『タイガーストライプの饗宴』

第二回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 夜の『羅李朋学園自治領』で、瓦礫で出来た山にそびえ立つ、黄白色の巨大怪獣『デンキング』。
 むしろスリムに見えるほど長く細い尾を打ち振る巨身は、タイガーストライプの体表面に青白い電撃をまとわりつかせながら甲高い声で鳴いた。
「キリ! 光子結晶をお願いします!」
 マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は、瓦礫を乗り越えてやってきた『ウルティマン』の宿主『キリ・オーチュネ』に青い簡易光子結晶を要求した、
 これを使用すれば、誰でも三分間だけウルティマンとして巨大化パワーアップが出来る。
 先日、熟慮の末に謎のとんがり帽子の噂を追う事にしたマニフィカは、現地でリュリュミア(PC0015)と再会した。
 彼女も噂が気になったらしいが、リュリュミアの呼びかけに、とんがり帽子事件の主体であるチュール星人の『イップ』も友好的に応じてくれた。やはり植物系同士は相性がよいのかもしれない。
 マニフィカは、今回の噂はチューリップ寄生事件の時のチュール星人とは別個体と考えたが、その予想は外れだった。
 いずれにせよ話がスムーズに進んでくれた事は、真にありがたく感じる。
 イップに事情を聞けば、勝手に持ち出された希少な怪獣デンキングの行方を捜索すべく『オトギイズム王国』を再訪したという。
 持ち出した当事者は、雷鬼族の貴族『ヤンケ・ソーダ』。巷を騒がしていた虎縞パンティ怪人の正体もこの男らしく、厄介な事に『光学迷彩』&『音響迷彩』というステルス技術も使えるという。
 それに脅威を感じているのは、お酒の勢いで虎縞パンティの怪人を退治するクエストを引き受けたジュディ・バーガー(PC0032)も同じだった。
 心強い仲間であるアンナ・ラクシミリア(PC0046)と一緒に、学園警察とも和解して夜間パトロールに協力していたジュディ。幸先のよいスタートを切れたと思っていたが、ヤンケに直接遭遇してどうも雲行きの怪しさを覚る。
 過去の冒険から、とあるマッドデザイナーの関与を疑っていたのだが、アンナや学園警察と一緒に夜間パトロール中、ついに虎縞パンティの怪人と遭遇。実にナイスな筋肉の持ち主にヘッドロックを仕掛けるも、自爆的なバックドロップもどきで痛み分けに引き込まれる。
 お主、やるな!と俄然ファイトを燃やしたジュディだったが、不利を悟ったらしいヤンケが用心棒のカプセル怪獣デンキングを放ち、そのまま姿を隠してしまう。
 合流した仲間達から怪人騒ぎと怪獣捜索の関連性を説明されて、なんとなく全体像を理解していた彼女は、彼の光学迷彩&音響迷彩の前には為す術がなく、取り逃してしまう。真なる脅威は、この男のステルス技術だと思い知らされる事になったのである。
 同じくヤンケを取り逃がしてしまった事にささやかな憤りを感じていたマニフィカも、ジュディとの再会にこれも何かの縁であると思いながら、デンキングに対して戦闘の決意を燃やしている。マニフィカは怪獣捜索を快諾した。再会は最も深き海底に微睡む母なる海神の導きに違いない。その思いが一途にある。
 デンキングに対する戦闘の意思はリュリュミアにもアンナにもある。彼女達もその身をウルティマンに変える意思である。
 皆の思いはビリー・クェンデス(PC0096)も同じだった。
 既にキリから簡易光子結晶を渡されていたこの福の神見習い。どちらのクエストを選ぶか決めるべくをこの座敷童子が伝統的なコイントスで『幸運の五十イズム硬貨』に運命を委ね、巨大怪獣の捕獲クエストと出た結果なのだが……。
「成程。逃げた婚約者を追いかけとるんか」
 巨大怪獣を持ち込んだ犯人は雷鬼族の貴族ヤンケ・ソーダと知るや、とりあえずキリに詳しく事情を聞いてみた。
「希少な巨大怪獣を盗み出し、用心棒に利用するとは……大迷惑にもほどがあるで、ホンマに」
 相棒である合成魔獣『レッサーキマイラ』と共に、宇宙パトロール隊キリ・オーチュネとの再会を祝していたビリーは、胸に輝く名誉勲章が誇らしい。この勲章にかけて今回も事件解決を速やかに遂行するつもりなのだが。
(これだから世の中は面白いで!)
 その胸の内は、委ねた運命の結果に心が躍っているのだった。
 曰く、運命は流転する。
 まるで川の水面の如く、常に変化している。
 川を流れ下った水は、いつしか遠い海に流れ着く。
 時として運命は表裏一体でもある。
 コイントスの結果で二つに分岐した運命が、再び一つに合流する。
 ――嗚呼! 数奇なるかな、面白きかな、運命!
 ビリーは幸運の御使いの自分にもままならぬ運命に一柱(ひとり)、感動していた。
 そしてこの場に居合わせた仲間達にも簡易光子結晶の提供をキリに要請する。
 偶然とはいえ、この仲間達全員が宇宙パトロール隊名誉勲章の授与者である事はプラス効果だと思われた。
 キリが素直にここに集まった冒険者達に簡易光子結晶を配っていく。
 後は使用するだけである。使用すればウルティマンとして巨大化出来るのだ。
 だがしかしジュディの決意だけは皆と違う方向に向いていた。
「虎縞パンティの怪人ヤンケ・ソーダを退治するタメ、まず彼の婚約者『むらさき姫』と接触スベシ!」
 彼女の優先順位は、怪獣退治よりもまず怪人退治だった。
 逃亡中の婚約者が、鬼が島のむらさき姫と同一人物ならば、ジュディにはそれなりに面識もある。
 多分、彼女も光学迷彩&音響迷彩が使えるはずで、享楽的な傾向が強そうな性格から、潜伏先の学園自治領で羽を伸ばしているだろうと考えられた。
 何故そう考えられるのか? それはジュディも同類なので解るのだ(笑)。
 自分の直感優先で動こうとするジュディは、キリから結晶を受け取らなかった
「ヤンケよりも先にコンタクト、接触出来れば、罠を仕掛けて待ち受けるコトも可能ネ!」
 学園警察と和解した今、知名度も高いジュディは学園自治領という地の利を活かせる立場にある。そう信じて一大作戦を仕掛けるつもりであった。
 キリは結晶を受け取らなかったジュディに、ヤンケ捜索を一任する事にした。
「ところで、デンキング退治に作戦があるのですが」
 アンナは自分の考えていた作戦を説明する。
 今にもウルティマンに変身しようとしていた仲間達は一時、思いとどまって彼女の話を聴く。
「全力でも勝てるかどうかわからない敵ですが、街の人達を守る為にわたくしは戦います」とアンナ。「電気怪獣らしいですが、電撃をくらってもウルティマンになっていればおそらくダメージは大丈夫でしょう。しかし急激にエネルギーを消耗するでしょうし、それ以上に街の人達が危険です。幸いここは羅李朋学園自治領なので、鉄塔や電線を使ってアースして電気を地面に逃がして電撃を防ぎます。とにかく仲間達と三分間のリレー形式でデンキングを休ませないように戦ってダウンさせるのです」
「いえ、それよりもいいアイデアがございますわ」反論したのはマニフィカだった。「過去に、巨大ウルティマンは体内の電磁力と重力を操る人型エネルギーボディという説明を受けました。私の異世界知識によれば、電磁力は磁界と電流の相互作用。もしかしたら巨大怪獣の放電をウルティマンのエネルギーに変換&吸収する事が可能なのではないでしょうか」彼女は読書によって仕入れた知識をフル動員していた。「どうでしょう。一度に三人以上で巨大ウルティマンと化してデンキングに組みつき、それぞれ最大一万t分の重力で押さえ込むのでは。デンキングの放電を自分のエネルギーに変換&吸収する事では活動限界三分を延長出来るはずですわ。持久戦による捕獲、つまり我慢比べで怪獣を捕獲するのです」
 ここでアンナの「次次にリレー形式で戦おうというA案」とマニフィカの「ウルティマン×3で一度に戦おうというB案」の二つの案が出た。
 特色がある二つの案は論理的であり、それぞれにいい面があり、そして相性が悪かった。
 アンナは、町の電線や鉄塔をアースにして電流を逃そうとする。
 マニフィカは、デンキングの電流をエネルギーにして活動限界を高めようとする。
 この電気怪獣の電撃の扱いにも両者の相性の悪さが現れている。
 仲間達はどちらの案を採用するべきか悩んだ。
 こうしている内にも暴れ出したデンキングが夜の街を蹂躙している。
 悲鳴を挙げて逃げ惑う市民達。撮影しているオタク達もいるが。
「じゃあこういうのはどうでやんしょ。アースで電流を逃がしつつ……駄目か。デンキングの電流が逃げてったら、ウルティマンのパワーアップ案に繋がらないでやすね」
 傍で聞いていたレッサーキマイラが折衷案を出そうとしながら早早とあきらめる。
 ちなみに、こいつは戦うのが嫌だからと簡易光子結晶を受け取っていない。
「どーでもいいからぁ、はやく巨大化してかいじゅうをどうにかしましょうよぉ」
 リュリュミアはそう言うが、どちらかの案にまとまらなければデンキングには勝てそうにない。
 ビリーは意を決して、マニフィカに賛同した。
「街中で被害を増やさない為にも、やはり短期決戦が望ましいわ。デンキングはウルティマン三人分の強さがあるっちゅーから、各個撃破されるリスクを避けながら、とにかくチームプレイに努めるのが肝心や」ビリーの脳裏でとある宇宙世紀の司令官の「戦いは数だよ、兄貴!」という名言が思い起こされる。「可能なら、なるべく三人以上の巨大ウルティマンで臨みたいわ。ちょっと無茶でもマニフィカさんの提案する捕獲作戦に賛同するわ」
 アンナのアイデアも肯定的に受け入れたかったが、ここまで水と油だととにかくどちらかに天秤を傾けるのが先決だ、とマニフィカ案を推す。
 二対一でマニフィカ案に採用が決まる。
 こうしている間にもデンキングは暴れている。
 早く変身しなければならない。
「じゃぁ、さっさと変身しましょぉ」
 リュリュミアはじれったそうにしていた。
 そしてデンキングを見上げる。
「怪獣は大きいですねぇ。捕まえるのが大変ですぅ。カプセルがあったらいいのですけどぉ……やれることをやるしかないですねぇ」
 皆は簡易光子結晶を使い、次次にウルティマンに変身した。
 キリも含めて四人の光の巨人が一斉に巨大化する。
「リュリュミアはちょっと行くところがあるので頑張ってくださいぃ。怪獣はぜつめつきぐしゅだから殺しちゃだめですよぉ」
 最後に変身したリュリュミアは、蔦の絡まる様なパーソナルラインのウルティマンになった。
 夜の町で、巨大な五人のウルティマンが体長五〇mの電気怪獣に相対する。まるでホログラムの様な光に包まれた光の巨人は一万tの質量を秘めながら、デンキングを囲むように散開する。
 まずは一斉に皆でデンキングにとびかかる、それが先手だと思われたが。
 突然、ウルティマン=リュリュミアはデンキングに背を向けて、一人ぴょーんとジャンプして戦線離脱した。
 え? え?と彼女の奇行に戸惑いを見せる残りのウルティマン達。
 置いていかれた仲間達を尻目に、リュリュミアはすたこらさっさと明後日の方向へ飛び去った。
『ちょ、ちょっとリュリュミアさん!』
 ウルティマン=アンナは彼女を追いかけようとして、すぐにデンキングの存在を思い出す。
 デンキングは一番近くにいたウルティマン=ビリーに襲いかかった。鞭の様に長い尾がキューピー頭をした巨人の身体に巻きつき、稲妻に似た音で青い電撃を浴びせる。
『しびしびしびしびしび……!』
 たまらず悲鳴を挙げたウルティマン=ビリー。
 その巨大怪獣の背に、一万tの飛び蹴りをくらわせるウルティマン=マニフィカ。
 倒れかかるウルティマン=ビリーを受け止めるウルティマン=キリ。
『ビリー。電撃は吸収して自分のエネルギーにするのです』
『んな事言ったって、具体的にどうすればいいのかやり方が解らへん……!』
 ウルティマン=マニフィカのアドバイスに、ウルティマン=ビリーは反論する。
 その様子にはウルティマン=キリも戸惑いを見せる。
『私も電撃の吸収などは初めての事でやり方が解らない……』
 必殺の光線技が使えない捕獲戦は、ウルティマン側に圧倒的に不利だった。
 デンキングが身体をきりもみの如く捻りながら、長い尾を振り回してきた。
 それを鮮やかにかわすウルティマン=アンナ。
『とにかく全員でかかればいいのでしょう!』
 その先陣を切って躍りかかるウルティマン=アンナに続いて、ウルティマン=キリも刺す如くの跳び蹴りを浴びせる。
 デンキングが体表面に電撃をまとわせて二人を迎え撃つが、一万tの重量はそれを圧倒する。ウルティマン側も電撃ダメージを受けながら巨大怪獣を無理やり押さえ込もうとする。
 しかしデンキングの強さは嘘ではない。二人をまとめて跳ね返した。
『とにかくチームプレイや! 大人しく往生せいや! この電気ウナギ!』
『皆で一斉にかかってください!』
 ウルティマン=ビリーとウルティマン=マニフィカは、間髪入れずにデンキングに体当たりをくらわせた、
 また体表面に電撃をまとわせて迎撃されるが、二人はダメージ覚悟で無理やり押さえ込む作戦を続行する。
 低い悲鳴を挙げるウルティマン=ビリーとウルティマン=マニフィカ。
 それに続いてウルティマン=アンナとウルティマン=キリもダメージ覚悟でとびかかる。
 重力コントロールで合計四万tほどの重量で押さえこまれるデンキング。三人を同時に相手に出来る巨大怪獣も疲れを見せてきた。電撃がどんどん弱くなっていく。
 戦いはウルティマン側が電撃に耐えられるかの持久戦になっている。
 低い悲鳴を挙げ続ける四人のウルティマン。
 デンキングが最後の力を振り絞る。
 足元の危うい所まで迫って撮影を続けるオタク達が時計を確認した時、変身時間は残り一分を切っていた。

★★★

『時間がかかってしまいましたねぇ。まにあうといいのだけどぉ』
 イップ達、チュール星人のいる森を訪れていたウルティマン=リュリュミアは、全速力での帰途についていた。
 あとちょっとで羅李朋学園自治領である。
 胸のカラータイマーは点滅を始めている。
 大地に足跡を刻みながら、彼女は走り続けた。
 胸の前に固定したその手に、一頭の牛を持って。

★★★

『あかん! こいつ、思ったよりも根性がありよる!』
 ウルティマン=ビリーが叫んだ時、カラータイマーが点滅していた四人のウルティマン達の変身時間が切れた。
 遂にデンキングが耐えきった。
 巨大怪獣は身の束縛を振り払うかの様に立ち上がり、両腕をのばしてまとわりついていた者達を弾き飛ばした。
 まるで羽毛の如く軽軽と飛び散るウルティマン達。巨身は朝焼けに消える露の様に薄くなっていく。
 その時。
 自治領の境界、視界の端にウルティマン=リュリュミアが地響きを立てながらやってくるのが見えた。
 あともうちょっとでデンキングが暴れる現場である。
 しかし、デンキングまでまだ距離があるという時点でカラータイマーも消滅し、彼女もその姿が消え始める。
『えぇ〜いぃ』
 消滅する寸前のウルティマン=リュリュミアは手に持っていた牛をひょーいと投げつけた。
 永い滞空時間。
 牛の頭に咲いていた赤いチューリップが投擲の最中で、頭を離れる。
 牛の本体は宙を飛ぶビリーが受け止め、チューリップの花はそのままヘリコプターの様に回転して、デンキングの頭頂に着地する。
「こいつの頭に寄生すればいいんだな」
 イップがリュリュミアに言われていた通り、怪獣の頭頂にただちに根を張ってその神経コントロールを奪った。
 怪獣は笛の様に一声鳴いた。瞬間的に直立不動になり、先ほどまでの暴れっぷりは何処へやらという風にやにわ大人しくなる、
 全身を脱力化させ、瓦礫の山の上に丸くなった。
 まるでさっきまでの自分の行動を忘れるよう寝息を立て始める。
 こうしてカプセル怪獣デンキングが無事に鎮静化した。
 一見リュリュミアが美味しい所をさらっていったに見えるが、他の皆が一所懸命デンキングを押さえ続けなければ、彼女がイップを連れて到着するのに間に合わなかっただろう。
 無力化されたデンキングに、自治領のオタク達が群がり、戦勝撮影会を開始した。
 学園警察が彼らをさばいて現場の安全を確保し、冒険者達が熟睡している怪獣にロープやワイヤーをかけて身体を固定する。
 まあイップが寄生している内はこの怪獣も再び暴れ出す心配はないだろう。
「全速力ではしってきたから、おなかペコペコですぅ」
 リュリュミアは光合成エネルギーをほぼ使い切ってへとへとだ。
 次の感想は自分の欲求から出たものに違いない。
「ところで怪獣は何を食べるんですかぁ」

★★★

 夜が明けて、季節はすっかり春の陽気。
 以後、頭にチューリップが咲いたデンキングは巨体のままで自治領で飼われる事になった。
 飼われるといってもイップの支配下で眠り続けるのだ。実際、それ以外の何をさせても羅李朋学園自治領の手に余る事になるだろう。何を食べているのかも解らないというのもあったが。
 束縛されて寝そべる五〇mの巨体。
 いるだけで困る、というのが現在のデンキングの存在位置であった。
「早くヤンケを見つけ出して、引き取ってもらうなり、何とかしないといけませんね」
 復興工事が始まった自治領内で、アンナはモップで路面の清掃を行う。
 インフラが破壊された地区での復興はまだ遠い。
 そして更に困った事実もここで明らかになった。
「宇宙パトロール隊員として過去に侵略行動を行おうとしたチュール星人の存在は看過出来ない。速やかにこの星を退去する気がなければ実力行使に移させてもらう」
「こちらも宇宙パトロール隊などという自主運営組織に協力する気はない。あくまでも旧知の友との友情に応えて行った行為。そちらが手を出す気ならばこの怪獣の支配義務を放棄する」
 チュール星人の存在をウルティマンがよく思わなかったのだ。
 それはイップも同じで、二人は犬猿の仲といえる関係にはまりこんでしまった。
 キリは懸命にウルティマンに矛を収めようとさせるが、二人の異星人はますます意固地になっていく。
「あかん。こじれるばかりや」
「一体どうすればいいのでしょうか……」
 ビリーとマニフィカが温かくなってきた陽気にプリン味のアイスクリームを舐めていると、傍にある街灯についたスピーカーから聴き慣れた大声が流れてきた。
「――むらさき姫サマ、むらさき姫サマ。もしこの放送をお聴きになっているのナラバ、羅李朋学園自治領・冒険者ギルド・玄関ホールまでお越しクダサイ。――リピート、繰り返しマス。むらさき姫サマ、むらさき姫サマ。もしこの放送をお聴きになっているのナラバ――」
 町中にあるスピーカーが一斉に放送し始めたのは、確かに彼女とヤンケ捜索に奔走しているはずのジュディの声だった。

★★★

 ジュディは考えた。
 お姫様や貴族の青年がサバイバル生活や野宿が得意とは思えない。
 そしてニ四時間ずっと透明化を継続するのは色色と不都合がつきまとう。
 という事は、何処か街中でこっそり宿泊してるはずだ。
 ならば、羅李朋学園自治領の学園警察の手を借り、防災無線を使ってむらさき姫を堂堂と呼び出すのだ。
 デンキング戦が終了した今がそのチャンスだ。
 姫を確保すればヤンケという貴族も漏れなくついてくるはず!
 その確信を元にむらさき姫の呼び出し放送を開始したジュディだったが、果たしてそんなイージーに物事は進むだろうか!?
「うちを呼んだけ?」
「来た!?」
 勝手に待ち合わせ場所にされた冒険者ギルドの面子が動揺してしまうほど、あっさりとむらさき姫は現れた。
 タイガーストライプと緑色傾向のクリアカラーと、うすだいだいの肌色。
 クリアグリーンに色がにじむ髪をなびかせ、虎縞ビキニとブーツだけで身を飾った、半裸の美少女。
 むらさき姫も最近の陽気にあてられてか手にアイスクリームを持って舐めている。唐辛子味だ。
 この呼び出しが通じなければ学園警察の総力をもって、いわゆる『宿改め』のローラー作戦の実施を考えていたジュディもびっくりするほどのあっさり加減だ。
「確か前に一緒に月世界にも行ったジュディとかいう奴だっちゃね。うちに何の用だっちゃ?」
「ジュディを憶えてくれていて光栄デース」
 冒険者ギルド玄関ホールに設えられている防災無線のマイクを手に持ったまま、ジュディはむらさき姫に答えた。そのおかげでこの会話は街中でだだ洩れである。
 えーと。これからどうするつもりダッケ?
 そうダ! むらさき姫を囮にヤンケの奴を待ち構えるトラップを仕掛けるつもりでいたノダ!
 But具体的にはどうするつもりダッケ?
「むらさき姫。羅李朋学園自治領ではむらさき姫を追ってきているヤンケという貴族が暴れてて、ビッグ・トラブル、大迷惑をかけているノ! そいつを引き取ってもらうタメにむらさき姫をデコイにしたトラップを仕掛けたいんダケド……」
「うちは筋肉しか能がない馬鹿は嫌いだっちゃ!」
「そう言わないで手伝ってクレマセンカ」
「ヤンケなんて親が勝手に決めた許嫁だっちゃ。うちと他の女の区別もつかないくせにあっちこっちしつこく追い回してぇ……。あんなのの囮になるだけでも虫唾が走るっちゃ!」
 むらさき姫はきつい表情でずけずけとものを言う。
 腕時計らしき物の操作を始めた。光学迷彩&音響迷彩で逃げるつもりだ。
 こいつは一筋縄ではいかないな、とジュディが覚悟した時。
「うおーっ! なんちゃら姫が呼び出されているというのはここかーっ!?」
 冒険者ギルドの立派な玄関を蹴り破って、外から虎縞パンツを被った筋肉半裸の白ブリーフ男が乱入してきた。
 それと入れ替わる様に、姫の姿はスーッと消えてしまう。まだギルド内にいるはずだが。
「うおーっ! お前がなんちゃら姫かーっ!」よりによってヤンケという男はジュディの顔を直視しながら間違える。「んんーっ。さすがに違う様な気がするな。……
うおーっ! 俺の美しきなんちゃら姫は何処だーっ! このヤンケ・ソーダが虚飾と欺瞞に満ちあふれた王族社交界から救いに来ましたぞーっ!」
「こういう知性が素朴すぎる男は嫌いじゃ」
 その小声での捨て台詞を最後にむらさき姫の気配は完全に消え失せた。すぐ追いかけられれば捕まえられるかもしれないが、どっちへ逃げたろう。
 ジュディはギルド内の全てを蹴散らしながら中で荒げる男に対して、怒りの声を挙げる。
「ヤンケ! 大人しくお縄について外の巨大怪獣を何とかしナサイ! ……むらさき姫も何処へ行ったんデスカ、モー!」

★★★