『オクの帰還!?』

第一回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 牙骨の荒野。
 巨大な銀の月を背景として、夜の地平を風が吹き抜ける。
 まるで戦争軍人の妄想から現れた様な巨人の如き多砲塔戦車が走る。
 彼方のそれをシルエットとしてビリー・クェンデス(PC0096)は一人、流星の広野にたたずんでいる。
「あれはあの岩陰の人間を狙ってるとちゃうん?」
 ビリーも『児童誘拐組織』退治の依頼を受けていた。
 目的の如何を問わず、児童誘拐という犯罪は見過ごせない。
 暇を持て余して冒険者ギルドに立ち寄った際に、このクエストが大掲示板に貼り出されていたわけだが、探偵小説や刑事ドラマを参考しながら、素人なりに調査を進めた結果、ようやく『児童誘拐組織』の末端と遭遇出来たのだ。
 荒野の岩室での交錯。
 状況的に彼らは、他の冒険者グループと交戦した直後らしい。
 組織の構成員と思わしき犯罪者達は、現在進行形で逃亡中。
 数名の死傷者を放置出来ずに応急手当を施し、ギリギリの危ういところで一命をとりとめた重傷者は比較的軽症な冒険者に任せ、ビリーはまんまと逃亡した児童誘拐組織を追跡した。
 どうやら冒険者グループから捕らわれた年少の人質がいるらしい。
 そして、それを追いかけていった冒険者も一人(以下冒険者Aと呼称する)。
 両者とも羅李朋学園の出身者でちょっとわけありな人物の様だ。
 闇にまぎれて巨大戦車に接近する。
 この夜の荒野で児童誘拐組織が多砲塔戦車と合流し、それに狙われた先行冒険者Aを薄暗闇の中に発見する事が出来たのだが――。
 地響きを立てて走る巨大戦車。
 小砲塔の一つが旋回し、その荒野の冒険者Aに狙いを定めたタイミングで、ビリーは考える間もなく咄嗟に『神足通』を発揮した。
 岩肌は重機関銃の掃射を浴びた。
 榴弾砲の一発もくらえば跡形もなく吹っ飛ぶ岩陰にいた冒険者Aを、連続する瞬間転移でさらう。
 そこから五〇mは離れた固い地面に手にしたビリーは、月明かりの下で初めて冒険者Aの顔をまじまじと見たのだが――。
「ゲゲッ!? グスキキのリーダーやないか!?」
 彼が因縁浅からぬカルト教団『偶像崇拝禁止教団(グスキキ)』の元リーダー『アル・ハサン』だと気づいた福の神見習いは、露骨に嫌な顔になった。
 まことに遺憾である。確信犯なテロリストを助けたと解り、今までに彼が起こした事件、巻き込まれて死んでいった人間達を思い出してヘビーな気分になる。
 突然助けたビリーがフレーメン反応の様な表情を見せると相反して、アルは五〇mも瞬間転移した事に対しての動揺と焦りをあからさまにしていた。
「いきなり離れた!? あいつのスタンドの効果範囲は大丈夫なのか!?」アルは必死懸命に先ほどから五〇mさらに離れた戦車のシルエットを見、焦りの顔で距離感覚を確かめている。両掌を見る。「自爆はしていない。……三〇〇m範囲ギリギリなのか……」
「助けられた礼くらい言わんかい!」
 シリアスな顔してファンシーなウサギのバックパックを背負っているアルの頭に、スパコーン!と『伝説のハリセン』が炸裂する。
 大して痛くない打撃に対して、アルは不快そうにビリーを睨んだだけだった。
「リアクションぐらい返さんかいっ!」
「……貴様、羅李朋学園で俺を追いかけていた生徒会の犬だな」
 アルの方もビリーを憶えていた。
 何とも言えない緊張感が救助者と救助された者の間に漂う。
 彼方では超巨大戦車がサーチライトを放って、見失った攻撃目標を探している。
 軋む様に走る旧態然とした外見から、薄暗く窮屈な内部構造が予想出来た。
 そういえば、中には年少の冒険者がさらわれているはずだ。
 誘拐された児童もいるはず。
「こないな事してる場合やない! 子供達を探さな!」
「待て! お前、俺を連れてけ!」
 再び神足通で瞬間転移したビリーにしがみつく形でアルも瞬間移動した。
 濃緑色の迷彩塗装をした超巨大多砲塔戦車のすぐ上で二人は実体化する。
「何や!? 一度に内部には入れんのかい!?」
「危ない!」
 アルがビリーを巻き込む形で上面装甲版の上を転がり、近くの銃座から放たれた銃弾をよける。
 二人の周囲を弾着音が跳ねまわり、夜の暗闇に派手な火花を散らした。
 サーベルを抜いたアルが近くの開放銃座に飛び込み、射手を仕留めて制圧した。
 ビリーは神足通でその銃座に転移する。
 アルが死体の返り血を拭わず、戦車内部の通路を奥へ走り始めた。
「あ。ちょっと待たんかい、おんどりゃ」
 口悪くその背を連続転移で追うビリー。
 拳銃を手に通路に現れる荒くれめいた乗員達をアルが切り伏せながら進み、ビリーは死角から死角に小柄な姿を移動させ、次次と『影縫いの術』や『サクラ印の手裏剣カスタム』で横道から現れる乗員を麻痺させていく。戦車の乗員はジ〇リアニメに出てくる空賊とかのコスプレに見える。
 走り続ける戦車の中は迷路めいていた。こもった空気が蒸す。
 鳴りやまない銃声の中を走り抜ける。
 狭く窮屈な鋼の隘路をアルが走る。途中、銃で幾らか傷を受けながらもそれよりも重要な事があるらしく止まらない。
 ビリーはこの傷を後で治す事になるんやろうなぁ、とうんざりした顔をしながらも追うしか出来ない。
 戦車内部に響く駆動音と震動。
 短い梯子が直付けされた下への隘路を滑り降り、最下層へ。
 と、二人の勘が、通路の左右へ咄嗟に避難させた。
 次の瞬間、重機関銃の強烈な弾着が、通路内部の金属壁を削りまくった。
 壁際からそーっと顔を覗かせたアルとビリーは、行く手の通路の真ん中に陣取った重機関銃とそれを補佐して小銃を構えた暴漢達を確認した。
 これは神足通だろうと容易には突破出来ないパターン。
「お前が突破口を開け」アルが、ここで初めて自分の傷から流れる血を気にした。
「簡単に言うなぁ」ビリーは唾を飲み込みながら手裏剣を構える。
「俺はここで死ぬわけにはいかん人物だ」
「……あのなぁ」
 その時、乗員達の一人がメガホンを手にした。
 どうやら降伏勧告を行う気はあるようだ。
「貴様ら、何処からか雇われた冒険者の生き残りだな!」拡声器からの声が響く。「降伏しろ! もうお前達は打つ手はない!」
「だってさ。どうするん」
「…………」
 アルの固く結ばれた口が葛藤を物語っている。
 やれやれ、ここはボクが一肌脱がんとあかんか、とビリーは手裏剣を握る。
 しかし……突破出来るやろか。
「三つ数える前に降伏しろ! ひとーっつ! ……何だっ!?」
 メガホンを持つ相手が数を数え始めた時、突然に戦車全体がつんのめった。
 大きく前傾した戦車を、思わずアルとビリーは戦車兵の顔にキックをくらわす体勢で飛び降りていった。

★★★

「怒ってるんですからねぇ」
 牙骨の荒野に、一人の女性が銀の月を背景に立っていた。
 巨大な月を背にシルエットになったリュリュミア(PC0015)は、両手から鞭の様に二本のツタを長く伸ばし、一〇〇mは先にある戦車の影へとしならせていた。
「こんな月のきれいな晩に騒いでいるのはだれですかぁ。せっかくのお月見だんごの味がわからなくなっちゃいますぅ」
 牙骨の荒野で、月見団子を三方に飾ってお月見をしていたリュリュミアは、邪魔する如く地響きを立ててやってきた超巨大戦車に立腹していた。
 荒野は土煙でもやっている。
 これではお月見が台無しだ。
 どちらかといえば満月よりもお団子が目当てだった彼女は、白かった団子が土煙を被ってさらにご立腹だ。
「あの大きいのを止めるには、急速成長させた杉の丸太を車輪のところに差し込んで回らなくしちゃいますぅ」
 いきなり彼女は思い切り太く長い杉を生長させると、それを赤と青のツタで引っこ抜き、戦車の大重量を支えている無限軌道の動輪に突っ込んだ。
 前方左側のキャタピラが巨大な杉の丸太を噛んで、戦車の履帯が外れた。
 動輪が空転し、戦車全体が前につんのめる。
 多分、中身は大騒ぎだ。
「上の入り口にはツタを絡ませてよじ登っちゃいますぅ」
 ツタの先を戦車の装甲にあるハッチの突起に絡ませて、長距離をひと跳躍。
 夜風を切る植物系淑女。
 リュリュミアは震動する濃緑色の迷彩装甲の上に立った。
「あとは花粉をもくもくさせたら中の人が眠ったりしないかなぁ」
「リュリュミアさんやないか」
「あ、ビリー。こんな所にいたのぉ。奇遇ねえぇ」
 ハッチを開けて顔を覗かせたビリーとアルに、リュリュミアは気づいた。
 思いがけない再会のはずだが、リュリュミアの顔はまるで登校中に気づいた学生同士の様な涼やかさだ。
「ちょうどええところに来た。リュリュミアさん、この戦車から人を助けるの手伝ってくれへん」
「終わったらお花見に参加してくださいねぇ」
 状況を詳しく聞かず、ハッチを閉めて戦車内部に乗り込むリュリュミア。
 中にいた血まみれのアルに平常の挨拶をする。
「あらぁ。こんばんはぁ。背中のウサちゃんリュック似合いますねぇ」」
「よりによって女の助けを借りるのか」
 勝手に不満のボルテ−ジを上げるアルを最後尾にして、三人は鋼の隘路を歩き出した。
 死んだり死ななかったり十何人もの戦車兵が通路に転がっている。
 散発的な拳銃の抵抗。
 リュリュミアのツタがそれを無力化する。
「二人なら許容範囲や。行くで」
 ビリーは彼女とアルを連れて、戦闘を避ける為に狭い戦車内部を連続転移で移動した。
 死角から死角へ。
 三人まとまっているので広い場所を選ぶ。先も見えずで何処に現れるか自分でも解らないが。
 と、三人は狭っ苦しい簡易寝台が並ぶ医務室の様な部屋に転移した。
 消毒薬の匂いがする。
 眠らされているらしい子供達が寝台に寝かされている。二〇人はいるだろうか。
「おい! アネカしっかりしろ!」
 アルが幼児用ミリタリーファッションのおさげ髪の女児をベッドで揺さぶる。
 麻酔で眠らされているらしく眼を醒まさない。
「アネカ! アネカ! 眼を醒ませ! ……意識を失っていても自動発動型スタンドは解除されないのか」
「あかん。これだけ人数いると神足通で一度に脱出出来へん。戦車止めんと」
 その途端、戦車本体が大きく揺れ出した。
 履帯損傷したキャタピラだけ停止させて、残りのキャタピラで無理やり前進始めたのだ。
「この人数で制圧は無理やな。この子達は可哀相やけど一旦僕らだけで脱出や」
「待て! アネカは連れていけ!」
 アルが八歳くらいの女児を両手に抱える。
 リュリュミアは他の女児が寝かされている寝台に貼られているメモに気がついた。
「腎臓・一〇 肝臓・四 膵臓・六 脾臓・二 心臓・二 ……何でしょう、これぇ」
「後で絶対また助けに来るさかいな!」
 神足通でビリーとリュリュミア、アネカを抱えたアルが瞬間転移する。
 ビリー達は迷宮の様な戦車内部を、出口を求めて小テレポートを連続させる。
「あかん! ここはトイレや!」
 内部をよく確認せず即転移。
 乗員と鉢合わせしないように祈ってテレポート。
 乗員室の一つに飛び込んだ。
 卓上通信機とお話ししている白衣の男が部屋にいる。円いサングラスは見憶えがある。
「会長! 侵入者は私とは関係ないですます! 私の設計の不備ではありませんですます!」
「あれ。あんさんは」
 だがよく確認しない内に勢い余ってビリーは神足通を発動させてしまう。
 四人は即連続テレポート。
 転移を数回繰り返すと外へ通じると思われるハッチの前まで来た。
 ハッチを開けていち早く外へ飛び出すアルと彼が抱えたアネカ。
 次いでリュリュミアが自分をツタで支えながら外に出る。
「やっと脱出出来るわぁ」
「お名残り惜しいがここで一旦サラバや」
 ビリーもハッチの外を見る。
 ギクシャクと走っている戦車の外は夜の荒野だ。
「さっき出会った奴は『平賀幻代』だったんやないかな……」
 以前出会った羅李朋学園出身の狂的デザイナーだ。
 だが一瞬の事で確信はない。
 ビリーも脱出した。『打ち出の小槌F&D専用』で出した、破裂寸前なまでに膨らんだシュールストレミング(世界一臭い発酵食品という生物兵器)の缶詰を置き土産に。
 荒野に寝転んで身を隠すビリー達。
 彼方へ走っていくギクシャクした巨大戦車は、現在悪臭で阿鼻叫喚の絶賛大騒ぎ中になっている気がした。しばらく近寄る気がしない。
「起きろ、アネカ! 起きろ! 起きろ! 死ぬな!」
 アルが『新土居アネカ』の頬を叩いて眼を醒まさせようとしている。
 アネカという少女はしばらくしてうーんと唸ると細く眼を開けた。
「……あれ……あたちはたすかったの……」
 アルの全身が安堵で脱力する。
 ビリーは超巨大戦車が走り去った荒野の彼方を見やった。
「こうなったら一旦仕切り直しやな。あんさん達も児童誘拐組織を追いかけてるらしいけど。近くの村か町によって一からやり直しや」
 アルへ言った言葉だが、彼はふん、と鼻を鳴らしたきりだ。それでもこちらの意思を汲んでやろうという姿勢は感じられる。
 コオロギが鳴く荒野で銀の月がいつしか傾いている。
 指術でアネカの眠気を覚まし、仕方なくアルの治療を始めるビリー、
 応急手当のみで放ってきた冒険者連中にも再度接触せなならんな、と回想する。
 頭に巻いていた汚い布で血を拭うアルに、リュリュミアはポヤポヤ〜と顔を近づけた。
「ところであなたはどなたでしたかぁ」
 自分を知らない人物がいるという事は彼にとっては驚きらしく、放心したアルの上空で流星が一筋閃いた。

★★★

 マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は『羅李朋学園自治領』の闇酒場で『ギリアム加藤』が学園警察に逮捕されたという不吉な噂を聞いた。
 『トゥーランドット・トンデモハット』姫も当日から行方不明だという。
 ギリアム加藤といえば、魔術研究会を率いる高名な魔導士。
 スカイホエールの秘密にも深く関わる主要幹部が逮捕されてしまうとは、どう考えても尋常ではない。
 その背景として権力抗争や派閥対立という状況が思い浮かんだ。
 いずれにせよ、学園の『真・インフルエンサー』としては無関心ではいられない。
 逮捕との関連性は解らないけど、やはりトゥーランドット姫の事も心配ではある。
 相も変わらずトラブルメーカーという資質は健在らしい。
 彼女は尚の事、放ってはおけなかった。
 王女は『故事ことわざ辞典』を紐解いてみる。
 すると『親の心、子知らず』という一文が眼に入った。
 ちょっぴり耳が痛い、と自嘲の笑いが浮かぶ。
 更に頁をめくれば『一葉落ちて天下の秋を知る』という記述。
 これは……大事件の前兆という事か。
 トゥーランドット姫が行方不明という話は、トンデモハット王家まで届いているはずだ。
 統治者という立場や面子から、国王も王妃も容易に個人的な感情を表に出せない。
 しかし、きっと内心では頭を抱えている。
 自分も異世界の王族として同情を禁じ得ない。
 王女に学園留学を勧めた一人としても責任を感じてしまう。
 そこで、国王の個人的な助言役である『シルバー・筆先』に相談する事にする。
 因縁浅からぬ彼ならば手助けしてくれるはず。
「トゥーランドット姫の身柄保護のクエストを冒険者ギルドに出してくれペンだと」
 洋服を着たペンギン・サピエンスは、王城へ訪ねてきた褐色の人魚姫を軽い驚きをもって迎えた。
 王城のシルバーの私室である。
「はい。政治的な配慮からなるべく内密に」
「トゥーランドット姫の失踪は、彼女のプライベートな時間に起こった事なのでパッカード王も宇宙王妃も表沙汰にするべきかどうか頭を抱えているペン」
「やはり……」
「なのでトゥーランドット姫ではなく『Drアブラクサス』という人物の捜索保護の依頼を出す事にするペン。あくまでもDrアブラクサスという人物を無事に保護するよう、冒険者ギルドに依頼するペン。勿論、お前が一番にそれを成し遂げなくてはいけない義務がある事に留意しろ、ペン」
「了解いたしました」
「依頼云云の事は、私から国王に上げておくペン」
 Drアブラクサスとはトゥーランドット姫がお忍びで行動する時に変装する、いかがわしい化学デザイナーである。
 偉そうな態度の知性化ペンギンは、部屋の片隅にあった製氷式冷蔵庫から生魚を一尾出し、上を向いて頭からそれを飲み込んだ。

★★★

 マニフィカは現場百遍のセオリーに従い、羅李朋学園自治領を訪れ、トゥーランドット姫、いやDrアブラクサスの足取りを追った。
 やはりギリアムの逮捕と関係性があった事を確認したい。
 しかしどんな理由だろう。
 疑問が尽きないまま、更なる追跡を続行した。

★★★

 羅李朋学園自治領。
「わたくしは羅李朋学園の深い縁者ですよ。ギリアム・加藤に面会させてください」
「加藤様は羅李朋学園の本拠に上がってしまった。ここでは会う事は出来ない」
 アンナ・ラクシミリア(PC0046)は自治領に駐屯している学園警察に面会を申し込んだが、黒い肌をした警官が加藤はここにはもういないと言う。
 面会室を寂しく出て、警察署を出る。
 アンナは自分がアル・ハサンの助命嘆願をしたせいで、ギリアム・加藤には多大な負担を強いてしまった、とずっと気に病んでいた。
 そのギリアムが逮捕されたと聞いて興味が湧き、面会を求め、理由を聞こうと懇願したのだが、伝手はけんもほろろに断られてしまった。
 しかしアンナはあきらめない。
 面会が叶わなかったとしても、彼と一緒に逮捕の手がのびたトゥーランドット姫の方の行方を追う。
 彼女が何故拘束されそうになったかを理由を本人に尋ね、場合によっては協力すべきかを考えるつもりだ。
 ギリアムやトゥーランドットが行おうとしている事は積極的に協力したい、
 だが明確な犯罪行為だとしたら加担するわけにはいかない。しかし犯罪を未然に防ぐのは、それは結局はギリアム達の為になるはずだ。
 アンナはトゥーランドット姫に接触する事を目標に、羅李朋学園自治領の裏通りをさまようのだった。

★★★

 加藤ギリアムの逮捕とトゥーランドット姫の失踪。それは一つの事件だ。
 会社の為に、事件を解決して治安を維持したい。
「秩序が乱れると安定的な経済活動が出来ませんわ。相当きな臭いですが、出来るかぎり緩やかに事件を落ち着かせたいですわね」
 『フライング・ゴート』に乗ったクライン・アルメイス(PC0103)は『エタニティ』社長として羅李朋学園自治領を訪れていた。
 自治領でもフライング・ゴートは珍しい機体だ。盗難防止できちんと鍵はつけている。
「ちょっと状況が読めませんし、誰かの依頼を受けて行動すると依頼に縛られて身動き出来なくなりそうですわ。あえて無報酬のフリーハンドで動いて、会社の利益最優先で行動しましょうか」
 クラインはエタニティ学園自治領支部へ挨拶に顔を出しておき、いざという時の為に根回しをする事にした。
 情報収集及び調査をしつつ、長期戦に備えて自由に動けるよう学園自治領内で足場を固める。
「ざっと情報を集めた感じ、幾つかの動きがありますがさすがに全部には手は回りませんわね。関係の深いトゥーランドット姫周りに重点を置きましょうか」
 エタニティにトゥーランドット姫の情報を集める為の臨時ポストと部署を編成した。
 通常業務に些少の停滞が出るが仕方ないだろう。
「さて、捕まったギリアムからと学園警察隊の上層部にも話を聞ければ手っ取り早いですわね。以前の結婚式の会議でコネクションを作った甘粕生徒会長のラインからアポイントを取れないかしら。……甘粕生徒会長自身も油断ならない人物ですけど」

★★★

 草原にモンスターバイクの排気音が唸る。
 愛蛇『ラッキーセブン』を首に巻いたメリケン怪力娘は、風切る様に未舗装の街道を突き進む。
 ス○ッペンウルフの名曲『Born To Be Wi△d』が似合いそうな雰囲気。
 澄み切った青空がゴーグル越しに眩しかった。
 ――さあ、ワイルドで行こう♪
 鼻歌交じりのジュディ・バーガー(PC0032)の目的地は羅李朋学園自治領だ。
 かつては死者の跋扈する旧バッサロ領だったこの地もすっかり様変わりし、もはやダークサイドの面影は見当たらない。
 当時を知っているとちょっと感慨深いものがある。
 さてジュディは狂科研部員スティーブこと劇山冠(ジュウ・シャンガン)に野暮用があったが、残念ながら彼は不在だった。どうやらタイミングが悪かったらしい。
 折角の機会だからと余った時間は自治領のオタクカルチャーを観光する事にした。
 噂に聞くアキバッパラ(秋葉原の原初の読み方)を彷彿する混沌とした街並みを楽しむ。
 だが最近起こった学園警察による逮捕劇は、震源地となった自治領ではアンダーグラウンドでは噂が広まっており、それは自然とジュディの耳にも入る事となった。
 ギリアム加藤ともトゥーランドット姫とも面識があるジュディは、これら一連の騒動を静観出来るような性格ではない。
 座右の銘は、案ずるよりも生むが易し。そして胸ポケットに仕舞われた『厚紙製の護符』も彼女に行動すべしと訴えてくる。
「オーキードーキー。任せてヨ、グランパ♪」
 ふと脳裏に浮かんだ御老公へ独り言で快諾。ちょっぴり心臓が熱くなったかもしれない。この世にはまだジュディのハートを熱くする事柄があるのだ。
 とりあえず学園警察の逮捕劇の現場となった自治領にある地下酒場から聞き込みを開始。
 わざと不敵な雰囲気を漂わせ、表情を『高級サングラス』で隠す。
 その姿は暗い路地へと入り込み、迷宮の様な道なりに進んで扉が固く閉ざされた看板のない裏酒場に辿り着く。
 ノックを五回すると覗き窓であるスリットが開き、三白眼が現れた。
 ジュディはそのスリットに五枚の銀貨を突きつける。
「この酒場でスクール・ポリス、学園警察が暴れた事件について、ティーチ・フォーミー、教えてヨ」
「……合言葉は」
「このマネーじゃ不満?」
「不満だ。帰れ」
 ジュディは銀貨をスリットの中の三白眼へ素早く突き出した。
 銀貨を束ねた突きに眼を突かれた用心棒が悲鳴を挙げる。
 ジュディは渾身の体当たりで三つの錠がかかったドアを押し壊した。眼を押さえて呻く用心棒の首筋にエルボーを落とし、後ろ手を取り、狭い入り口の壁に押しつける。背の高さではジュディにも負けない用心棒が、無力化されたのを覚って大人しくなる。
「コノ酒場で羅李朋学園の魔術研の部長とプリンセスが、スクール・ポリス、学園警察に逮捕された事件を知っテル、ネ?」
「ぐ……知ってる。姫は逮捕されたんじゃない……ヤツは学園警察も見失った……!」
「見失っタ?」
「ひと騒ぎ起こしてその隙に小部屋から消えた……今まで見つかってないらしい……!」
「魔術研部長ハ?」
「ソイツは『スカイホエール』に連行されていったはずだ……!」
 スカイホエール。羅李朋学園を内包した超弩級硬質飛行船。上空の学園都市だ。
 フムン、とジュディは用心棒を縛していた力をほどいた。
 荒い息をしながら大男は狭い床に倒れこむ。
 やはり肉体言語に頼る事になったか、この酒場にもう何もないかな、とジュディはサングラスの位置を下げ、ここから酒場の中をのぞく。
 いかがわしいコスプレをした酒場女がかいがいしく働いている。
 さてどうするか。
 そういえば『甘粕喜朗』生徒会長は現役だろうか。
 仮に引退していても影響力を残しそうだが。
 人脈は活用すべし。ジュディはこの酒場に別れを告げ、甘粕生徒会長がいるはずのスカイホエールを目指す事にした。

★★★

 翌日の青い空。
 スカイホエールへ上がる為の輸送用ヘリコプターに、ジュディはバイクを貨物として乗り込んだ。
 乗り合いの定期便だ。
 大騒音のローター音と共に、窓から見える地上の景色が小さくなっていく。
 上空に係留されている青銀色の超弩級飛行船が近づいてきた時、ジュディはここらではまだ珍しい物が一機、自分達と同じように空の鯨を目指しているのに気がついた。
 フライング・ゴートを駆るクラインだった。

★★★

「甘粕生徒会長。ギリアムとトゥーランドット姫を逮捕されるとの事ですが、一体どういった罪状なのかしら。わたくしは学園と王国の橋渡しに関与しておりますし、他人事ではありませんわ。状況によっては国王陛下にご報告しなければなりませんし」
 異世界からやってきた空飛ぶ学園都市・私立羅李朋学園。
 生徒会の執務室で甘粕生徒会長と面会したクラインとジュディ。
 クラインは、挨拶も早早に単刀直入に要件に切り込んでいた。
「横領とスパイ容疑です」猫背気味の男は表情を変えずに即答した。
「馬鹿な! スパイだなんて!」
「加藤君には部費を私的に流用した疑いがかかっています。またトゥーランドット姫にも彼と共謀して魔術研部費を着服、私的研究に流用した疑いがかかっています。学園警察は秘密捜査を行い、二人を逮捕に動きました」
 二人を知る限りのジュディとクラインにはとても信じられない罪状だった。いや、トゥーランドット姫ならアリかもしれない。
「また姫にはスパイ容疑もかかっています。学園内の機密に興味を抱きすぎましたね」
 ますますアリそうだ。
「……国王にはそのそのままをご報告しますよ」
「どうぞ。こちらからも書状を作りましょう」
 クラインの脅しにも似た言葉を、生徒会長は涼やかに受け流した。
 生徒会長が卓上の熱いコーヒーを飲んだ。
「アイド・ライク・トゥ・トーク・トゥ・ギリアム・カトウ、ギリアム・加藤に話をうかがいたいのダケド」
「残念ですが現在、彼の外部への接触は固く禁じられている状態です。取り調べがすむまで待ってください」
「フェン・ウィル・ジ・インテロゲーション・エンド、取り調べはイツ終わるノ」」
「さあ。永くかかるかも」
 ジュディの質問も会長は受け流す。
 結局、会見はそれ以上の進展を見せず、二人は生徒会室を後にした。
 しばらくはこの羅李朋学園で過ごす事にする。
 二人は同じ宿泊施設を選んだ。

★★★

 後日。
 クラインは学園警察の男性平隊員を食事のデートに誘い、現場の方からも情報収集を行おうとした。
 女性に慣れてなさそうな若い男性をターゲットとして選んだのだが、はっきり言えばナンパと同じである。
 隊長と思しき『真田郷愁』の評判や学園警察の雰囲気や組織として強行的なのか等を調べようと思ったが、若い男性とはいえ、警察の使命を帯びた者がゆきずりのデート如きでそうそう組織の内部事情を開陳する事はなかった。
「……真田さんは隊長ではないですよ、……魔術の腕も長けた人格者で一目置かれていますけど」
「今回の逮捕劇はどなたのご命令で動いているのかしら」
「……噂ではお偉方の直接命令だとか。でも当てにならないですよ」
 女に慣れていない彼は、クラインの質問に答えるのもギクシャクしている。
 分厚いステーキをおどおど食べ進める若い男性警察官は、それ以上の情報を出す事はなかった。
 クラインの人間力ではこれが限界だった。

★★★

 アンナとマニフィカは羅李朋学園自治領をしつこく嗅ぎまわっている内に合流した。
 同じ目的を持って街路をさまよっている彼女達にある日、決定的な人物が接触してきた。
「――私と会いたがっているという人間はお前らか」
 事件のあった闇酒場で二人を待っていたキンキン声のグルグル眼鏡の男。
 それはDrアブラクサスだった。
 二人は安堵した。彼がトゥーランドット姫の変装した姿に他ならなかったからだ。
 カフェ奥の小部屋でDrアブラクサスが、マニフィカとアンナの前で変装を外した。
「いやー。咄嗟に変装したものの動きが取れなくてまいったわ。家へも王城へも戻る事が出来ないし」
「トゥール、一体何があったんですか。犯罪に手を染めたというのは本当ですか」
 アンナは訊きながら、彼女が犯罪まがいに手を染めたのはこれが初めてではないのを思い出す。
 食いつく様なアンナとマニフィカの前で、トゥーランドットはテーブルの上に一機のスマホを置いた。
『久しぶりー! オクだよー!』
 有機ELの画面では、ジャパニメ調のインタフェース『亜里音オク』が明るい表情で二人に話しかける。
 美少女AIであるオクはスマホのカメラで二人を見つめ、けなげに笑っている。
『とりあえず踊ろ―かー』
「これが……?」
「うむ。これが勝利の鍵じゃ」
 マニフィカの疑問にトゥーランドット姫は端的に答える。
 手をのばそうとした彼女から、姫はスマホを遠ざける。
「ちょっと触らせるわけにはいかないのよ。今のところ、これは世界にただ一つの物だから」
「唯一の物……?」
「今は世界でこれのみが自我が宿った亜里音オクよ」
 二人は緊張した。
 かつて羅李朋学園を大混乱に陥れた、自我を持った元生徒会長・亜里音オクは、全て抹消されたはずなのではなかったか。
「これとフロギストンが、加藤と私を警察に逮捕させようとした原因よ。――誰が私達を逮捕させようとしたかは知らないけど」」
「フロギストン……? それは確か羅李朋学園を空中に浮かばせている『負の質量』を持った仮想物質ですよね」とアンナ。
「そうよ。加藤はフロギストンの量産を私に依頼しに来たのよ。……もっとも折角のサンプルの小瓶を見失っちゃったけど」
「サンプルの小瓶?」
「そうよ。……よければ二人ともその小瓶を探してくれないかしら。この酒場にあるはずなんだけど、何処に行ったか解らないのよ」

★★★