リクの行方

 ムーア世界に“リクナビ”を構築した少女リク・ディフィンジャー。
 行商する商人の知り得た情報は、その街に常駐して商う者に伝え、商人を窓口としたネットワークが広げるという“リクナビ”。
 ムーアの中心へ向かって進むリクは、街の商人から自分自身の作った“リクナビ”の成果を知る事になっていた。すなわち、リクが「抵抗勢力があるんだって」と聞くと、すかさず商人からはずんだ声が返ってきたのだ。
「もちろん、知ってるさ! “ロスティにトリスティアあり”って事だろ? そのトリスティアってのはまだちっさな少女だってんじゃないか。その少女には仲間もいるっていうしなぁ、いつかこのムーアを救ってくれるんじゃないかい?」
 この情報は、少なからずリクを喜ばぜる事になる。何故なら、リクもまたトリスティアと行動を共にした事のある仲間であったのだ。
「うん! ますます力がわいてきた! はりきるぞ!」
 そしてリクは勢力の仲間を集めるために、方向を定めない旅に出る事に決めていた。そんなリクはムーアを旅しながら、戦える力がある人を見つけては説得していく。
「今は無理ならそれでいいから。でも、その気が少しでもあったら戦える力を持った人を集めておいて。それか自分の腕磨いてるだけでもいい。そのときがくれば“リクナビ”で知らせるから……でも、知らせがあがったからって必ず戦ってって言わないから。もし、よかったらこの話広めてね!」
 そんなリクは、ムーアの民がすぐ仲間になってくれるとは思っていなかった。今は駄目でも絶好の機会で助けてくれる仲間を集められればと思ったのだ。しかし、説得を続けるリクは、依頼心の強いムーアの民が味方になる時は、自分たちが優勢な時である事を知る事になる。ムーアの民はいつの時代も、強いものには巻かれることで生き延びてきた民であったのだ。そして、生き延びるためであれば、あらゆる手段を用い……、故に世界に憎しみが連鎖され、戦の耐えない世界であったのだ。

 混沌のムーア世界。
 正道に生きるリクの希望がかなう道は険しいものだった。

 

ムーア宮殿

 大陸の中央部に位置するムーア宮殿。
 そこへ、異形の東トーバ君主マハと神官長ラハは人質となり、ムーア宮殿へ連行されて来る。
 東トーバ壊滅を歓迎する城下町の民たち。常よりも“バンザイ”の声が高くなる。その民たちの前に、ムーアを統べる冠を被る亜由香が現れていた。

 この少し前、亜由香と親しげに話す銀の髪の乙女がいた。すでに亜由香と友達感覚の付き合いから始めてみたいと宮殿内に入ったエルウィック・スターナである。エルウィックの宮殿内での行動は、亜由香の執務室と渡された自室、ムーア資料室、会議室の数部屋、そして中庭とではあったが自由を与えられていた。そのエルウィックは、重苦しい空気の漂う宮殿の中でもさして気にする風もなく、亜由香に語りかける。
「ん。何か、昨日より顔色いいかな?」
「そう? 今日は待ちに待った人たちが来るからかしらね」
 最近の亜由香の様子何かに対してあせりを感じているように見えていたエルウィックである。また亜由香と魔たちの関係も一枚岩ではないのではと感じていたのだ。日々大広間から呼び出される魔は、亜由香の指示でムーア各地へと向かう。その魔たちは、今でこそ亜由香と協力体制を維持する約束はしているが、いつまでも亜由香とつるんでいるとはエルウィックには考えられなかったのもある。
『呼び出される魔は、亜由香を支持してる……というよりは、今も魔を呼び出してる上級魔族に服従しているカンジだし……もし力関係が逆転したら亜由香は切り捨てられるんじゃないかな?』
 そう懸念していたエルウィックであったのだ。
「今日は誰が来るって?」
「うふふ。東トーバ君主マハと神官長ラハよ。知ってるかしら?」
 楽しげに笑う亜由香にエルウィックが問う。
「名前は聞いた事あるな。で、彼らが来ると何かいい事あるの?」
「そうね。君主マハは異形のままだから、わたしの呼び出したい魔を呼び寄せられるようになるわ。神官長ラハの方はそうね……」
 個人的な印象では亜由香とはどこか気の合うようなところを感じていたエルウィック。しかしこの後の亜由香の言葉には、これからの行動を考えるものがあったエルウィックだった。

 亜由香が民の前に立つ頃、エルウィックは中庭からペットの三毛猫アルエットにとあるメッセージを託す。やがてそのメッセージを受け取る事になったのは、鷲塚拓哉(わしづかたくや)。『怪盗ナイトエンジェル』の名前が記されたメモを手に、拓哉はアマラカンに向かった同胞を追ったという。

 同じ頃、魔とともにムーア宮殿の大広間に飛び出してしまった異世界人もあった。ウェーブがかかったロングヘアを持つ乙女リュリュミアである。
「ん〜、ここはどこかなぁ??」
 ライトグリーンの瞳で、幾何学模様の絨毯に手をついて辺りを見回すリュリュミア。すぐ横にいる怪物にも、物怖じせずに話しかける。
「ここどこ? ……んー、それにしてもここって殺風景だよねぇ、えいっ!」
 相手が応えなくてもマイペースなリュリュミア。成長が早い色とりどりの花の種をリュリュミアが辺りに蒔くと、瞬く間に花が咲いていた。
「ギルルルル(オイシソウダ)」
 そのリュリュミアを見下ろす魔からヨダレが落ちてくる。
「ん? 水かぁ、必要だよねぇ」
 身の危険を感じていないリュリュミア。そのリュリュミアに向かって、広間の一角から声がする。
「ギムル、やめておけ……食べるのは、いつでもできる……この娘には利用価値がある……」
 底冷えのする声の主は、リュリュミアに言う。
「おまえは、亜由香側にいてもらおうか」
 そして、上級魔族である魔はリュリュミアの額に石を埋め込む。
「……石は我が耳……おまえは、亜由香に味方しろ……」
 高圧的な上級魔族。
 ムーア宮殿もまた何事かが起こる気配をはらんでいた。


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