『酔狂スペシャル』
第1回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
『酔狂スペシャル・秘境ファンタジー次元の奥地に、伝説の巨大ドラゴン『ババババーン』を見た!!』
 ファンタジーな異世界『オトギイズム王国』。
 人跡未踏の森林。神秘の地『モンマイの森』。
 暗黒の洞窟を支配する、伝説の巨大ドラゴン『ババババーン』とはいかなるものか?
 この謎を解くべきカワオカ・ヒロシテン探検隊は、オトギイズム王国の森林に挑んだ!
 想像を絶する苦難の果てによる、新事実とは何か!?
 かつて数多の謎を解き明かしてきたカワオカ隊長の眼に熱い炎が燃える!
 だが、秘境オトギイズム王国に挑み、消えていった探検隊も数限りないという!
 果たしてカワオカ隊長の行方に待つのはどの様なものであろうか!?
 異界の魔境に決死の探検は続く!
 文明から取り残されたモンマイの森の深地に進むカワオカ隊!
 その行方に予測しない事態が次次と起こる!
 多くの謎を秘めたモンマイの森!
 文明を拒み、この地に住む、一人の老人!
 探検隊はこの老人から衝撃的な事実を得る事になる!
 伝説の巨大ドラゴン、ババババーンとは何か!?
 悪魔の叫びにも似た異様な鳴き声!
 ババババーンは確かに実在する!
 暗闇の中をコウモリの如く自由に飛ぶ悪魔のドラゴン、ババババーン!
 それは確かに太古から飛ぶ、原始竜とも呼ばれている!
 だがその姿を捉えるには灼熱地獄を征服しなければならない!
 その距離は八百キロメートルにも及ぶ!
 人跡未踏の森林! そこにはあらゆる危険が潜む!
 鷹にも勝てる毒ガエルの恐怖!
 更に恐怖は夜のキャンプにも忍び寄る!
 隊員を急襲する黒い影!
 刺されれば命を瞬時に落とす、猛毒サソリ!
 そして頭上の木の陰に潜む、猛毒蛇ブッシュマスター!
 恐るべき毒牙が探検隊に迫る!
 モンマイの森林は野生動物の王国である!
 謎と神秘の世界に存在する雄大な滝!
 モンマイの森に降るおびただしい雨は、この一点に凝縮され、雲の合間に落ちてくる!
 落差およそ千メートル! 世界最大の滝!
 勇壮にして華麗、ゆるぎない光景であった!
 赤い岩肌を食む膨大な水!
 だが、滝の河口では高さ故、膨大な飛沫となってとびちり、霧と化してしまうのだ!
 巨大竜ババババーンは、この滝付近に生息すると言われている!
 決死の探索を続ける探検隊は、ついにその洞窟を見た!
 魔の洞窟に挑む時が来た!
 原始への扉が今、開かれようとしている!
 暗黒の世界を自由に飛び回り、悪魔の叫びに似た声を持ちババババーンとは、一体いかなるものか!?
 生と死をかけた洞窟探索!
 異様な緊張感の中、次第に太古の世界へと迷い込んでいく!
 果たして伝説の巨大ドラゴン、ババババーンはこの洞窟に潜んでいるのか!?
 闇に広がる草原!
 それは一体、何を物語るのか!?
 そして、新たに得た手掛かりとは何か!?
 羽根と卵の殻! それはババババーンの存在を信じる謎の老人の持っていた物と同一の物であった!
 魔の洞窟! 山の中で次次と発見される手掛かり!
これは果たしてババババーンの生息を裏づける物なのか!?
 羽根に続き、卵を発見! ババババーンはいる!
 沈黙の闇が探検隊を包み、時は凍りつく!
 暗黒の翼の神は果たしてその姿をあらわにするのか!?
 次第に高まる異様な叫び!
 ついにババババーンの実体を知る時が来た!
 巨大竜ババババーンはまぎれもなく実在した!
(注意:このナレーションはフィクションで、本編と大きくかけ離れている場合があります)

★★★
 朱の夕陽が沈む町。
 冒険者ギルド二階の酒場で、人魚姫マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は珍しく憤っていた。
 彼女は以前から『ドラゴン』や『龍』と呼ばれる偉大な生命に強い思い入れがあった。
 ある時は孤独な海竜に対話をうながし、ある時は竜人とも義姉妹の契りを結んだ。
 だからこそ、カワオカ・ヒロシテンの探検隊の企画、演出には反感を覚えたのだ。
 いわゆるバラエティーに類する番組制作を考慮しても、伝説の巨大ドラゴン『ババババーン』というネーミングセンスは余りにも侮辱的ではないか。
 マニフィカは表面上の怒りは抑えていた。
 しかし熱いティーカップを持つ手指が震えている。
 気をなだめる様にテーブルの上の『故事ことわざ辞典』をゆっくり紐解く。それは伏せられたタロットカードを表に返す様な深長な儀式だった。
 そこに記されていた文字が眼に入る。
 『水を差す』。
 そして『横槍を入れる』。
「なるほど、邪魔や妨害……つまり撮影チームに試練を与えよと? まさに天啓の如きアドバイスですわね!」
 彼女は微笑んで、熱い紅茶を紅い唇で飲み干した。

★★★
 マニフィカが見ている夕陽を別の角度から眺める町。
 お約束かもしれないが、いつもの如くギルド二階で英気を養っていたジュディ・バーガー(PC0032)は、第六感に導かれるままに階下の受付ホールへと酔いどれた千鳥足を進めた。
 いい具合にアルコールが脳味噌に染み渡っており、ご機嫌な笑顔を浮かべつつ大掲示板を覗く。
 すると新たに貼り出された依頼が、眼に飛び込んできた。
「ん〜? レジェンドの……グレート・ドラゴン? オーマイガッ! これってリアリーのマジですカ!?」
 印刷ギルドで複製され、各町の冒険者ギルドに配布された依頼書の一枚。勿論、カワオカ・ヒロシテン探検隊のババババーン探索のスタッフ募集の依頼だった。
 それを見たジュディの脳内で沸沸とアドレナリンとエンドルフィンとドーパミンが煮立ってくる。
 肉体を駆使したフィールドワークで謎とロマンに挑戦する、という謳い文句もツボに入った。
 冒険! ドラゴン! 『てれび』! これを逃すという選択肢はジュディにはなかった。
「OH! ファンタスティック! 早速、カワオカ・ヒロシテンという人にアポイントメント、参加の約束をしなくてワ!」
 クエストを受ける気満満で鼻息も荒いジュディは、この依頼を胡散臭く感じている事を隠そうとしない他の冒険者達の様子に全く気づいていなかった。
 そして山ほどの花の種を買った袋を抱えて、冒険者ギルドを出ていくリュリュミア(PC0015)にも。

★★★
 快晴だった。
 濃緑。モンマイの森の入口となる周縁に馬車は停められていた。
 地衣類。キノコ。柔らかな腐葉土。
 カメラや照明、メイク等等。カワオカ・ヒロシテン探検隊は常時二十名ほどのスタッフからなるが、ここオトギイズム王国の移動手段はロケバスではなかった。人も荷も運べる大型の幌馬車隊、五台からなっていた。
 そして今回は新たなる移動手段兼撮影手段が加わっている。空を飛ぶヨットほどの大きさの『空荷の宝船』だ。
『〜♪ んんんん〜カワオカ・ヒロシテン♪ どーんとぉんん〜♪』
 現地サポートスタッフ&案内役として参加したビリー・クェンデス(PC0096)は上機嫌で鼻歌を歌いながら、探検隊の出発準備を手伝っていた。ロープ類をまとめている。本当は裏方ではなく表に堂堂と出たかったのだが、外見が子供である自分は色色と不味い気がした。
 以前の事件でモンマイの森は慣れているし、住んでいるドワーフ達とは一緒になって鉱洞の採掘作業にも従事し気心が知れている。だから自分の重要性がよく解る。宝船の提供も自分。ビリーはオンリーワンの大切なクルーになれているはずだ。
「おもろいわ! こんなん番組、ボクめっちゃ好きやねん!」
 面白いは正義。
 それをビリーは直感で悟っていた。
 様様な作業を行っているスタッフ達の中で、この福の神見習いの仕事もはかどっている。
 とびぬけて上機嫌の者がもう一人いた。
 探検隊の一人として参加したジュディだ。
「ナイス・トゥ・ミート・ユー! スタッフの一人として参加するアドベンチャラー、現地冒険者のジュディ・バーガーデス! アイ・ウィル・トライ・ハード、一所懸命ガンバルので、ヨロシクお願いしマス!」
 いかなる時代や世界でも、まずは最初の挨拶が肝心。
 という訳で、ジュディはきちんと初めて会った撮影チームの人達に自己紹介している。
「そして、オルソー・マイ・ラブ・スネーク、ジュディの愛蛇『ラッキーちゃん』もヨロシクお願いシマス!」
 勿論、首に巻いた愛蛇ラッキーちゃんの紹介も忘れない。
 ジュディの服装は普段着である、如何にもアメリカンらしいテンガロンハット等のウェスタン調な一式だ。
 ガンマン的な雰囲気を意識すべく、ショルダーホルスターに回転式魔法拳銃『マギジック・レボルバー』二丁を装備している。
 茶目っ気のサービス精神からガンスピンを披露する。トリガーガードを支点にして銃をクルクル回し、いかに自分が銃と一体化しているかを見せる芸だ。ガンスピンは手に収まる形でピタッと決まった。
「いやあ、なかなか元気のいい若者じゃないか」
 苦み走った渋い声。探検隊ルックで腰に日本刀を帯刀しているカワオカ・ヒロシテン隊長が感心した感じで手を叩いた。
 ジュディは護身用の武器として単発式魔法銃『マギジック・ライフル』三丁を撮影チームに貸し出す。ちなみに事故防止の為、わざと威力を弱めに作成した『風の魔術』の弾丸を装填している。
 現場は概ね、陽気で能天気なものだ。
 だが、そんな皆とは対称的に称に時時、溜息をついたり、微妙にションボリしながら、美少女JK、姫柳未来(PC0023)は落ち込みがちに舞台裏の作業をしていた。
 未来は子供の頃から『酔狂スペシャル』という番組が大好きだった。
 つい最近まで『カワオカ・ヒロシテン探検隊』を本物のノンフィクション・ドキュメンタリーだと思って観ていた。
 何かで磨いた様なピカピカの白骨も、襲いかかってくる動かないサソリも、底なし沼で溺れていても笑顔でいる原住民も、純真な未来は全部本物だと思って毎回楽しみに観ていたのだ。
 そんなファンだった番組の製作実態を今回の依頼で知って、すっかり落ち込んでいた。
 今はただ、この番組にせめてリアリティある演出という息吹を吹き込みたくて、仕事をしている。
 白骨の作り物は土で汚してから、超能力で動かしてヒロシテンに襲いかからせよう。
 サソリ、毒蛇、毒蜘蛛等の作り物は、超能力で動かしてヒロシテンに襲いかからせる。
 森のドワーフ達に作ってもらったババババーンのハリボテは、超能力で動かしてカワオカ・ヒロシテンに襲いかからせるのだ……。
 何故か、全てがヒロシテンを直接襲撃するアクシデントににつながってしまう自分の想像を頭から振り払い、未来は準備を進める。
 快晴の空に小鳥ののどかなさえずりが響き渡る、秋の日。
 探検隊の準備は続く。

★★★
「いやぁ、私は美味しいコーヒーに眼がなくってね。いわばコーヒー中毒なんだ。……美味しくなーれ。……美味しくなーれ」
 ヒロシテンはそんな事を言いながら、皆に振る舞うコーヒーを一人一人淹れていた。
 傾けたやかんから熱い湯が細く流れて、挽かれたコーヒー粉の上に落ち、濃く黒い液体を静かに抽出していく。
 漆黒の雫。それが一人分のカップを満たすまでは長い時間を要した。
 しかし、コーヒーの美味しさが折り紙付きなのは、それを待っているスタッフの態度で解る。
 探検の準備を終えたヒロシテンや探検隊の皆、冒険者達はビリーの『打ち出の小槌F&D専用』でたんと振る舞われた豪勢な早い昼食を食べ、くつろいでいた。
 何せ、和牛A5ランクすき焼きでも、大盛りウニいくら丼でも、牡蠣や蟹を満載した海鮮ちゃんこ鍋でも何でも出てくるのだ。美味かつ満腹で、直後の探検が大丈夫か?と心配になるほどだったが、ビリーは得意の鍼灸術で彼らの心身をある程度、身軽にしていた。
 神様見習いの打ち出の小槌は食べ物に限らず、コーラでも抽出直後の焙煎コーヒーでも、搾りたて果汁100%ジュースでも好きな飲み物も出せるのだが、ヒロシテン探検隊の者達は皆、隊長の淹れてくれるコーヒーをずっと待っていた。好んで時間を費やしているのだ。
 皆が茂る草の上に腰を下ろして、隊長のコーヒーを待っている横を、アンナ・ラクシミリア(PC0046)が食事の跡を片づけ、掃き清めていた。立つ鳥、跡を濁さず。奇麗好きな彼女のモップによって、ゴミが集まり、塵取りを介して、ゴミバケツへと収められる。
 アンナは一応、裏方だ。本当は表に出たかったのだが、顔出しNGという事でサポートスタッフとして加わっていた。
 これから冒険を始める者達の事前の安息。
 秋の陽の下で、時間が流れていく。
 と、不意にアクシデントが撮影スタッフを襲った。
 空の底が抜けた様な猛雨が降りだした。
 いわゆるゲリラ豪雨かもしれないが、それは快晴の空が曇らぬまま、いきなり青空から大量の水として降ってきた。
 大粒の雨が、弾幕の様な音を立てながら地面に叩きつけられる。
 スタッフや機材、馬車はあっという間にびしょ濡れとなった。
「皆、馬車の中に避難するんだ!」
 ヒロシテンの判断で、コーヒーを待っていた探検隊の全員は幌馬車へと逃げ込んだ。
 一帯の地面は泥沼の様になる。
「キャッツ&ドッグス!」
 幌の下のジュディはバスタオルで濡れた顔を拭いながら、滝の壁にも似た土砂降りに毒づいた。
 雨はすぐには止まなかった。
 皆は土砂降りはここら一帯だけで、少し離れた場所では何の急変もないまま、快晴ののどかな恩恵を受けたままなのに気がついている。
 この局地的土砂降りは明らかにおかしい。
「……あれは何でしょうか……?」
 アンナは森の中からこちらへ浮いて進んでくる二人の人影に気がついて、指さした。
「カメラは回っているか!?」
 ヒロシテンがカメラクルーに向かって、確認する。ベテランのカメラマンは、土砂降りが降り出した時点で既にビデオ撮影を開始していた。
 こちらへやってくる者達はカメラのフレームに収められている。
 それは背中に揃いの竜翼を広げた神官めいた双子の美女だった。
 翼の力によってか足元は地面から浮き、羽ばたき以外の音もなく、直立したままでこちらへ近づいてくる。
「「わたくし達は伝説の巨大ドラゴン『三首竜王グイデュールア』に仕える双影の巫女……」」
 雨の中の双子の声はハーモニー。大雨で濡れそぼるのも構わず、美女達は静かにはっきりとした声で正体を告げた。
「あ、マニ……あふっ」ビリーは思わず彼女の正体を口に出そうとして、アンナの手に口をふさがれる。アンナもジュディも未来も彼女達がマニフィカだとはすぐに解ったが、何かしらかの演出か意図があって、正体を隠しているつもりである事も察していた。
「三首竜王グイデュールア……?」ヒロシテンが質問を返したとも呟いたともとれる微妙な声を挙げる。
「「そうです。グイデュールアです。……ババババーンなどという下品な名前では決してありません。この豪雨はグイデュールアに近づこうとし、なおかつ名を間違えて呼ぶ失礼なあなた方達への試練です」」
 ハモる美しい二人の神官は高貴な表情を、撮影スタッフに向けて巡らせた。
「もしかして……巨大ドラゴンは実在しているのか……?」
 ヒロシテンが絶句する。
 自然とそうなるのだろう。完全フィクションのつもりで撮り始めたドラゴン捜索が、ノンフィクションの実話になろうとしているのだから。
「「繰り返しますが竜の名前はババババーンなどという子供騙しな名前ではありません。三首竜王グイデュールアです」」
 と、双子の巫女であるマニフィカが預言の如く、厳かに告げるが、片割れの巫女の姿がまるで水ににじむ様に不安定になってきた。
 しまった!とマニフィカは思った。『ホムンクルス召喚』の効果時間が切れてきたのだ。
「ともかくグイデュールアです。グイデュールア、グイデュールア。グイデュールアを努努(ゆめゆめ)お忘れなく」
 喋るのは既に右に並んでいる本物のマニフィカだけになっていた。
 急いで森の中へ後退する双子の巫女。
 と、その姿が森の中に入るのとほぼ同時に、即席双子のホムンクルスの姿が消えた。マニフィカは木の陰に隠れながら遠ざかる。危機一髪、間に合ったのだ。
 土砂降りは止み、色褪せない快晴が再び、探検隊の頭上から明るく照らす。
「三首竜王グイデュールアか……」双子の巫女が消えていった木陰を睨み、びしょ濡れのヒロシテンが言葉を漏らす。「よし! 予定を変更だ! ババババーンと呼ばれていたものの正体が判明した! 三首竜王グイデュールア探索として番組を撮影しよう! もしかしたら本物のドラゴンに遭遇出来るかもしれない! 凄いものが撮れるぞ!」
 応!と撮影スタッフ全員から勇ましい声が一斉に挙がった。
 悪天候こそ現地ロケにとって最大の障害。普通ならこんな悪天候でずぶ濡れになれば、撮影チームの士気低下は免れない。
 しかし意外にもヒロシテン探検隊は違った。
 インチキ番組ばかり作っているスタッフだから普段もいい加減だろうという大方の予想に反し、この逆境をバネにして更に前進しようという気概を見せたのだ。
「いい意味で『てれび馬鹿』かもしれませんわね」
 アンナは彼らを見ながら、そんな事を呟く。
 だが。
「とりあえず、ここに出来た泥だまりを利用して、底なし沼のシーンを撮ろう」
 感動を台無しにする様な発言をするヒロシテン。
 かくして、この即席底なし沼に馬車がハマるシーンが撮影された。
 しばらくして、響き渡るエンジン音。
 ジュディの乗ってきたバイクの大馬力は『モンスターバイク専用牽引機』&『マジックタイヤセット』で五台の幌馬車を連結させ、泥だまりから脱出させるのにとても役に立った。

★★★
 モンマイの森を進む、ヒロシテン探検隊。
 森の中には馬車もバイクは入れない。徒歩の行進だ。
「うわー! 危険外来生物だー!」
 探検隊の皆は途中、毒サソリや毒蛇の群の猛襲に遭ったが、それは勿論、未来が準備した紛い物だった。
 しかし、彼女のサイコキネシスで操作されたそれは、本物に負けない迫力とリアリティで画面を華華しく飾った。手作り特撮のSFXとしては最高級だろう。
 ヒロシテンが腰の日本刀を抜いて、リアルな毒グモを追い払う。
 ただ未来の襲撃は彼女の欲求に従ったのか、ヒロシテン隊長を本気で狙いがちになっていた、
 だが、この如何にも臨場感あふれる映像を撮れている事には隊長はご満悦の様だ。
 探検隊は進む。
 ブーツに踏まれない様に、大きな昆虫が地を這う木の根をかいくぐって逃げていく。
 もう長い時間、歩き続けていた。
「もう、しばらく行くと森に住むドワーフ達の家に着くはずや」
 道案内のビリーは大声で皆に教えた。
 ビリーはカメラマンの一人を連れて、空荷の宝船で森の上空から隊を追って飛んでいた。
 これならドローンに負けない空撮が出来るだろうと考えていたが、眼下の探検隊の姿は森の木木の茂る枝葉で隠れがちだ。
 その時、ビリーにも思いがけずに隊の前方にある風景が突然、開けた。
 不似合いな美がこぼれる。
 花だ。
 花園だ。
 森の開けた場所に色とりどりの花が咲いた、美しい花園があった。
 様様な形の濃緑の葉の上で、四季の花花が季節を無視して一斉に咲き誇っている。
 今まで見た事がない美しくも珍しい花も多かった。
「ちょっと、これはどういう事なの」
 未来は驚いた、
 花園の中に足を踏み入れる。
「……乱れ咲きの花園にミニスカJKとは、ちょっと狙いすぎなベストショットじゃありやせんかい」
「今の台詞は誰!?」
 突然の言葉に、未来は声が聞こえた方を振り向いた。
 地面の花びらにまみれていた大きな姿がむくりと起き上がる。
 身の丈は三メートル、毒蛇の尾を入れれば四メートルほどで、ライオンの身体にライオンとヤギの二つの頭を生やしている。
 モンスターだ。
 一瞬にして探検隊に緊迫が走る。
 ヒロシテンが日本刀を抜いた。
 マギジック・ライフルを渡されたスタッフが構える。
 だが、この怪物に臆さない者もいた。
 ビリー、未来、アンナ、ジュディの四人はこの怪物の正体を知っていた。
 花の香りをまとったモンスターが大股で探検隊へと歩み寄る。
「おお、邪魔するでー」
「邪魔するんだったら帰ってくれないか」
「あいよー」
 ヒロシテンの返事に、怪物はそのまま大股でくるりとUターンする。
「いや、帰ってどうすんでぃ。俺達ゃ、このたくましい中年オヤジと皆さんに熱い胸の内を伝えてえんじゃないのかい」
「あ、そうやね、兄貴」
 怪物は更にUターンして、探検隊と向き直る
 レッサーキマイラ。
 狂的デザイナー、Drアブラクサスに創造され、今はパルテノンの中央公園に住んでいるはずの売れない芸人怪物が何故か今ここにいる。
 獅子の頭が吠えた。
 迫力。身体がビリビリ来る。
「もしかして、君が三首竜王グイデュールアか? ひい、ふう、みい……」ヒロシテンがライオン頭と山羊頭と尾の毒蛇をまとめて勘定した。「頭もちゃんと三つあるし」
「いや、どう見たってドラゴンじゃないわよ」
 未来は呆れた声を出した。
「ともかく、あんさんらには恨みはぁありやせんが」江戸弁を喋るライオン頭。「ここから先に進むんなら俺達を倒してからにしてくんなせえ」
「ええねえ! 兄貴、めっさ男前やん!」関西弁を喋る山羊頭。
「………………」無口を貫き通している蛇頭。
「倒さねば通れぬと言うのならば……」ヒロシテンが一度抜いた日本刀を鞘に納めた。わずかに腰を落とす。眼線が鋭い。居合の構えだ。
 レッド・クロスを身にまとって戦闘態勢になったアンナも、バトルサイズに伸長したモップを手に構える。彼女の髪はピンクに燃えていた。
 花園に似合わない緊迫の空気が漂う。
「あ、やっぱ今のなし。暴力反対」レッサーキマイラがあっさり折れた。「ビリーさーん! こーゆー場合、どないしまひょ」
「知るか! ってゆーか、怪物が喋ったらアカンって言っといたやん!」
 上空の宝船から『神足通』でテレポートしてきたビリーが、『伝説のハリセン』でレッサーキマイラの獅子頭と山羊頭をはたく。スパコーン! スパコーン!と小気味良い音がした。
「このレッサーキマイラ、やっぱりあの時のレッサーキマイラだったの。ビリーが用意したの?」
 未来はあきれた調子で手に持った『サイコセーバー』の光刃を柄に収納した。
「いや、ま、せっかくのファンタジー世界やからこんなアクシデントも面白いと思って、エキストラに雇っといたんや」宙に浮くビリーは弁明する。
「じゃあ、この花園もビリーの演出でございますか」
 アンナもモップを収納サイズに縮める。彼女も怪物の正体を見抜いていて、本当に戦うつもりはなかった。それにそもそも素顔NGだ。戦闘シーンに顔をさらすつもりはなかった。
「いや、ここはボクも知らへんけど……」
「いやあ、たまたま、こーゆー所を見つけましたんで、ここでの遭遇シーンは絵になるかなぁと思って、待たせてもらってたんでぇ」レッサーキマイラの獅子頭がそう説明した。
 というと、この不自然な花園はここにいる誰もが予見していなかった事になる。
 では、この花園は何なのか……と皆が考え込んだところで、花園の囲いとなっている木木の一角が葉をざわめかせた。
 音もなく緑の触手が地を這った。
「うわー! おかあちゃーん!」
 突然、レッサーキマイラの巨体が風に飛ばされたメンコの様にあっさりとひっくり返った。いつのまにか足元に這っていた蔦によって、足を絡められ、高く宙吊りにされたのだ。
 花園の周囲が急速に茨の壁によって囲まれる。
 無数の蔦が、蛇の群の様に足元を這い進んできた。
 探検隊全員が再び緊張する。
 奇妙で美しい花園はあっという間に茨の檻となった。
「わーたーしーのひーみーつーを見ーまーしーたーねぇ」
 葉がざわめいた場所から一人の女性が現れた。
 花園が似合う、光合成チックな緑色の服と髪を持った女性だった。
 その両手から大量の茨や蔦が伸びている。
「リュリュミア!」
「……あれぇ、未来さんじゃないですかぁ」
 緊張がゆるむ、のんびりとした声。未来の呼ばわりに答えた緑色の女性は冒険者達がよく知る緑色淑女、リュリュミアだった。
「ぐえっ」
 逆さ吊りにされていたレッサーキマイラが地に落ちる。
「このフラワー・ガーデン、花園はリュリュミアのものだったのネ」
 ジュディはレッサーキマイラの身体中に絡まった蔦をほどきながら、リュリュミアに尋ねた。
「わたしぃ、最近、森の中にこもって、誰にも内緒でこっそり秘密の花園を作って、色色と変わったお花を育てて研究してるのぉ。だから、知らない人達がこっそり花園に入り込んで荒らしていると思ったからぁ、お仕置きをと思ってぇ」
「パニッシュメント、お仕置き?」
「まだ内緒にしておきたいんですぅ。この事は忘れてほしいからぁ、『今見た事は忘れて下さいぃ、誰にも話しちゃダメですよぉ』って花粉で眠らせて、森の外へポイッと捨てようとぉ」
 リュリュミアはカワオカ・ヒロシテンの依頼は知らないらしい。
 冒険者達がこの探検隊の事を話すと、リュリュミアは驚いた表情を見せた。
「そんな依頼があったなんて知りませんでしたぁ」
 冒険者達はカワオカ・ヒロシテンの酔狂スぺシャル探検隊の事について、リュリュミアにくわしく話す。
「えー『てれび』ですかぁ。今、この花園がお茶の間に流れてしまうのは正直イヤかしらぁ」
「困っちゃったわね」と未来。「じゃあ、仕方ないからこの花園のシーンは全部カットという事で」
「じゃあ、俺達の出番もカットってわけですかい!? それは殺生すぎるんでございやせんか」
 レッサーキマイラが憤った。
「ここをカットするのは正直言って、惜しいな」腕を組みながらヒロシテン。「何とかして映像を使えないだろうか。その怪物のシーンは極力アップを多用した演出にし、背景の花園をなるべく映さない様に編集して……。その緑色の彼女はピンボケかモザイクにして……」
 探検隊のスタッフはあれやこれやと隊長に意見を出し、即席の会議が始まった。
 結論はどうやら探検が終わった後でゆっくり考えるという事になったらしい。とりあえずレッサーキマイラは極力アップにして、花園はなるべく画面に出さないという演出に決まった様だ。
 リュリュミアの登場シーンは全部カットとなる。
 アクシデントである花園発見の処置は決まった。
 皆は早くこの花園を出て、鉱洞を目指す行軍を再開する事にした。
 ここを去る前に、冒険者達はこの探検の続きにリュリュミアを誘ってみたが、
「もうちょっと花園を見ていますぅ。もし、気が変わったら、追いかけますからぁ」
 と、丁寧なお断りをいただいた。
「ビリー兄い、お約束のギャラをいただきたいんですがね」
「よし、ちょっと待っててや」
 レッサーキマイラにせがまれたビリーは打ち出の小槌を取り出した。
 それを三回振るとフライドチキンが山盛りに入ったバケットが三つ、出現した。
「これでい、これ! いやぁ、うめえもんでい!」
「何回食っても飽きが来まへんなー」
「………………」
 レッサーキマイラの三つの口が一斉にチキンにむしゃぶりつく。
 探検隊はリュリュミアとレッサーキマイラと花園に別れを告げ、森の探索を再開した。
 恐らく、レッサーキマイラは思う存分にフライドチキンを食べた後、リュリュミアに森の外へポイッされた事だろう。

★★★
 カワオカ・ヒロシテン探検隊はドワーフの家で小休憩した後、鉱洞を目指して再出発した。
 虻や蜂が飛ぶ、木漏れ日の中を探検隊が進む。
 この鉱洞がクライマックスの撮影場所となる。
 当初の予定ではこの鉱洞の奥で虚構のドラゴン、ババババーンとの遭遇になるはずだった。
 しかし、今は実在のドラゴン、グイデュールアを探している。
「その巨大ドラゴンは何処に存在するのだろう」
 その考えがヒロシテンを悩ませているらしい。
 念の為、ドワーフ達にもグイデュールアの事を聞いたが何の情報も得られなかった。
「まあ、そうやろな」
 そうつぶやく道案内のビリー。彼はこの探検のオチをどうつけるのかが気になっていた。
 森に入る前に現れた双子の神官。あれはどう考えたってマニフィカだ。どうしてそういう事をしたのか解らないが、三首竜王グイデュールアというのはマニフィカが考えた出まかせに違いない。
 という事はグイデュールアは存在しない。
 しかしヒロシテンを筆頭に探検隊スタッフはある程度、グイデュールアの実在を信じている様だ。
「この探検のクライマックスをどうするか? ……うーむ」ビリーにその質問をされたヒロシテンが腕を組んで唸る。「……これから行く鉱洞が全く怪しくないわけではないんだろう? 行ってから考えてもいいんじゃないか。まあ、未来君の用意したババババーンのハリボテもあるし……」
 未来はドワーフにリアルなドラゴンのハリボテを作ってもらっていた。そのリアルさは探検隊の皆を驚かせたほどだ。
 かさばるハリボテはビリーの宝船で運んでいる。
 ともかく真実がどうあれ、カワオカ・ヒロシテン探検隊は鉱洞の奥で巨大ドラゴンを撮影して終わり、という予定なのだ。
 隊列の最後尾を歩くアンナは考えていた。
 いっそ、ここで「あの双子の神官は自分の知り合いが演じていた偽物です。グイデュールアというのも嘘に違いありません」とばらしてしまった方がいいのか、と。
 そうしたら、真実を知らされたヒロシテンはがっかりしてしまうだろうか。
 スタッフも意気消沈して、士気を失い、撮影をやめてしまうだろうか。
 ……いや、この探検隊ならそうはならないだろう。
 どうせ、元よりフィクションのドラゴンを撮影しに来たのだ。事実が明かされたところで方針に大きな変化はないだろう。「我我、探検隊は三首竜王グイデュールアと遭遇したが逃げられてしまった!」というフェイク・ドキュメンタリーをでっちあげる事には違いないのだ。
 アンナも未来もジュディもビリーも、同じ思いでヒロシテンには真実を伝えなかった。
 撮影続行に水を差さない事にした。
 ブーツが踏む土の感触に、岩の硬さが混ざる。
 やがて探検隊は鉱洞の入口に到着した。

★★★
 木の柱や梁で補強された鉱洞が探検隊を奥へ誘っている。
 天井から吊り下げられたカンテラに火は入っていない。
 カワオカ・ヒロシテン探検隊は、ドワーフサイズに作られた鉱洞をくぐって歩く。各ヘルメットに取りつけられたライトが洞窟の前方を照らしている。
 ドワーフサイズと言っても探検隊がやや屈むくらいで進める。
 涼しい。ツルハシによってさんざんえぐられた岩肌が、黒黒と濡れている。
 一番先に進んでいるのは「隊の先頭を進んでいる」という設定のヒロシテンを前から撮るカメラマンと照明スタッフだ。
 既にここでも未来が念力で操作する、リアルな骸骨の襲撃シーンを撮影ずみだ。
 幾つにも枝分かれしている坑道を道案内するビリー。以前にドワーフ達と一緒に掘削仕事をしていた座敷童子の指示は的確だ。
「もう少ししたら広い場所に出るでぇ」
 ビリーは皆に声をかける。
 しばらくして、坑道は広い場所に行き当たった。
 土の地面がある、広場の様な場所だ。ここが鉱洞の一番奥なのだ。
 直径にすれば、三十メールくらいか。
 二十数名のスタッフが一度に入って、十分な余裕があった。
 天井も高く、腰をのばせる。
 手をのばしても天井には届かなかった。高い天井だ
「やはりドラゴンはいないか」隊長は太い腕を組んで、残念そうに呟いた。「よし、ここで今回のクライマックス、ババババーン……じゃない、三首竜王グイデュールアのシーンを撮影しよう」
 ヒロシテンが宣言し、スタッフは撮影準備に動き始めた。
 力持ちのジュディはドラゴンのハリボテをこの広場に運び込んだ。中に入っていた綿を外に出して、かさを減らして、狭い坑道を引きずってきたのだ。ここで綿を詰め直せば、ハリボテ・ドラゴンの復活だ。ハリボテというよりはヌイグルミだが。
「三首竜王という割には頭が一つしかないやん」
「元がババババーンだからな。編集の時に特撮で首の数を増やそう」
 綿詰め作業を見ながらのビリーの不満には、ヒロシテンが即座に答を返した。
 その時、空気が揺れた気がした。
 空気だけではない。足元も壁も天井も小刻みに揺れている。
 鳴動が鉱洞全体を震わせていた。
「地震だーッ!」
 スタッフが騒ぎ始めた。
 鉱洞を地震が襲った。
 否。
 ただの地震ではないのが次の瞬間に解った。
「モンガーッ!!」
 広場の地面の中央の土が大きく盛り上がった。
 爆発する様な大物の出現で、えぐれた土が周囲に激しく飛び散った。
 モグラだ。
 巨大モグラの上半身が土を盛り上げて、出現した。上半身だけで三メートルはある。
 肉食の牙を持つ巨大モグラが地震の如き地響きを起こしながら、この鉱洞に現れたのだ。
 探検隊の皆は天井にひびが入り、岩の破片が落ちてくる事にもパニックになっている。
「何や!? あんなモグラ、知らんで!?」
「皆、戦うんだ!」
 とまどうビリーをかばって、ヒロシテンが日本刀を抜いた。
 マギジック・ライフルを持ったスタッフ三人もそれを構えて、巨大モグラに照準をつける。
 自分に反撃しようという敵に気がついたのか、巨大モグラは一声、大きく鳴いた。そして力強い前脚の爪で天井を引っかく。
 すると降ってくる岩の勢いが激しくなり、ライフルを構えていたスタッフの頭に落ちた。ヘルメットをかぶっているので致命傷ではないだろうが、彼らはライフルを落とし、地面に倒れこんだ。
 今、巨大モグラに最も接近しているのはヒロシテンだ。
 彼は落ちてくる岩や巨大モグラの前脚を恐れず、日本刀を振りかぶった。
 だが。
「……し、しまったッ!」
 ヒロシテンが突然、日本刀を手から落とし、地面に片膝をついた。
 小刻みに震えている利き腕を左手で押さえ込む。全身が震え出していた。
「き、禁断症状だッ! ……コ、コーヒーが切れたッ! ……わ、私はコーヒー中毒なんだーッ!」
 戦闘不能になって歩くのもままならないヒロシテンが日本刀を握ろうとあがく。
 しかし全身が震え、拾う事すら出来ない。
「早く逃げて、ヒロシテン!」
 未来は叫んだ。
 このパニックはヤラセではない。
 彼の身は確かな危機の中にいるのだ。
 ヒロシテンの足の上に岩が落ちた。骨折の音がし、苦痛に顔を歪める。
 カメラマンや照明スタッフは我を忘れて、岩を避けつつ、この広場の出口へ走ろうとする。
「ま、待てッ!」ヒロシテンが逃げる撮影スタッフを呼び止めた。「こ、こんな絶好の見せ場から逃げてはいけないッ! さ、撮影を続けるんだッ!」
★★★