混乱の軍事都市ゼネン リュリュミアらが立ち寄る予定の軍事都市ゼネン。北方最大の都市は今、一つの事件によって混乱していた。このゼネン領主こそ上級魔族側の魔なのだというが、その魔族に捕らえられていた者たちが脱出しようとしていたのだ。 死体をも兵として動いている城塞ゼネン内部からの逃走の中、捕らえられていた青い瞳の青年ディック・プラトックは、自分の体を支えてくれる青年に感謝の気持ちを伝える。 「……ありがとう……助かったよ。もうダメかと思ってたからな……」 このムーア世界から失われる自分の存在をディックは捕らえられた時から覚悟していたのだ。ディックからの感謝の言葉に、城塞のエネルギー中枢を一度は破壊した黒い瞳の青年、鷲塚拓哉(わしづかたくや)は、厳しい声で応じる。 「まだ脱出が成功したわけじゃない。礼ならあとに頼む」 宇宙艦隊士官である拓哉の言葉に、ディックは自分が得た情報は脱出後になっても伝えられると納得する。 「……すまないな……」 「謝ることはない。今はとにかく急ごう」 何故か高度な物質文明の産物であるらしい城塞ゼネン。今は予備電源が起動しているらしく本来の明るさではないものの、城内の機能は正常に作動している。その中を、先行して脱出しているはずの子供たちの後を追う。壁の内側を進む彼らの姿を、ゼネン領主が探し当てるのは、彼らが城を脱出してからであった。 脱出者たちが城を離れていこうとする様子を、ゼネン領主は分散する下僕たちの目を通して見ていた。 「いましたね! 子供たちもいますか」 領主の目は、下僕の目を通して彼らの目指す先を見る。 「……む!? 見慣れぬ……乗り物!? 兵よ! まずはその乗り物を作動不能にするのです!」 ゼネン城内でヒステリックに言い放つ領主。三つの目を持つ『人』ではない領主に反応するのは、動く死体である兵たちだった。城外を警備する兵が、拓哉の隠した一人乗り用『新式探査戦闘機』と『エアカー』に群がってゆく。 一方、前方に壁を作る兵を見たディックが拓哉に言う。 「自分たちを捕まえたのは死んでいた兵士たちだ……で、それを領主が操っていたらしい……あの軽く左右にゆれる動き方は、領主が操ってる兵だ……」 「手加減は無用だな!」 拓哉が手にしたフォトンセイバーが輝き、死体の兵を鮮やかになぎ払う。その太刀さばきを見ながら、ディックはこのまま自分が支えられていては足手まといになってしまうことに気がつく。しかも、自分たちの前に先回りする兵の様子から推察すれば、拓哉の持つ飛行物体自体が危険なことも明白だった。 「……とにかく拓哉は飛行物体の確保を急いだほうが良さそうだ……領主が珍しい力を欲している……そして、領主は自分の力を見ただけで自分のモノにしてしまう」 ディックからの情報を得た拓哉は、もし逃げるのならばアクアたちのいる方向は避けなければならないと瞬時に理解する。 「本隊との合流方法は考えた方がよさそうだな……領主にアクアたちの能力まで身につけられては溜まった物では無い……敵ではあるがリュリュミアの能力も考えものだな。もっとも仮定の話だがな」 会話中も、死体の兵を片付けてしまう拓哉。その姿に、ディックが息をつく。 「……拓哉みたいな力と武器とかリューナの力とかアクアの力とか……ここだけの話、少し羨ましいぜ……特に拓哉の力は捕まらないことに意味がありそうだ……」 ディックは、子供たちと自分とを守って身動きが重くなる拓哉を先に進ませる。 「ゼネン領主は亜由香に対して敵対心を持っている魔物だ。亜由香の側には、ゼネン領主が慕う上級魔族がいる……今後ゼネンの行動に注意したほうがいい! まずはみんなに伝えてくれ!!」 すでに『癒しのハイタッチ』の力を領主に奪われてしまったディック。その為かどうか、体力が落ちてしまっていたのだ。 『本隊に出会ったら子供たちを親に合わせたかったけどな……今はこれしかない』 すでに彼らの前方では、何かが爆発する音が聞こえてくる。その音に気をとられる拓哉の背をディックが押出す。 「爆発音はまだ一つだ! 急げば間に合うかもしれない!」 「く……すまない!」 城を脱出しても、戦闘機まではまだ距離があったのだ。この時行った拓哉の遠隔操作に反応したのは戦闘機だけであった。しかも戦闘機はすでに垂直尾翼に損傷が認められ、正常な飛行すらおぼつかない。その事に拓哉は舌打ちしつつ、単身での脱出する事を決めざるをえなかったのであった。 一時の帰還を余儀なくされた拓哉。拓哉からの情報を受けて、一人の青年がゼネンに向かう覚悟を決めたという。 再び捕らえられてしまった東トーバの子供たちとディック。そんな彼らを、“神官の力”や“珍しい力”を欲しているらしい領主が笑顔で迎え入れる。 「お帰り、とでも言いましょうか?」 そこへ、ゼネン領主が待ちわびていたらしい一つの報が入る。 「おお。時が来たようですね! この軍事都市は都市ごと“いと深き魔界”へと向かいます。これより最終準備をしなければ! 力は“いと深き魔界”でゆっくりといただきましょう」 ムーア世界において北方最大の軍事都市ゼネン。そのゼネンそのものが“いと深き魔界”へ行くのだという。 上級魔族の野望が動き出すゼネン。 その先はまだ見えない。 |
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