ペンギニック・ワールド

第三回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 月は紫色の波に揉まれ、黒いシルエットが音らしい音もなく海を滑る。
 深夜の海を進む、帆船グッド・メリー号。
 『ポーツオーク』を出航した船は、予定通りなら『恐竜島』まであと一日という距離まで来ていた。
 明日の朝には島に着く。ここまでは天候の乱れもなく順調な旅である。
 睡眠という習慣がない福の神見習いビリー・クェンデス(PC0096)は、甲板で星座の数を数えながら夜の潮風を浴びていた、
 船倉につながれたT・レックスは今日も大人しかった。どうもリュリュミア(PC0015)に懐いているらしい。
「なんや。これがジェラシーっちゅう感情か」
 自分よりリュリュミアにT・レックスが懐いているという事実が面白くない。ビリーはそんな己に気がついていた。
 ポーツオークでは白黒羽毛なラプトルに襲われて犠牲となった船員や村人は多く、しばらく恐竜の悪評は消えそうもない。
 エスマ・アーティ団長もT・レックスの興行は難しいと感じているからこそ、T・レックスを恐竜島に返そうという提案を承諾してくれたのだろう。
 ある意味、渡りに船と思ってくれたかもしれない。
 食費は『打ち出の小槌F&D専用』で肩代わりするという約束をちゃんと守るべく、輸送中のT・レックスに与える食事は今ではビリーが専門担当していた。
 すっかりT・レックスを手懐けていたリュリュミアに対抗心を燃やし、いわゆる食欲の攻略法で懐柔を試みたのだ。
「なんぼでもあるし、たーんとお食べ♪」
 肉、肉。肉肉肉肉、肉。
 大型肉食恐竜の胃袋を掴むべく、まさに物量作戦こそ我が王道なり。
 お腹が満ちればT・レックスの気分も穏やかになるはず。
(くっくっく……全ては計算通り!)
 ……のはずだったのだが。
 現在リュリュミアは、腹満ちて赤子の如く大人しくなったT・レックスの羽根の内で平和に寝息を立てている。
 何故だ。何故だ。何故なんだ。
 何故、大人は解ってくれないのか。
 本来ならその恐竜のコアブロックに収まっているのは自分のはずなのではないか。
 そんな世の理不尽に打ち当たったビリーは、甲板で夜風にあたりながらもやきもきとする自分の感情でぐつぐつと内側から煮えたぎっていた。
「どうでもいいこっちゃないんでっか、兄ぃ」
 ナイーブな自分の心中をないがしろにするレッサーキマイラの無作法さな一言に『伝説のハリセン』がスパコーン!と炸裂する。
「人の悩みにどうでもいいっちゅう感想はないやろが!」
「へい! すんません、兄ぃ」
「だいたい、なんや、その格好は! 船旅だからセーラー服だったら解るけど、何でセーラー△ーンの恰好なんやねん!」
「だってちょうど流れのコスプレ服売りが来てて、安かったから……」
「どーゆータイミングや!」

★★★

 そんな甲板上の二人の漫才に気づかず、リュリュミアは船倉でT・レックスのふくよかな羽根の内に抱かれて夢の中。
「くぅー。すやすやぁ……」

★★★

 グッド・メリー号の船室にもこの時間になってまだ起きている者もいた。
 ビリーの様に寝られないのではなく、自主的に夜更けの思索に挑んでいる者達だ。
 クライン・アルメイス(PC0103)はランプを灯したテーブルで、国に提出する報告書の草案に眼を通していた。
「恐竜の島に乗り込む……考えたくありませんが映画なんかですと大抵全滅近い被害が出ますわね」
 彼女はメモの寄せ集めを片手で手繰る。
「最終的に交渉で解決するとしても、相手が獣である以上、こちらの武力を見せつけ、襲っても旨みがないと思わせる必要がありますわ」
 その為の計画書は既にエスマ団長に提出している。
「そもそも今回の大陸側への襲撃が、シルバー筆先の意思なのかどうかが問題ですわね」
「アー。そういうコトもアリかもしれないわネ」
 クラインと同じ船室が割り振られていたジュディ・バーガー(PC0032)は合いの手を入れた。彼女は二段ベッドの下に窮屈そうに潜り込んでいた。
 ジュディはポーツオークで出会った羅李朋学園生徒と一緒に乗り込んでいたが、彼は別室だ。むくつけき船員達と一緒の船室で、寝苦しく眠っているだろう。
「ペンギンの平均寿命は一五歳から二五歳らしいカラ、仮にクローン培養の影響で急激なジェネレーショナル・チェンジ、世代交代が進んでいタラ、今『シルバー・筆先(−・ふでさき)』を名乗っているのは何代目カシラ。神話化した祖先のルーツを、ディスセインデインツ、子孫である長老ペンギンが語り継いでいたリシテ」
「……そこまで複雑な話は知りませんですけれども」
 書類から眼を離さないクラインの向こうで、潰れた枕を抱いたジュディは明るい顔をしている。
 ちょっとした紆余曲折はあったけど、羅李朋学園の生徒らしき人物から重要情報を入手出来た。
 今回の船旅に参加したジュディは、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)で皆に自分が獲得した情報を渡しきっていた。
 何せ真偽のほどは定かではないが、この事態は音に聞く狂的科学研究部、その落とし子とでも称すべき存在に関連する可能性が急浮上している。
 ジュディの有す野生の勘が、これは『当たり』である!と高らかに告げている。
 シンプルを好む彼女は判断に悩まなかった。白黒な恐竜に関わる他の全員と可及的速やかに情報共有を図るべし。
「シルバーという天才ペンギンですが」クラインは万年筆の端を噛んだ。「知性があれば人間と敵対する事を避けると思いますが、羅李朋学園で非人道的な実験が行われていた場合、人間へ報復するという可能性もありますわね。……あなたが連れてきた学術アドバイザーとやらの見解はどうなっているんですか」
 ンー、とジュディは二段ベッドの上層の仕切り板を上目遣いで睨んだ。学術アドバイザーというのはジュディが誘った学園生徒の狂科研部員だ。現地における学術的なアドバイザーという地位で、相応の報酬を彼女が支払う約束で雇っている。高額報酬、の予定だが。
「ヒー・ディドント・テル・ミー・ザ・ディテール、詳しくは知らないけど、シルバーというペンギンは自分の知性を笠に着たコーマンチキなヤツだったミタイネ」
「人間を相手にして、自らの知性を笠に着るんですか」
 クラインは呆れた様な、感心した様な表情で形のいい唇を曲げる。
「まあ、いいですわ」メモから眼を離し、眼がしらを揉む。「シルバー・筆先が今回の主犯でなかった場合、別の知性化した主犯がいる可能性もありますわね。T・レックスの捕獲が契機にせよ、人間への襲撃を企てた主犯がいると思われますわ」
「メイン・カルプリット、主犯が別にイル?」
「先の先まで読んでおく必要がありますもの」クラインはメモを畳み始めた。「報告書を国に提出する為にも現地の確認は必要でしょうね。これだけの被害を出した事件ですから、ある程度事情を確認しませんと個人的にもすっきりしませんわ」

★★★

 悶悶と眠れない福の神を乗せた貨物船は、水平線から昇る夜明けの光を浴びる。
 やがて現れる島の稜線。
 波間に見え隠れする海棲生物の背びれの群。
「やあ、あれは魚竜だ。魚竜は魚の形をした恐竜と勘違いされがちだが、恐竜とは別の独自種なんだ。翼竜とかもそうだ」
 狂科研部員が精一杯、学術アドバイザーらしい知識を披露する。
 どうも魚竜や首長竜や翼竜といった海を自由に生活する古代生物は、島の近海からは離れないようだ。
 雲より遥かに低く飛ぶプテラノドンには、ペンギン状の模様が観察出来る。
「……シルバー・筆先に爵位は現実的ではないでしょうし、やはり当社の支社を恐竜島に置く形にして名目上の支社長とする辺りでしょうか」
 舷側で島を見つめるクラインは彼の言葉に耳を貸さず、シルバーと交渉になった場合、こちらが提供出来るものとして恐竜島の自治権を想定する案を空想し、頭で繰り返している。
 グッド・メリー号に乗った者達の思惑が過ぎていく中、船は翌朝に火山島である恐竜島に無事到着したのだった。

★★★

 緑や紫のシダやコケ類が広く地面を這っている。
 透明度が高い遠浅の湾。ペンギン模様の小型海棲生物が滑らかに水中を泳いでいる。
 グッド・メリー号は、航海日誌に記されていた前回の上陸場所から少し離れた湾に上陸した。
 沖合の貨物船から船員は小型ボートで下船する。
 前回は船に搭載した起重機をもっと有効に活用出来る地形があった様だが、今回は砂地が浅く、沖に泊めた船からの恐竜の運搬はビリーの『空荷の宝船』頼みだ。
「オーライ、オーライ」
 宝船の縁に乗ったセーラー△ーンがデタラメの手旗信号で地上班に指示を送る。
 飛空艇・空荷の宝船を使い、丈夫なロープで繋いだT・レックスを吊り下げ搬送。
 身を厳重に縛られた六匹のラプトルに続いて、懐柔するリュリュミアを懐に入れたT・レックスが帆布にくるまれて地上に降ろされる。
 当然ながら桟橋やクレーン等の港湾設備は皆無で、どうやってT・レックスの巨体を貨物船に載せられたのか想像もつかなかったが、どうやら豊富だった力自慢と起重機の人海戦術だったらしい。
 揚陸作業の開始。
 空中で暴れ出すと困るのでサーカス団の用意した麻酔薬を投与、もしくはリュリュミアの花粉で眠ってもらうつもりだったが、彼女を懐中に抱いた大型恐竜は大人しかった。
「キーっ! お気に入りナンバーワンはボクのはずなのに妬ましいですぅー!」まるでタマ▽二等兵の様にジェラシーを爆発させるビリーは勢い余って東京弁だ。「……まあ、えらい難儀なこっちゃ……せやけど、晴れて自由の身や。もう捕まるんやないで」
 降りたT・レックスが周囲の船員を襲うそぶりもなく、立ち上がり、首から胴を身震いさせる。
「……無事にT・レックスを島へ降ろせてボクの肩の荷も下りたけどな」
「ここが通称恐竜島か。なかなか住みやすそうな所じゃないか」
 暑い気候にシルクハットで首筋を扇いでいたエスマ団長。
 荷を下ろしたり、とてきぱきと働く船員達や冒険者の中で燕尾服姿は浮いている。
 クラインは恐竜が襲ってくると思われる為、留守番となる船の警戒を厳重にし随時火を起こして牽制が出来るように団長に助言している。
 大きなトラブルもなく、サーカス団の貨物船は恐竜島に到着した。
「私も船は夜間には沖合に停泊し、厳重に警戒した方がいいと思います」
 アンナ・ラクシミリア(PC0046)はエスマ団長に「島の物をむやみに持ち出さないでください」とも釘を刺す。
「島に人造施設があるという事は、人がいたのですね。今も居るのか、別の生き物が占拠しているのか、設備は稼働しているのか、全て自分の眼で確かめてみる必要がありますね」
 アンナは固く恐竜に踏みしめられた地面をローラーブレードで滑走する。
 風を切る。温かい地面に暖められた風だ。
(生まれてきた命に罪はないと言いますが、人が手を加えたものだったら? 人の手を離れて勝手に増殖しているとしたら? どんな選択をしたとしてもそれはエゴでしかないのかもしれませんが)
 人造施設を自分の眼で確認する為に探しに行く。
(まずは施設に行ってみて、話が出来る相手なら話をしてみます。施設やそこにいる者達とどう接するかはコンタクト次第ですね。出来るだけ敵意は見せず、ただし警戒は怠らずといったところでしょうか)
 アンナは草食恐竜ステゴザウルスが葉を食んでいるのを尻目に、島の奥へと直線的な造形を探して回った。
 原始植物の草原を、白黒模様の恐竜達が闊歩する。
 鎧めいた鱗に覆われた大型動物の群は火山島の景色として広がっていた。
 太陽の下、マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は掌をかざした陰りの内で島内の風景を見やる。
 余裕がないエスマ団長が恐竜島で無茶をするはず。
 せめて彼を手助けする為、ラプトルの送還が終わったら、飛行による偵察任務や上陸時の護衛役に努めたい。
 マニフィカはラプトルを島に戻そうとしている。
 ポーツオーク郊外の村を襲ったラプトルの群を駆除するのに成功し、獲り逃がした個体はないだろう。
 凶暴な生物が国内で自然繁殖するという危機は阻止出来た。この件に関する報告書はトンデモハット王家に送り、大きな被害に見舞われた村人達の救済措置を要望してある。
 村は成人男性の大半を失い、存続自体が危ぶまれる。もし放置したり見捨てたら後世に禍根を残す。
 エスマ・アーティ団長が責任を負わされるのは免れないだろう。多数の犠牲者を考えれば、お咎めなしとはいかない。
 責任を問われるエスマ団長を思いやりながら掌に『故事ことわざ辞典』を紐解けば『虎穴に入らずんば虎子を得ず』の文字が。
 意味するところは「危険を冒さなければ大きな利益や成功は得られない」
 なるほど、エスマ団長の方針を連想させる。
 再び頁を捲れば『好奇心は猫を殺す』という文言が。
 もしやこれはラプトルの密航騒動の比喩だろうか。
 どちらも他人事に思えない。
 五〇匹を越える小型恐竜の群を駆除した結果、六匹だけが生き残った。
 捕獲したラプトルをどうするべきか、とマニフィカは迷った。
 見世物という用途は難しい。
 降伏した相手の命を奪う事は人魚姫の気概に反する。殺処分という選択肢は避けたい。
 島外での自然繁殖さえ防げたら、凶暴で悪賢い野生種にすぎない。
 思案の結果、恐竜島にT・レックスを戻すプランをビリーから聞き、貨物船に便乗し、生き残った六匹のラプトルを恐竜島に送還する事にした。
 悪賢いラプトルは多分学習能力も高い。
 自分達の群が全滅しそうになり、島外の恐ろしさをさんざん思い知っただろう。その教訓が生き残った六匹から次世代の子孫に伝わっていくのを期待しよう。
 船員達がラプトルを槍で牽制しながら島の奥へ返そうとする風景の向こうで、地に降りたリュリュミアは伸びをする。
「うぅん、やっとペンギン島に着きましたかぁ。船旅はのんびり出来てよかったけどぉ、水が制限されて畑仕事が出来なかったのは困り物でしたねぇ」
 太い首を絡めてくるT・レックスの頬の羽毛を撫でていなす。
「ここで○ジラともお別れですかぁ、ふかふかの羽根布団で寝られなくなるのは残念ですぅ。あ、〇ジラといってもカジカジカジラじゃないですよぉ」
 オールドタイプなアニメファンにしか解らないようなギャグを呟く植物系淑女。
「でもリュリュミアにはもうレックスさんのお世話できませんからねぇ。……こっちでもげんきでねぇ」
 T・レックスにバイバイする彼女は歩き出す。
 島の植生を観に散歩に出かける。地上を走り回っている船員達の間を、若草色のスカートをひるがえして進む。
「そういえばここの植生はどんな感じなんでしょうかぁ。やっぱりシダが多いみたいですねぇ。ちょっとおさんぽして見て回りますぅ」
 ぽやぽや〜と歩くリュリュミア。
 それを見送りながらマニフィカは『魔竜翼』を羽ばたかせて偵察に出た。
 自由になった六匹のラプトルが島の奥へと逃げていく。

★★★

 川をさかのぼる。
 いち早く一緒に探索に出かけていたジュディとクラインと狂的科学研部員は四〇分ほど歩いて、荒れた岩山の風景が人造的な大きな建物へと続いている風景に辿りついた。
「まずシルバー・筆先の意向を確認するのが最優先ですわね。恐竜と共存が出来るのか戦うしかないのか」クラインは『水分タブレット』を一つ舐め、ケースをジュディに投げる。「とはいえ弱肉強食の摂理はありそうですし、最初にある程度戦闘になるのはやむを得ないかもしれませんわね」
 ジュディは自分では舐めずに受け取ったケースを狂科研部員へ渡した。
 途中、攻撃的な肉食恐竜を何頭か退けた三人は、遂に白黒の模様がゴマ粒の様に蠢いている牧歌的な集落に行きついたのだ。
 人造的な実験施設の前にある中世ほどの農村にいる者は、数百人いる知的な眼をしたペンギンだった。
「おい! なんだ、あいつは!?」
「あれはサル・サピエンスだペン!」
「何という事だ! 島の外からまた人間が来たペンぞ!」
 若い男女。訛りのあるオトギイズム王国共通語で騒ぎ立てる身長一・二mほどのペンギン達。手に手に農具を持って武器に構えながらヨチヨチ三人の方へ集まってきた。
「なんて事。シルバー・筆先という奴が自分の仲間も増やしていたみたいですわね」
「ペンギン・サピエンス、ネ」
 クラインとジュディは半ば呆れた感想を抱きながら、念の為にそれぞれの武器を構えて、ペンギン達が集まってくるのを待ち受けた。
 白衣を羽織った狂科研部員だけが「ひえ〜」と怯えている。
 すっかり黒と白のペンギンだかりに囲まれた形になる。
 映画『猿〇惑星』の雰囲気。
 ジュディは『マギジック・レボルバー』を持ちながらも銃口を相手には向けない。地面へと下げている。
 アドバイザーたる白衣の生徒は、かつて行われたペンギン知性化実験について語ってくれた。
 人間並みの知性を持つ喋るペンギン。
 実際に成功例も誕生。またペンギンのクローン培養実験も行われていたらしい。
 これが白黒な恐竜達のルーツでは?とジュディ。
 ミュータントや先祖返りは遺伝子操作に付き物だと考えるのは偏見だろうか。
 更には超時空転移実験の暴走に巻き込まれ、実験施設ごと消滅したという斜め上の展開。
 実に狂科研らしい事故だともいえる。
 恐らくグッド・メリー号の航海日誌に記述される建築物とは、狂科研の実験施設、もしくは施設の廃墟という可能性が高いとジュディとクラインは信じていた。
 そして現地で遭遇したペンギン達、そして施設はまさしくその物だったのだ。
 ペンギンに囲まれた三人は確実な対応に迫られている。
「ここにシルバー・筆先というペンギンはいませんの!?」
 クラインは農具や槍を突きつけるペンギンに向かって声を挙げた。
 するとペンギン達は顔を見合わせながらザワザワと騒ぎだす。
「何故、私の名前を知っているペン」
 力強い言葉が聞こえたと思うとペンギンの群が割れ、身長一・五mほどのペンギンがその道を進んでやってきた。
「アー・ユー・シルバー?」
「そうだペン」
 ジュディは一際鋭い知性の輝きを瞳に宿したペンギンに誰何し、彼はそれに答えた。
 シルバー・筆先であるのは間違いなさそうだ。
「彼が筆先、ネ?」
「いや俺は話に聞いてるだけで実際に会った事はないから」
 ジュディに訊かれた狂科研部員はそうとだけ答えた。役に立たないアドバイザーだ。
「T・レックスを捕まえに来た船にラプトルを乗せて返したのはあなたですか」
「ラプトル……?」
「……この島にペンギンみたいな恐竜を繁茂させたのはあなたですか」
 要領を得ないらしいシルバーに対し、クラインは質問を変えた。
「繁茂、繁栄……それなら確かに私の仕業だペン」シルバーは知性の光を強くした。「お前達人間を遥かに超える私の仕事だペン」
 ジュディはコーマンチキだという彼の特性を思い出した。

★★★

 翼を羽ばたかせたマニフィカは、翼竜舞うジャングル上空で地上の変異を見つける。
 裸子植物群の隙間から見つかったのは地上を走る一羽のペンギン。手にツタを編んで作ったバスケットを持っている。
 そのペンギンはラプトルの三頭の群に追われていた。
 どちらに加勢するかは言うまでもない。
 マニフィカは地上へと降下に移った。
 三叉槍を構えて助けに行く。
 だが先頭のラプトルの蹴爪がペンギンに襲いかかった。
 間に合わない。
 打撃音。
 鋭い蹴爪は、ペンギンの背を切り裂く前に『戦闘用モップ』に跳ね返された。
 間一髪、地上をローラーブレードで並走していたアンナは駆けつけえたのだ。
「ナイスサポートですわ」
 マニフィカは叫ぶと、急降下の勢いのままにラプトルの群を蹴散らした。
 ラプトルがマニフィカとアンナの強さを覚ったらしく、ジャングルの奥へと逃げていく。
 危険が去ったのを確認し、二人は地衣類の上に座り込んだペンギンの前に立つ。
「……あなたはシルバー・筆先……ではないでしょうね」
 マニフィカはこの島で出会った初の知性あるペンギンに話しかける。
 そのペンギンは雰囲気からして女性の様だ。
「あなたはシルバー・筆先を知っていますか」
 知性ある者がいる可能性は承知していたが、そのままペンギンとは思っていなかったアンナは訊ねる。
 彼女がシルバーの関係者である可能性は非常に高い。
「あなた達はシルバーの事を知っているのですかペン」
「知っているのですね」
 マニフィカは共通語を喋るペンギン娘に問い返した。
 彼女は言った。
「私はルン。シルバーの妻ですペン」

★★★

「偶然、この羅李朋学園知性化実験施設が島に転移してきて以来、私は地熱発電を有効に使って、施設の実験用遺伝子プールを稼働させて恐竜達と自分のクローンを増殖させていったペン。恐竜サンプルの遺伝子の欠損はペンギンの遺伝子で補ったペン。ほとんど生命がなかったこの島に恐竜のパラダイスを作ったのは私だペン」
 長老たるシルバーの家に招かれたクラインとジュディと狂科研部員は、タンポポの根から作られたコーヒー状の飲み物と小麦畑から作られたパンを振舞われた。美味だ。
 興味津津たる村人達がむらがった長老の家で、三人はペンギン用の低い椅子に座り、シルバーから事情を聴いていた。
「粗末な接待だが妻が薬草摘みに出ているペン、許せペン」
「シルバーがアージド・ザ・ラプトルズ・トゥ・ザ・グッドメリー、ラプトル達をグッド・メリー号にけしかけたわけじゃないのネ」
「ラプトルなんか知らんペン。前に来ていた船はグッド・メリー号というのかペン」
 冷めた黒い飲み物をすするジュディに答えるシルバー。
 ラプトル密航騒ぎは知性化ペンギンの知る所ではないらしい。狡猾なラプトルがT・レックス搬送の際に起こした独自の騒ぎ。それがあの密航の真相らしい。
「あなたは世界征服の為に王国侵攻をもくろんでいるわけではないのですね」
「世界征服?」クラインの感想に対し、シルバーは冷たい眼をした。「世界征服は計画しているペンよ。人間よりペンギンが頭のいいのは自明ペン。頭の悪い奴は死ね、ペン」
 クラインはむせかけ、ジュディは飲み物を噴き出した。
 世界征服を堂堂と口にしたシルバーが、憎しみの眼で狂科研部員を見つめた。
「私は実験動物という悲惨な仕打ちを与えた人間達に復讐を味合わせてやるペン」
 暗い決意を鳥類の表情に見たクラインは、手の陶製カップを低いテーブルに置いた。
「その事については人間を代表して謝罪いたします。賠償としてこちら側が提供出来るものは恐竜島の自治権くらいですが」
「フン。お前が人間側の全権代理人でないのは解っているペン」
「あなたに王国の爵位は現実的ではないでしょう。その代わり、ふさわしいのは当社『エタニティ』社の支社を恐竜島に置く形にしてあなたを支社長とする辺りでしょうか」
「支社長? この島をお前の領地にするつもりペンか」シルバーが彼女の勧誘に笑う様な形で嘴を曲げた。「いいだろう。私がお前の会社に入ってやるペン。その代わり、エタニティの本社社長は私が就任するペン。より頭がいい者が支配するのは当然だペン」

★★★

「ただいまぁ〜。おはやいおかえりでしたぁ〜」
 リュリュミアは散歩から帰ってきて、湾にいる船員達にただいまの挨拶をした。
 様様な原始植物相を観察出来て意義深い散策だったが、どうも帰ってくると船員の表情が暗い。というか困惑気味だ。
 見るとすぐその原因に気づく。
 てっきり、とっくに島の奥へと帰っていったと思ったT・レックスがまだここにいる。
 エスマ団長もトホホの表情で困りまくっている。
「あ、リュリュミアさん」寝そべったT・レックスをどかすのに難儀していたビリーとセーラー戦士のレッサーキマイラは、彼女へと顔を向けた。「こいつ、人間に懐きすぎて島へ帰っていこうとせん。……どないしたらええんやろ」

★★★