドの髪を持つ小柄な少女トリスティア。もう一人は、腰まで届く金髪をポニーテイルにした乙女フレア・マナである。
「よし、準備は万端整ったよ!」
 街のいたるところにトラップを仕掛けたトリスティア。敵をおびき出すルートも整えて、敵を待つ。そのトリスティアの身を、一番心配していたのは、フレアであった。
「このまま修羅の攻勢を一身に受けると、流石にトリスティアの身に危険が及ぶよね……僕も修羅の注意を引かなきゃと思うんだけど……」
 そんなフレアの下に集うのは、夢魔の夢から覚めたロスティの人々。彼らは裏からの援助のみであって、当分表立った戦力になりそうもなかったのである。
「まぁ、おかげで宿や食事、それと爆弾とか物資の調達には力になってくれるけど……」
 味方が集まって来るのを歓迎する一方で、フレアたちには用心しなければならない事があった。
「今のところ幸いなのは、彼らが敵の警備兵なりに反亜由香分子としてまだ見られてないって事かな? 一時的に収容しておく施設なりが有ったりしたら、僕たちを敵に通報したりしそうだしね」
 ゲリラ的に戦う以上、敵に自分たちの存在が筒抜けになる危険は、常にあるのだ。そんなフレアは、街を回って得た情報をトリスティアに伝える。
「……もっとも、街の人たちの話だと、反乱分子とか噂が立つと、真っ先に処刑対象になって嬉々として殺られるんだっていうし……修羅族は“人の恐怖”が餌だともいうし……殺したくてしょうがないってカンジなのかな? 特に邪鬼って長が。作戦は立てても単細胞で、まどろっこしいのが嫌いならしいよ」
「そうなんだ。それを聞くとますます、何とかしなくちゃって思うよ! とにかく、やってみる!」
 決意を固めるトリスティアが、ふと気になってフレアに聞く。
「それにしても、修羅族の情報、ずいぶん詳しいよね?」
「ああ、情報源? “リクナビ”っていったかな? 商人たちのネットワークで、魔物たちの情報がわかるようになったんだって。これを使えば、ロスティに反亜由香勢力有りを、ムーア世界全体に大々的にアピ
ールする事も出来ると思うよ」
 仲間である異世界人が構築した情報ネットワーク。その活用方法をいち早く考えたフレア。そのフレアからの情報を得て、トリスティアは自分の戦う意義が大きい事を自覚していた。


雨のロスティ

「“トリスティア”ってヤツは、どこのどいつだァ!」
 雨の街に雄叫びが上がる。
 普段であれば、恵みの雨に街中がうかれるというが、この日ばかりは違っていた。5千に及ぶムーア兵より先に、修羅族の長“邪鬼”と3体の部下とが舞い戻ったのである。
「のんびりするなァ、性に合わねェ! とっとと出て来やがれ!」
「ふーん。誉めてあげるよ! 僕はここだよ! 来れるものなら来てごらんよ!」
 街中に響くトリスティアの声。この声を聞いても、相手を思い出せない邪鬼にトリスティアは自らを教える。
「僕は、トリスティア! 処刑に失敗した事は覚えてる?」
「……チ、あの時の小娘かヨ。修羅族様ともあろう者がザマァねェゼ。てめえらで血祭りにしてやんな!」
 トリスティアを馬鹿にする邪鬼が、部下に指示して声の方向にある廃屋に向かわせる。そして、二体の修羅族が廃屋に入った瞬間、建物全体が爆発したのだ。
「何があっタ!!」
 吹き飛んだ同族の体を受け止める邪鬼。その鋭い瞳に本気の怒りが込み上げる。そこに、さらに挑発するトリスティアの声がかかれば、頭に血の上った邪鬼が追いかけないはずはなかった。
 声に翻弄されるまま、路地に入る修羅族の邪鬼。狭い通路が進路を邪魔するのを、拳で開いてゆく邪鬼。その邪鬼の動きが、一筋の熱戦によって止まる。
「……命中……だね!」
 正確に邪鬼の心臓を打ち抜いたトリスティア。
「修羅族って……敏捷性が高いし、力で向かってくる者、あんまりいなかったんじゃない? 撃たれ弱いと思うな」
「て……めェェェェェェェェェェェェェ……!」
 怒る邪鬼に、トリスティアは正面から熱線銃を連射する。
「この世界に修羅はいらないよ!」
 やがて体機能の止まった邪鬼の上に、路地にある雨避けの屋根から水滴が落ちかかっていた。

 この様子を廃屋の隅から見ていたのは、爆発物を調達したフレアであった。フレアは、ただ一体残った部下の修羅族に言う。
「で、まだ戦うの? 戦うなら、僕も容赦しないけどね?」
 この言葉に、力で勝るはずの修羅族の腰が引ける。
「チ、この礼は、あとでたっぷりしてやるゼ!」
 捨てゼリフを残して、一体の修羅族はロスティの駐屯地へと走り去っていた。
 
 こうしてトリスティアは、リクナビを通じて、“ロスティにトリスティアあり”という噂を広め、魔に対抗する人々には希望の存在として知れ渡る。そして、敵側には放っておけない脅威として、ムーア各地にトリスティアの名を知らしめたのであった。


続ける