ムーア宮殿への旅路 商人に成りすまし、ゆったりと馬車でムーア世界の中心にある宮殿へ向かうのは、セミロングの青い髪を持つ乙女リク・ディフィンジャー。左右のもみ上げの先をゴムで結んだリクは、土地風のケープを被り、街々で日常会話を交わしていた。 「景気はどう?」 リクがこう言った時、夢魔の夢を見続けている者は、大抵「上々だよ!」と応える。逆に覚めた者は、肩を落として首を振る。夢魔の影響については、いくつかの仮説は持つが確証にはまだいたっていないリク。しかし、この反応の違いをみつけたリクは、肩を落す者にはさらりと聞いてみる。 「この状況で東トーバ以外に亜由香に抵抗してる人達とかいるのかな?」 今は聞いてみるだけのつもりのリクに、多くの者はわからないと首を振った。 「抵抗する気があったとしても……力じゃかなわないさ……大人しくしてるのが身のためってね」 それでも諦めないリクは、独自の情報網を拡大させるべく協力を依頼する。 「あのさ、あたし、一生のお願いがあるの。これから君達は色々な街に行くんだよね? そこで……その行く先々で、魔物や亜由香に関わる情報が入ったら教えてくれないかな? 何も危険な事してくれっていわないけどほんの些細な情報から希望が見えてくるかもよ!」 リクが提唱する情報伝達の方法とは、行商する商人の知り得た情報は、その街に常駐して商う者に伝え、商人を窓口としたネットワークを広げるというものであった。すなわち、夢から覚めた街の商人を尋ねれば、魔物や亜由香に関わるあらゆる情報が手に入るというものである。 「協力者は多ければ多いほどいいから! 無理にとは言わないよ……どうかな?」 実益をも見込めるネットワークの構築に、首を横に振る者はいなかった。 この夢から覚めた商人を介した情報ネットワークは、リクの名を取って俗に“リクナビ”とも呼ばれ、その後魔物対策に大きな功績を残したという。 そんな功績を残したリクは思う。 『やっぱり一人の力って限界あるからね……こういう時はやっぱり協力者を募ることだね!大勢の力ってすごいし。数には数ってね。この話が広まってくれれば少なからず希望は生まれてくると思う。だってさ、まだ抵抗している人がいるんだ……ってちょっと勇気付けられたらなって』 平和への礎は、少しずつではあるが築かれようとしていた。 ムーア宮殿 大陸の中央部に位置するムーア宮殿。 そこに今も住まうという亜由香。その地に一人、潜入に成功した者がいた。 銀に輝く長めのポニーテールを持つ乙女、エルウィック・スターナである。そのエルウィックの前で、今まさに新たなる魔が呼び出されようとしていた。 『巨大な……鬼……!?』 一室にたたずむ長髪の男の前に広がる暗黒。その中から、修羅族の二倍はあろうかという鬼の体の一部が見えて来る。 「ふふふ。あの魔は、この城を守る魔よ。これからは……そうそう上手く忍び込めなくなるの」 どこか甘えた声色が、エルウィックの耳に届けられる。その声の主に、エルウィックは心当たりがあった。エルウィックは不敵に笑んで、声の方向に向き合う。 「お会いするのは初めてだね、亜由香。それをあたしに教えてくれるのは、何か裏があるのかな?」 度胸のすわったエルウィックに、亜由香が頼もしげな視線を送る。 「どうかしら? ふふ、あなたもなかなかに賢いようね……どう? あなたも味方にならない?」 亜由香の誘いに、『考えておくよ』とだけ答えて、あらかじめ調べておいた脱出経路から姿を消すエルウィック。その後姿に、『よい返事があるといいわね』と応じる亜由香。どこか余裕のない亜由香に、かつて聞いた亜由香の印象とは違うものをエルウィックは感じる。 『あの魔族が相当ヤバイ者なのかな? ここはこのまま退散した方が得策だね』 一度は城を離れたエルウィック。 そのエルウィックは今、再びムーア宮殿へと忍び込もうとしていた。 『あの亜由香の様子……どうしても気になるんだよね』 自分が興味を持ったことには進んで首を突っ込もうとするエルウィック。その性分故、エルウィックは同じ経路から侵入を試みる。しかし、かつて調べ上げた経路は何故か迷路となり、いつの間にか宮殿の外に出てしまう。 『うーん? これってやっぱりあの巨大鬼の仕業かもしれないか。ま、それならそれでいいかな』 開き直ったエルウィックは宮殿の正門に回ると、門を警護する兵に、にっこりと言った。 「とりあえず亜由香と話がしてみたいんだけど、とりついでもらえる?」 場にそぐわない明るい声に警戒する警備兵。その警備兵は、決められた職務質問をいくつかエルウィックに問いかける。その問いに、 「よくかんないけど、亜由香に“あなたも味方にならない?”とか言われたから来ただけだけど?」 この言葉が、キーワードでもあったようである。警備兵は、宮殿の内部へエルウィックを通していた。それでも周囲を厳重に警備され、亜由香の執務室に通されたエルウィック。その姿を見つけた亜由香が、艶やかに微笑んで出迎えた。 「ふふ。来てくれると思っていたわ」 「別に、味方をするとかそういうことは考えてないんだけどね。もうちょっとキミと話がしてみたくて来ただけなんだけど。いい?」 単純に友達感覚の付き合いから始めてみたいというエルウィック。そのてらいのない言葉に、亜由香が柔らかく笑った。 「面白い事を考えるものね。ふふ、でもあなた。この城に入るのに正門を使って正解だったわ。……もし……」 そこまで言って亜由香が言葉をつまらせる。紅い唇を噛んで、大広間の方向を睨む亜由香。その亜由香の様子に、エルウィックはしばらくは亜由香の側に留まり、いくつかの知りたい情報を得るべくを側に留まる事を決めていた。 そのムーア宮殿に、君主マハらが捕らえられて来るのは間もなくの事であった。 |
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