慟哭の東トーバから

 降伏後の東トーバ神殿内は、修羅族たちに蹂躙されていた。
「キッヒヒ! 安心しろ! 多くは、殺さねェヨ! 亜由香の奴も、神官は利用価値が高いとか言ってたからなァ」 
 すでに数十の神官をなぶり殺した修羅族と呼ばれる魔たち。その長“邪鬼”は、神殿の高台から東トーバの緑の大地を見下ろす。
「だが、民の方は殺すな……とは言れてねェよなァ?」
 長の言葉で、舌をなめる修羅族たち。異世界人の力によって、6名までに減った修羅族だが、その一体一体は他の魔を圧倒する力を持っていたのだ。
 修羅族による狂乱の宴が始まろうとする頃、彼らの拠点でもあった近隣の街ロスティから警備兵が飛び込んでくる。
「すぐお戻りください! ロスティの街が燃えております!」
「それがどうしタ? 街くれェ、燃えても困るこたァ、ねぇナ」
 しれっと応える邪鬼に、警備兵が慌てる。
「しかし! 燃えているのは、武器庫や補給物資貯蔵庫なのです。しかも、警備兵の一人はこの破壊活動を行う者たちに出会い、“修羅族に伝えてよ。トリスティアが待ってるって”と言われたとの事です!」
「アァ!? トリスティアだァ?」
 “トリスティア”とは、かつて邪鬼たちが拘束した異世界の少女の名である。しかし、その名を言われても、今の邪鬼には思い当たる者はいなかった。
「チ。ほっとくのもやっかいだナ。……しかたがねェ! 行ってやるカ!」
 こうして邪鬼は、半数の部下とムーア兵とを東トーバに残し、ロスティの街へと引き返したのである。


解放への胎動〜ロスティの街

 腰まで届く金髪をポニーテイルにした乙女フレア・マナ。
 短めの蜂蜜色の髪をした少女トリスティア。
 二人は今、ロスティの路地に潜伏し、次の作戦を練り込んでいた。
「……ここまでは、成功だね!」
 弾んだ声でフレアを見上げるトリスティアに、フレアが微笑む。
「そうだね。以前、トリスティアの救出の際に調べ上げた事が役に立ったよ」
 東トーバ降伏の報と同時にロスティ潜伏を決めた二人。トリスティア自身もフレアに街の構造を徹底的に教えてもらった上で行動を起こしたのである。すなわち、ロスティの街でのゲリラ的行動である。まずは、敵の補給物資から爆炎珠で爆破するフレア。そのフレア迎撃に向かう敵のリーダー格を、トリスティアが背後から熱線銃で狙撃したのである。その上で、街に残る警備兵の一人を故意に逃がし、東トーバに駐留する修羅族たちへ、助けを求めに行かせたのだ。
「これで修羅族をボクたちのほうに引きつけることができたらいいんだけど。……東トーバから脱出したっていうアクアたちへの追撃も、少しでも減らせるといいよね」
「うん。それにゲリラ戦を仕掛ける事で、修羅達の愚行に大幅な誤算を生じさせることができれば……もしかしたら反亜由香の意志を持った人々と接触する機会が持てるかもしれないしね」
 来たるべき東トーバ奪回を目指して、反攻作戦の足掛かりとなる組織をロスティに構築するつもりのフレア。そんなトリスティアとフレアの行動に、夢魔の夢から覚めたロスティの人々が集まって来るのには多くの時はかからなかった。そして、東トーバ内でもまたトリスティアとフレアの噂は、希望の証として語られるようになったという。

 やがてロスティに戻る修羅族とムーア兵たち。
 新たな戦いが始まる。

続ける